12-2 狂人再び
「つーか今思ったんだけどよ、ローゼンクロイツが最初から仲間だったならこの信号弾で居場所知らせれば良かったんじゃないか?」
10階建てのビルの2階へと続く階段を登りながら雅史は今思いついたことをアーニャに尋ねた。
「確かにその手もあったとは思うけどリスクが高すぎるわね、信号弾なんてあんな目立つもの撃てば他の参加者に自分たちの存在を教えるようなものよ、それにローゼンクロイツの実力なら急いで合流する事もないだろうしね」
「よっぽどローゼンクロイツの魔術ってのを信用してんだなアレックスは」
「そうみたいね」
「実際魔術ってどんなことできるんだろうな、全然想像できねぇよ」
「それは私も同じよ、正直なところ魔術なんて信じろって方が難しいもの」
「だよなぁ」
アレックスの作戦はローゼンクロイツの魔術で神様がいるという天界へに行けるようにすることが作戦成功の鍵の一つである。
つまりローゼンクロイツがそれをできなければ作戦に成功はあり得ない。
雅史とアーニャはその魔術という不確定な物への不安を拭いきれなかった。
「とりあえず今は直接会ってみるしかないわね、考えるのはそれからよ」
「そりゃ分かってるけどよ……ってなんだこれ?」
「どうかしたのかしら?」
「これ見てみろよ」
雅史は2階の廊下に並ぶ部屋のドアをアーニャへ見せた。
「なにかしらこれ……?」
雅史がアーニャに見せたドアのドアノブは溶けており、蝋燭の蝋のようになっていた。
よく見れば溶けているのは一箇所だけでなく、見える範囲の二階のドアノブ全てが同じように溶かされている。
「なぁ、これって明らかに能力者の仕業だよな……」
「恐らく物質を溶かす能力者か炎を扱う能力者ね」
「心当たりは?」
「該当する人間が多すぎて検討もつかないわ、とりあえずここからは出た方がよさそうね……」
2人がこのままこのビルを捜索するのは危険と判断し、元来た階段を降りようとした時だった。
カツン、カツンと階段を何者かが上がってくる音を聞き、2人は急いで戦闘態勢へ切り替えた。
「誰?」
アーニャが階段を上がってくる者に質問をするが、カツンカツンという音は止まらず、アーニャの質問にも答えない。
足音が近付くに連れ二人の緊張は高まる。
そしてその足音の正体が二人の前に現れた。
「……!?」
その顔を見て思わず雅史は驚愕した。
現れたのは女性、顔の右半分が焼け爛れ、目は右目だけが白目を剥き、鼻や口は歪み、直視できないほど醜い顔となっている女だった。
「あなた見たことあるわね? 何か私たちに用かしら?」
アーニャが銃を突きつけながらその女に問いただす。
「用? ヒヒ、おかしな事言うわねぇ、この世界での用件なんて殺し以外に何があるのよ、ヒヒ」
「確かにあなたの言う通りね」
アーニャはそう言って引き金を引いた。
拳銃から打ち出された銃弾は正確にその女の額へと向かうが、その銃弾から顔を守るように女は手を顔の前に出し、握り拳を作るように銃弾をその手で包み込んだ。
「そうそう、これは戦い、遠慮は無用よ」
ジュウっと拳の中から音がすると指の間からは煙が上がり、女が手を開くとそこに銃弾はもう無かった。
「思い出したわその顔、あなたシイラ・マクミランね、でも私が知ってる顔よりも随分と醜いわね」
「ヒヒ、これはわたしの能力の代償よ、あなたも時期同じ顔にしてあげるから安心してちょうだい」
「代償?」
その言葉を聞いてアーニャは疑問に思った。
シイラ・マクミランはECSに登録されているC級の能力者で代償があるほど強力な能力者ではない、そもそも放たれた銃弾を掴んで溶かすなどできるはずもない能力だった。
(何か引っかかるわね……)
「さぁてどっちから溶かしてあげましょうかねぇ……」
「雅史、あなたは私が隙を作るからその間に建物の外へ出なさい」
「おいおい、俺だって戦えるぜ──」
「別に邪魔って言ってるわけじゃないわ、こんな奴私一人で充分てだけよ、それに何か嫌な予感もするのよ、外に出たらこれ渡して置くから他に敵がいたら知らせてちょうだい」
そう言ってアーニャは雅史に簡単テレパス機を渡した。
「分かった、けど無理すんなよ」
「ええ」
「なぁにいちゃいちゃしてんのかしらねぇ!?」
シイラは苛立ったようにそう叫ぶと二人に向かって階段を駆け上がりだした。
そして両腕を突き出しその左右の手で雅史とアーニャを掴もうとする。
しかしそれはアーニャがシイラの脇腹に放った蹴りによって防がれた。
「ゲホッ──!?」
シイラはそのまま壁に体を叩きつけ、苦しいそうに声をあげると吐瀉物を吐き出した。
「今よ、行きなさい」
「はは、確かにアーニャだけで充分そうだ……」
雅史は心配など余計だったと思い階段を駆け下りてビルの出口へと向かった。
「さてと、あなたには聞きたいことがあるのだけど……」
「ゴホッ、ガァ──」
「ああ、少し上すぎたわね、肋骨が折れてしまってるみたい」
アーニャは苦しそうにのた打ち回るシイラの髪を掴むとそのまま引っ張り上げ、シイラの顔を床へと叩きつけた。
叩きつけられたシイラの顔は鼻が折れ、大量の血が吹き出す。
「少しは楽になったかしら?」
「ご、ごのくそあまがぁ……」
「元気そうで何より、それであなたリアン・メンゲレって名前に聞き覚えあるかしら?」
◇
その頃雅史はビルの外に出たところで見覚えのある二人の人物と遭遇していた。
「なんでお前らがこんなところに……」
「おや、僕らの事を知っているのですか? こちらはあなたの事を存じませんが?」
「だろうな……」
目の前の2人、それは雅史がこの世界に来て初めて見た能力者、リアン・メンゲレとファフニール・カインであった。
彼らの事を雅史はアーニャから聞いていた。
他の能力者の能力を大幅に強化するリアン、そしてそのリアンの力によってドラゴンへと変身するファフニール、その力はアーニャでも勝ち目が無いとのことであった。
「まぁいいでしょう、それよりアーニャ君はどうなりましたか? もしかしてシイラ君に殺されてしまいましたか?」
「そんなわけねぇだろが」
「そうですか、それは良かった、あっ、後一つ質問いいですか?」
「なんだよ」
「ジャン・ロンバートという名前に聞き覚えはありませんか? 僕の獲物だったのに邪魔が入って逃げられてしまったんですよ」
「……知らねぇよ」
「そうですか、それは残念ですねぇ、やはりアーニャ君に聞き出すのが早そうですか」
「ねぇリアン、こいつはどうするの?」
ファフニールがリアンに尋ねる。
「んー、そうですねぇ、せっかくなのでアーニャ君の前で殺しましょうか、その方がアーニャ君も楽しんでくれるでしょうしジャン君の居場所も教えてくれるかもしれませんからね」
「わかった、それじゃあ捕まえればいいんだよね?」
「そうですね、なるべく殺さないようにしましょうか」
話が終わるとファフニールの背中から巨大な翼が飛び出し、口が裂け鋭い牙を生やしていく。
小さなファフニールの体は徐々に大きくなっていき、破れた服からは金色の肌が覗いて見える。
「本当にこりゃドラゴンとしか言えねぇな……」
変身を終えたファフニールの姿はアーニャの言う通りドラゴンであった。
金色の肌をした皮膚に巨大な翼と尻尾、手脚も体に負けないほど巨大で、先には3つの鋭い爪、顔はワニにそっくりで、爬虫類のような無機質な目が雅史を見つめている。
その巨体は周りのビルと比べても5、6階建てのものならその大きさを超えている。
ファフニールは4本の手脚を地面に付けたままその大きな体を地面へ伏せた。
そこにリアンが器用にファフニールの脚を伝って背中へと乗る。
「さてと、簡単には死なないでくださいよ」
「はは、やってやるよ……」
誰がどう見ても絶望的な状況。
しかし雅史がこの時思っていたのは絶望ではなかった。
(こいつらをアーニャに会わせるわけには行かねぇ……俺がなんとかこいつらを殺るしか……)
「さぁあの男を捕まえなさいファフニール君」
雅史は逃げるためではなく、倒すためでもはなく、守るために戦う事を決意した。




