15-1 動揺
「嘘だろ……」
3日目の進行状況が書かれた紙、そこには雅史が今もっともあってほしくない名前が記載されていた。
21:41 睦沢 亮 死亡
その文字から雅史は目を離すことができなかった。
「雅史くん大丈夫か? 雅史くん?」
アレックスの声は雅史の耳には入っていなかった。
雅史は目の前の現実を受け入れられなかったのだ。
「そんなわけ……だってあいつは……」
「これがこのゲームよ」
アーニャは呟くように言った。
その冷酷ともとれる言葉に雅史はアーニャに向かって叫んだ。
「お前なんとも思わねぇのかよ! 睦沢が死んだんだぞ!? 仲間じゃねぇのかよ!!!」
「前にも言わなかったかしら、あいつも私も自分の意思でここに来たの、何かしらの目的があってね、だから私は他人が死んだところで何も思わない、あいつが死んだのはただ力が足りなかっただけよ」
確かにアーニャはミランダが死んだ時も同じことを言っていた。
ここで死んだ人間に同情するのは決意を持って戦いに参加した人間への侮辱だと。
「確かにアーニャの言う通りだよ……何の決意もなくこのゲームに参加した俺にはここで死んだ人間をとやかく言う権利はねぇよ、死んだ奴らだって同情してなんか欲しくねぇもんな、だけどよ、だからって仲間や友達が死んで平気な顔なんて出来るかよ! 俺だってここにいる奴らだって人間なんだぞ!?」
「なら人間らしく泣きながらお墓でも立てる? いい? 私たちが今しているのは殺し合いなの、あなたがどう思おうと勝手だけどそれを私に押し付けないで」
きっぱりとアーニャは言い放った。
「だったらよ……なんでお前そんな悲しそうな顔してんだよ……」
「……」
「どんな目的があっても人間らしい感情捨てたらなんの意味もねぇじゃねぇかよ……」
確かにこの世界の命は現実の世界よりも遥かに軽い、常に周りで人が死に、自らも死にさらされる。
生き残るため、自分の目的のため、思いは違えど参加者のほとんどが人を殺すこと、自分が死ぬことを覚悟してゲームに参加したのだろう。
だからと言って仲間や友人の死をただ力が無かっただけ、死ぬのは仕方ない、自分の目的のために死んだのだから満足だろうと納得するのが普通なのだろうか。
雅史は仲間であった睦沢の死をきっかけに思う、同情だろうが侮辱だろうがそんなことはどうでもいい、もっと人間らしい感情、大事な人の死を悲しむ心を持っていなければ例えその人間の目的が為されたとしてもなんの意味もないと。
「雅史くんの言う通りだね、僕たちは皆ここに来てから死を軽く見過ぎている、もちろん自分の命も含めてね、人間の命がそんな軽いものじゃないのはアーニャくんが一番知っているはずだろ?」
「……好きに思えばいいわ、私は自分の目的さえ達成できれば他人の命なんてどうでもいいから」
言葉では否定するがアーニャはもう気付いていた。
ここで出会った仲間、自分のために役に立ちたいと言ってくれた雅史、もう誰にも死んで欲しくないことに。
(ほんと大事なものなんて邪魔なだけね……)
睦沢の死をきっかけに、雅史とアーニャは思い出していた。
人の命の尊さを──
「待てよ、オリビアはどうなったんだ? 睦沢が死んだならオリビアは今一人ってことじゃねぇのか!?」
「ああ、その通りだね」
「なら早く助けに行かねぇと!」
「それは待ってくれ」
今にも飛び出して行こうとしている雅史をアレックスが止める。
「どうしてだよ!? 睦沢を殺した奴がオリビアを殺そうとしてるかもしれねぇんだぞ!」
「だからだよ、あの亮くんを殺した奴だ、こっちに僕やローゼンクロツさんがいると言っても迂闊には動けない」
「……でもよ」
「雅史くんの気持ちは分かるよ、でも朝まで待ってくれ、そうすれば僕の他の仲間もここに帰ってくる、僕だって仲間を危険に晒したくはないんだ」
「くそ……」
アレックスの言うことは至極真当であった。
オリビアを探しに出れば睦沢を殺した相手と戦闘になる確率が高い、つまり誰かが死ぬ可能性があるのだ。
雅史は今にもオリビアの元へ駆け出したい気持ちを必死で抑えた。
「だからと言って何もしないのも辛いだけだろう、雅史くんとアーニャくんはここの屋根の上でマルコスと一緒に見張りをしていてくれ、もしかしたらオリビアくんが帰ってくるかもしれないからね」
アレックスの指示通り雅史とアーニャはマルコスと一緒に見張りにつくことにした。
雅史はオリビアのために何も出来ない自分を悔いながらアーニャと共に屋根に繋がる階段のある倉庫の2階へと向かった。
(睦沢……どうかオリビアを守ってくれ……)
◇
倉庫の広間に残されたアレックスは、数時間前から椅子に座ったまま眠っているローゼンクロツに話しかけた。
「ローゼンクロイツさん、起きてるんでしょ?」
「……なんじゃ、気付いておったか」
アレックスの呼びかけに応じるように瞑っていた目を開けるローゼンクロイツ。
「どうして寝たフリなんかしてたんですか?」
「いやのぉ、儂の担当の天使がこりゃまたうるさい奴でのう、定時連絡とかいうやつが来る前に寝たフリをしておけば天使もやかましくせんではないか」
「ってことは今の話も聞いてたんですね」
「そうじゃのう、まぁ儂は人間の感情などよう分からんしな、儂の知る人間などお前さんくらいなもんじゃ」
「確かに前代のローゼンクロイツと一緒であなたも世捨て人のようなものですからね」
「クックック、その通りじゃ、それよりもあの雅史とか言う若造にはあの女のこと言わなくて良かったのか?」
「オリビア・メイスンのことですか……気付いてたんですね」
「まぁさっきのお前さんの話し方でなんとなくのう」
実は今の状況でオリビアを探すことはそんなに危険ではなかった。
アレックスは自分とローゼンクロイツの力があればどんな相手だろうと戦える自信があり、お互いそれに見合うだけの力を持っている。
つまりアレックスがオリビアを探しに行かないのは敵と繋がっている可能性があるからだった。
「……軽蔑しましたか?」
「なんじゃ、お前さんがあの若造に嘘をついたことか? それとも睦沢 亮とかいう男を疑いのある者と二人きりにさせたことか?」
「どちらもです」
「そうじゃの、睦沢 亮とやらの事はよく知らんがあの中では一番強かったのだろ? ならその女と組ませた事に間違いはあるまい、もし本当に敵であるならそいつだけ残して感づかれるわけにもいかんのじゃからのう」
アレックスはなにもオリビアを敵だと完全に判断しているわけではなかった。
あくまでも疑いがあるだけである。
オリビアを黒と判断するには確たる証拠がないのだ。
アレックスはもし何かあっても対処できそうな睦沢とアーニャにだけその事を伝えた。
伝えた時はもちろん二人とも動揺していたが、特に睦沢はオリビアに限ってそんなことはないと反抗するような態度をとっていた。
結局アレックスは睦沢とオリビアを組ませることにした、睦沢なら強力な敵が襲ってこようとそれに対処出来るだけの力を持っていたからである。
「それにじゃ、今あの若造にその事を伝えたとこで逆効果じゃろう、お前さんの判断は間違っとらんよ」
「ありがとうございます、でも今は少し後悔してるんですよ、亮くんが死んだ今オリビア・メイスンの疑いは濃くなりました、僕がもしあの時オリビアを亮くんと一緒にさせなければってね……」
「終わったことをとやかく言うても仕方ないじゃろうが、先のことは儂にもお前さんにも神にさえも分からんよ」
「全くその通りですね……」
こうして4日目が始まった。
現在生き残っている者は33人。
雅史とアーニャ、二人の思いとは裏腹にこのゲームはより残酷さを増していく。




