14-3 教祖
「バアル・ゼブル……あんたの事知ってるッスよ……確か血を啜る悪魔の教祖ッスね……」
「そうそうそう、その通りだよ!!! そういうお前はA級の睦沢 亮だろォ?」
「どうッスかね……」
「隠すなってーの、せっかくA級同士が会ったんだから少しは楽しくお喋りしようぜ、なァ?」
睦沢はバアル・ゼブルと名乗るこの男の事を知っていた。
血を啜る悪魔、その教祖バアル・ゼブル。
血を啜る悪魔とはある過激宗教団体の名前である。
彼らが信仰しているのは神ではなく悪魔であり、その理念は悪魔だけの世界を作ることだという話である。
教団には凶悪な能力者が多数所属しており、ECSも十字架を背負う者達と並んで危険視している能力者集団の一つである。
その教祖であるバアル・ゼブル、第一級悪魔ベルゼブブの名を名乗るその男はA級の中でもっとも危険だと判断されている最重要人物であり、信徒からは異常な支持を得ている。
「オリビアさん、信号弾持ってますか?」
「ごめん……どっかに落としちゃったみたいで……」
「そうッスか、なら仕方ないッスね、オリビアさんは一人で逃げて下さい」
「え、でも……」
心配そうに睦沢を見つめるオリビア。
「大丈夫ッスよ、こんな奴に自分は負けないッスから」
睦沢はオリビアに笑いかけた。
「分かった……すぐに皆を呼んでくるから!!!」
オリビアは睦沢を背に走りだした。
それを見て睦沢はホッと胸を撫で下ろす。
「ちょとちょっとー、俺様を無視して女と話すとかなめてんのかなァ?」
「あんたと話すことはないッス」
「あっそー、つれねえな、それじゃやっちまえコーコ」
コーコと呼ばれた女は弓を構え、睦沢の念動力が通じないその矢を真っ直ぐ睦沢を目掛けて放つ。
睦沢はそれに合わせてコンクリートで固められている道路の地面を能力で持ち上げ、矢を防ぐ盾とした。
(操れないなら防ぐだけッスよ)
コンクリートの盾にぶつかる矢、睦沢は矢が壊れると同時に攻撃を仕掛けるつもりであったが矢は睦沢の予想とは違う動きをした。
コンクリートに勢い良く当たった矢は壊れること無くそのままコンクリートを突き抜け睦沢の右肩を貫いたのだ。
「がっ!?」
その衝撃で後ろに倒れる睦沢。
睦沢の右肩には風穴が空き、そこから大量の血が流れる。
「ヒャッヒャヒャ、ざまぁねぇなァ?」
倒れる睦沢に向け追い打ちをかけるようにコーコは次々と矢を放つ。
睦沢はそれを避けるように近くにあったビルへ飛び込んだ。
「くそ、なんなんスかあいつの矢は……」
相手の能力を分析しようとする睦沢だがそれを遮るようにビルの壁を貫通して矢が睦沢に向け飛んでくる。
それをなんとか躱し続ける睦沢だが量が多く、矢の先端が睦沢の体を掠り、徐々に睦沢を追い詰めていく。
睦沢は矢を避けるため階段を使って2階へと駆け上った。
外では逃げる睦沢に対してヘラヘラとバアルが笑っていた。
「ヒャヒャヒャ、これが念動力者最強と言われる男とはねぇ、どう思うよコーコ?」
「睦沢 亮の能力はあくまでも物体の操作が中心の念動力ですから、操れない物体で攻撃してしまえば大した事はありません」
「ってこたぁ俺様が戦うまでもねぇってわけだ」
「教祖様の手を煩わせはしません、私が殺します」
コーコは弓をビルに構え、闇雲に矢を射続ける。
放たれた矢はビルの外壁を貫通し、反対側から壁を突き破って飛び出す。
コーコの背中の矢が半分ほどになったところだった、突如ビルの二階の窓が割れ、そこからデスクや椅子、パソコンなど様々な物がバアルとコーコに向け落ちてきた。
「へぇ、逃げるだけじゃないってことか」
それらの物はバアルの目の前で急に空中でピタリと止まる。
そして突然重力を得たかのようにそれらは地面へと落ちていった。
「いいねぇいいねぇ……」
「きょ、教祖様……」
「あぁ?」
苦しそうに自分を呼ぶコーコの姿を見てバアルは楽しそうに笑った。
「ヒャッヒャッヒャ、俺様としたことがお前の方を守るの忘れてたぜ」
コーコの足は落ちてきたデスクに押しつぶされ、身動きが取れなくなっていた。
「まぁB級のお前があいつに怪我負わせただけでも充分か、まぁ俺様のお陰なんだけどな」
バアルはそう言うとコーコには目も向けずビルに近付く。
「出てこいよ、俺様と勝負しようぜぇ!!!」
バアルが叫ぶと睦沢は割れた二階の窓から姿を現す。
「メタモルフォーゼ、相手の能力をコピーする能力ってのは本当みたいッスね」
「やっぱり知ってたか」
「さっきの矢もあんたが自分の力を同じ念動力で相殺してたんスよね?」
「んんー、半分正解ってところかなぁ?」
「そうッスか」
睦沢はアーニャから貰った能力の代償を抑える薬をポケットから取り出すとそれを口に放り込んだ。
(これで多少の無理はできそうッスね……)
睦沢は周辺のビルの数を目で確認すると能力を使った。
周囲のビルの窓が次々と割れ、その割れたガラスは睦沢の能力によりその場で浮かぶ。
割れたガラスはおよそ2千枚、その2千枚全てがそれぞれ細かく砕かれ空を覆う。
都市の光を反射するように光る何万というガラスの破片はまるで夜空に輝く星々のようであった。
「自分と同じ力ってのは確かに厄介ッスけどさっき矢を操ろうとした時分かったッス、あんたはコピーした能力の力を百パーセント引き出せるわけじゃない、所詮は紛い物ッスよ」
無限に思えるガラスの破片はバアルただ一人に向け降り注いだ。
最初こそ睦沢の能力で動きは止めたが、降り注ぐそのガラスにバアルの紛い物の能力は耐え切れなくなり、バアルの体を切り刻んでいった。
バアルの体を飲み込んでも止まらないそのガラスの勢いは地面をえぐり、辺りを血に染めていく。
豪雨のように降り注いだガラスはやがて無くなり、そこに残ったのは血と僅かな肉片だけであった。
「ハァ……ハァ……さすがに……疲れるッスね……」
睦沢はそれを見てわずかに残った力で近くで怯えたようにその光景を見ていたコーコにトドメを刺そうとする。
しかしそこである事に気付いた。
(あいつの心臓がない……?)
「お前の言う通りさ、俺様の能力は所詮は偽物、せいぜい本物の半分程度しか力は発揮できない、でもよォ、そんなのがA級指定なんてされると思うかァ?」
「!?」
突然の声に驚き後ろを振り向いた睦沢に部屋にあったデスクが飛んでくる。
睦沢は能力でそのデスクを止めようとしたが、さっきの攻撃で疲労している睦沢は反応がおくれ、デスクと共に2階から叩き落とされた。
背中から地面に落下した睦沢はうっという呻きにも似たような声を出し口から血を吐き出す。
そんな睦沢の元にバアルは2階から楽々と飛び降りた。
「ヒャヒャヒャ、惨めだねぇ、そんなんじゃ玲奈ちゃん救うことなんてできないよぉ?」
「ど……どうして……玲奈のこと……を……」
「お前の記憶をすこーし覗かせてもらっただけさァ、女のために命を欠けるなんて泣けちゃうねぇ」
「どういう……こと……スか……」
「仕方ねぇなァ、少し教えてやるよ、俺様の能力はコピーじゃねぇ、人間を理解する能力さ、対象の能力から記憶、趣味や思考、その全てを理解してこの俺様自身に反映したり現実に実現できるのさ、つまりさっきお前が殺したと思ったのは俺様自身を反映させたただのコピーさ、どうだい便利だろ?」
「くそ……みたいな能力……ッスね……」
「ヒャヒャヒャ、確かにその分色々リスクもあるけどいいもんだぜぇ、そいつの全てを知ったうえで殺すってのはよぉ」
バアルは念動力で近くのガラスの破片を一枚を持ち上げるとそれを睦沢の頭上へ移動させる。
「話はお終いだ、じゃあなー」
ガラスの破片は睦沢の頭に真っ直ぐ放たれた。




