12-4 決着
雅史が屋上を目指しビルの中を走っているのと同様に、あらゆるものを溶かしながら迫ってくる液体に追われながらアーニャも屋上へと走っていた。
(なんなのよさっきからこの衝撃は……何が外で起きているの?)
ファフニールによる雅史の攻撃はアーニャのいるビルまでその衝撃を伝えていた。
ただごとではないことが外で起こっている事は確かだった。
しかしアーニャにそれを確認する手段は今のところない。
「あの馬鹿無事なんでしょうね」
液体は速度を徐々に上げ、階段を駆け登るアーニャのすぐ後ろへと迫っている。
「もうそろそろ逃げ場もないわね……」
階段の先には一つの扉があった。
アーニャは迷わずその扉を蹴り開ける。
そこには大きめの柵に覆われた屋上があった。
アーニャはすぐさま扉を閉め、屋上へと転がり込んだ。
すぐ後ろ来ていた液体は扉を一瞬で溶かすと蛇のような動きでアーニャに向かっていった。
アーニャはカチっとポケットに入っているある機械のボタンを押してそれを起動させる。
するとアーニャを囲むように青く光る膜が展開され、液体を防いだ。
それはアレックスから返してもらったアーニャの最強防御兵器アイギスの盾。
アイギスの盾のシールドに勢い良くぶつかった液体はそのまま辺りに飛散し、屋上の地面を溶かすがそのまま蒸発していった。
「ハァ……ハァ……なんとかなったわね……」
液体が消え去るのを確認してアーニャはアイギスの盾のスイッチを切る。
アイギスの盾を展開するのに大幅に体力を削ったアーニャはフラフラになりながら音の原因を確かめるため屋上の柵へと向かった。
そこで見た光景はアーニャを驚愕させた。
自分を裏切ったリアン、そしてリアンと一緒にいたファフニールというドラゴンがビルに向かって執拗に攻撃を繰り返しているのだ。
「なんであいつらがここに……」
2人を見たはアーニャはアレックスに貰った信号弾を撃とうとして躊躇った。
信号弾を撃つということは自分の場所を相手に知らせるのと同義であり、アレックスたちはすぐにここにくるとは限らないからである。
体力を失った自分では二人に襲われれば一溜りもない、アーニャは信号弾をしまいフラフラの足を前に進め来た道を戻ることにした。
リスクを犯す前にまずは雅史の安否の確認、信号弾は最後の手段とアーニャは判断した。
◇
「中々丈夫だねこのビル」
「そうですねぇ、ちまちまやってても仕方ないかも知れませんね」
「ならこれでどうかな」
ファフニールは今までよりも時間をかけ球体を作り始める。
徐々に大きくなる炎の球体は通常の十倍ほどにも膨れ上がり、その熱は辺りの景色を歪ましていく。
「威力が高いのは結構ですがその大きさでは僕たちまで巻き込まれてしまいませんか?」
「大丈夫大丈夫」
ファフニールがそう言うと巨大な炎の玉は分裂していき、一つの玉が十個に別れた。
「なるほど」
別れたそれぞれの玉は意思を持ったかのようにビルの至るところへと放たれた。
先程よりも比べ物にならない衝撃が辺り一帯を覆う。
その威力はビルの柱を壊し、今までかろうじてその形を保っていたビルはグラグラ揺れ始め倒壊の準備を始める。
「これでもう終わりでしょ?」
「ええ、崩れるのも時間の問題ですね」
2人が油断したその時であった。
ビルの屋上から2人に目掛けて飛び降りる影が一つ、それを瞬時に察知するリアン。
「馬鹿なっ!?」
それは雅史だった。
雅史は屋上からナイフを構えながらファフニールの上に乗るリアンの元へと飛びかかる。
自殺行為、そうリアンは思った。
確かに上手くファフニールの背中へ乗れば地面に落下することはないが、例え上手くこの場所へ飛び移れてもそこは敵の背中の上である。
ファフニールが少し力を加えれば振り落としてしまうのは容易いことだった。
「まさか逃げ場が無くなって特攻ですか、愚かな人だ……」
リアンも雅史と同じようにナイフを構える。
しかしそこでリアンは思い出した。
雅史が見せたドッペルゲンガーによる身代わりを。
(考えてみればこんな無謀な特攻をするとは思えない、まさか!?)
「ファフニール君! 窓を!!!」
ビルの最上階、そこには拳銃を構えた雅史の姿があった。
「こいつは囮です! 早くあそこにいる奴を!!!」
リアンは屋上からこちらに飛び降りた雅史に目もくれずファフニールに向かって叫ぶ。
リアンが恐れたのは雅史の持つ拳銃、それは対能力者用の弾丸が込められているのは確かであり、それをファフニールに打ち込まれればリアンの強化能力が打ち消され体が消滅するのは確認済みである。
最初に銃弾が当たって砕けたのは翼で助かったが、あれが胴体などに当たれば恐らくファフニールの体は消滅してしまうだろうとリアンは予想した。
ファフニールは雅史の姿を確認するとすぐさま炎の弾をその場所へ打ち込んだ。
その場所は凄まじい爆音とともに爆発し、その一撃が引き金となり崩れかけていたビルを本格的に倒壊させた。
「アハ、アハハハハハ! おしかったですねぇぇぇぇ!!!」
勝利を確信したリアン。
しかし腹部に強い痛みを感じて我に帰った。
「……え?」
自らの腹部を見るとナイフが突き刺ささっている。
「な、なんですかこ、これは……」
目の前にはドッペルゲンガーである筈の雅史がリアンの腹部にナイフを突き立てていた。
「慢心、それがお前の敗因だ……」
「ま、まさか本物は……」
雅史はリアンの腹部からナイフを抜くと今度はリアンの胸にナイフを突き立てた。
鈍い感触が雅史の手に伝わってくる。
「最悪の気分だぜ、人を刺すってのはよ」
口から血を流し、そのまま膝をつくリアン。
「リ、リアン!? 何が起きてるの!?」
自分の背中で何が起きているのか分からず混乱するファフニール。
「こ、こんなところでこの僕が……」
そう言い残すとリアンの体は消滅し、心臓へと変わっていった。
そしてそれと同時にファフニールの体にも異変が起きる。
金色の鱗が剥がれ落ちていき、翼や尻尾が消滅していく。
体も段々と小さくなっていきドラゴンの体が崩壊する。
「な、なんで、どうして」
雅史は崩れゆくファフニールの体から地面に降りるとその場から距離を取った。
しばらくしてそこに残ったのは小さな子供の体だけであった。
「リアン! リアンはどこ!!!」
子供は泣き叫ぶようにリアンを探す。
「どうしてこんな子供が……」
「やだよ! ぼくを幸せにしてくれるって言ったじゃないか!? リアン!!! リアンてば!!!」
泣きじゃくりながらリアンを探すファフニールを見て、さっきまでドラゴンに抱いていた恐怖が消え去っていく雅史。
「一体ここで何が……」
そこに現れたのはアーニャであった。
「よかった、無事だったみたいだな」
「雅史? もしかしてこれあなたが?」
「ああ……」
アーニャの目の前には心臓が4つと泣きじゃくるファフニールの姿があった。
それを見てここで何が起きたのかをアーニャは大体理解した。
「あなたがリアンを殺したのね」
「……」
雅史は敵を倒したとは思えないほど浮かない顔をしている。
「これが人を殺すってことよ、あなたも早く慣れた方がいいわ」
そう言ってアーニャはファフニールに向けて銃を向けた。
「お、おい、まだ子供だぞ!」
「見れば分かるわよ、大方能力のせいで捨てられた子供をリアンがいいようにそそのかしたのでしょう」
「なら……」
「この子はもう救えない、この歳で一体どれだけの人を殺してきたのか分からないけど心が壊れてしまっているわ」
「……」
「ここで殺してあげるのがこの子のためよ」
アーニャは引き金に手をかける。
そこでファフニールが口を開いた。
「そっかぁ、そうなんだ……」
ぶつぶつと何かを喋り出すファフニール。
「リアンはここにいるじゃんか……あはは」
突然ファフニールの体が光ったかと思うと凄まじい衝撃が辺りを包み、雅史とアーニャの体を吹き飛ばす。
「な、なんだ!?」
「嘘でしょ……まさか自力で……?」
2人の目の前には消滅したはずの巨大なドラゴンがいた。
ファフニールはアーニャに向けその口を開く。
そしてその口に炎の塊を作り出していく。
「早く逃げろ!!!!」
雅史はアーニャに叫ぶがとても間に合わない。
「くそったれ!!!」
雅史はアーニャを突き飛ばし、代わりにファフニールの前に立ち塞がった。
まさに絶体絶命、次の瞬間に自分は死ぬ、そう雅史が思った時、歌うような少女の声を聞いた。
「4大元素を司る精霊達よ、今こそ我に集え」
声の主は雅史とファフニールの間に立つとそう言い、ファフニールの放った巨大な炎の塊に真正面から直撃する。
普通であれば一瞬で燃え尽きてしまう威力を持つその炎はその少女に当たると爆発し、周りに火を散らせながら消滅した。
「クックック、陳家な炎じゃのう」
少女は無傷であった。
「な、なにが起こってんだ……」
女は雅史の方を振り向くと愉快に言った。
「儂はローゼンクロイツ、気まぐれにお主達を助けてやろうぞ」




