12-1 ある男の決意
【15:38 都市エリア 北西部】
アレックス達の拠点を出てから約2時間、雅史とアーニャは都市エリアの舗装された道に並ぶ建物を隈無く探索していた。
2人があるビルの四階の一室に入ったところだった、雅史はすでに2人を見つけ出すのはほぼ不可能なのではないかとすら思っていた。
「なぁアーニャ、ここら一体探し終わるのって後どんくらいかかるんだろうな……」
「さぁ、日付が変わるまでに終わるか終わらないかってとこかしら」
都市エリアには見渡す限り高層ビルが立ち並び、その数を数えようとすればそれだけで一日が終わってしまうだろう。
そんなビルの一室一室を探し続ける作業は先が見えず、疲労だけが蓄積されていく。
「あ、そういや礼言うの忘れてたな、ありがとな」
唐突に雅史はアーニャへ感謝の言葉を述べた。
「なによいきなり、それになんのことかしら?」
「俺にあの銃を貸してくれた事だよ、おかげで俺もやっと役に立てた気がするからさ」
「別にいいわよ、それにあの時は私もあなたに助けられたしね、私こそ──」
「でもアーニャってすげぇよな、あんな能力者相手にあれだけ戦えるなんてよ、男より男らしいぜ、俺の国じゃアーニャみたいな奴のこと男勝りっつーのか? いやほんとかっこ良かったぜ」
雅史の言葉にピクリとアーニャの頬が引きつる。
「あ、話区切ってわりぃな、そんでなんだっけ?」
「あなたそんな事で役に立ったつもりなわけかしら? 役に立ちたいって言うなら敵の1人や2人倒してから言いなさい」
「お、おう……」
明らかに怒っているアーニャの気配を察して雅史は黙った。
(なんで怒ってんだ? せっかく褒めたのによ……)
結局その後もアーニャの機嫌は治らず、少し気まずいままビルの捜索を終え、2人は外へと出た。
「そういえばあなたで試したいことがあるのだけどいいかしら?」
「は、はい、大丈夫です」
「これを使ってみてくれるかしら?」
そう言うとアーニャは能力でピンポン球ほどの白い玉を一つ取り出した。
「なんだそれ?」
「これは身代わり玉って言ってね、この玉のスイッチを押すと自分とそっくりの身代わりを作ることができるはずの物よ」
「できるはず? 絶対できるってわけじゃないのか?」
「そうじゃないわ、実はこれ欠陥品でね、この玉を使うと体力の殆どを持っていかれてしまうのよ、だから能力を使うどころじゃなくなって実戦じゃ使い道がないものなんだけど、あなたならもしかしたらと思ってね」
「なんで俺なら大丈夫なんだよ……」
「あなたの能力がもしも強力なものならこれを使っても平気なはずだからよ、私の武器は能力者の力を使って発動させるものだからね、でも安心してちょうだい、もしもダメでも無理やり体力を回復させる薬もあるから」
副作用については保証しないけどねとアーニャは最後に付け加える。
「正直言うとあんまり使いたくないんだが……」
「あら? あなたさっき役に立てて良かったって言ったわよね? あれは嘘だったのかしら」
「あーもう分かったよ、やりゃいいんだろ」
雅史はアーニャから玉を受け取り、勢いでそのスイッチを押す。
すると玉は急速に膨らみ人型の形になっていく。
そしてその人型は徐々に肌の色や髪、服装まで雅史と同じように形作っていき、最終的には本物の雅史となんら変わらない姿となった。
「まさか本当に成功するなんてね……信じられないわ……」
「おい、本気で驚いてんじゃねぇよ」
失敗前提でやらしたアーニャに突っ込みを入れる雅史だったが、あらためてそのドッペルゲンガーを見ると不気味なくらい自分と酷似していた。
「これはあなたの覚醒が楽しみね……」
そう言ってアーニャは新たに白い玉を二つ取り出し雅史に渡した。
「まぁ何かの役には立つでしょ」
「ありがとよ、そんでこれどうやって元に戻すんだ?」
「こうするのよ」
そう言うとアーニャはドッペルゲンガーの顔に思いっきり拳を叩き込んだ。
「いっ!?」
ドッペルゲンガーの顔は歪み、血を吹き出しながら空気を抜いた風船のように萎んでいった。
「ドッペルゲンガーは使い捨てなのよ、こうやって傷さえつければいいってわけ」
「気のせいか俺にはお前が殴るとき笑っているように見えたんだが……」
「あら、気のせいよ」
もしかしたらアーニャの笑顔を見たのはこれが初めてなのではないかと思った雅史だったが、哀れな自分の分身を見て少し雅史は気分が落ちた。
「それにしてもアーニャの武器って一体いくつあんだ? 相当な種類があるように見えるんだが」
「そんなに多くないわよ、戦闘用の武器は4種類だけ、後は罠だったり補助用の機械だったり何か適当に使えそうな小物なんかを持ってきただけだもの」
「案外戦闘用ってのは少ないんだな、そういえば出発前に睦沢に何か渡してたみたいだけどあれも戦闘用のものなのか?」
「あの変態に渡したのは2種類の薬よ」
「薬?」
「そう薬、一つは能力の代償を和らげる薬、もう一つは……まぁ適当な薬よ」
「代償?」
「そういえば言ってなかったわね、強力な能力もただで使いたい放題ってわけじゃないのよ、まぁ私みたいなB級能力者くらいなら大したことは無いんだけどね、でもA級くらいになると心身になにかしらの影響が出るってわけ、だからそれを和らげる薬をあいつに渡したのよ」
雅史はセオドア戦で見せた睦沢の力と、途中で目を血走らせ鼻血を流した睦沢を思い出した。
(無償で強大な力を振るえるほど万能ってわけじゃないってわけね……)
「てか本当色々持ってんな、そういうのってやっぱアーニャが自分で作ってんのか?」
「違うわ、確かに私が作ったのも少しはあるけどほとんどの兵器は私の父が遺したものよ」
「遺したもの、それじゃあ親父さんは……」
「私が小さかった頃に母と一緒にある男に殺されたわ」
ここで雅史はアーニャの言葉を思い出した。
自分の復讐を遂げられれば後はどうなったって構わないと言っていたアーニャの言葉を──
「まさかお前が復讐したいって言ってた相手ってのは……」
「そうよ、私の両親を殺した男よ」
「なるほどな、それがアレックスが言ってた赤い髪の男か……そういえば確かアレックスに情報を要求してたよな」
アーニャはアレックスの仲間になる条件に赤い髪の男の情報を要求していた。
おそらく自分を除いてジャンのところにいった時に聞いたのだろうと雅史は予想した。
「ええ、思ったよりもいい情報をくれてね、もう名前も能力も分かったし準備は整ったわ、後は見つけるだけ」
アーニャの目は雅史が今まで見た中でもっとも冷酷でな目をしていた。
「そうか、ちなみにその男ってのはどんな奴なんだ?」
「名前はレイノート・ブラッディ、十字架を背負う者達の幹部の一人よ」
「ちょっと待てよ、十字架を背負う者達の幹部って言ったらあのセオドアって奴と同じくらい強いんじゃねぇのかよ」
「どうかしらね、アレックスの話を聞く限りだとセオドアよりもよっぽど手強そうな相手みたいだけど」
「そんな奴を相手にしようとしてんのか……」
「当たり前じゃない、というかあなたには関係無い話でしょ?」
「んなことねぇよ」
「は?」
「俺もお前の復讐手伝うって言ってんだよ」
「……あなた私を馬鹿にしてるわけ? これは私の問題で私の復讐なの、他人のあなたがそれに関わる権利なんてないのよ、意味分かるかしら?」
アーニャは強めの口調で雅史に言う。
「んなこと分かってるよ」
「だったらわざわざ他人のために命を危険に晒すことはないわ」
「よく言うぜ、お前だって他人のために命はってんじゃねぇかよ」
「何言ってるの? 私は自分の復讐のためなら他人がどうなろうと知った事じゃないわ」
「嘘つけよ、だったら何でグローリアに襲われた時にミランダのとこに行ったんだ? どうしてセオドアと戦った時に俺達を見捨てて一人で逃げなかったんだ? 本当に他人がどうなってもいいっていう人間だったら俺達なんか放って一人で逃げるはずだろ?」
「それは……」
雅史の言葉にアーニャは上手く言葉を返すことができなかった。
確かに自分だけ逃げる隙はあった、しかしそうしなかった。
その事についてアーニャは自分自身でも答えを出せずにいたのだ。
「多分俺はお前と初日に会わなかったらここにはいなかった、お前は俺の命の恩人なんだよ、だから役に立ちてぇんだ……」
雅史はアーニャがセオドアとの戦いの時に自分を信用して作戦を立てた時から思っていた。
自分もアーニャを信じてついて行くと、アーニャを守りたいと。
「あなた馬鹿だとは最初から思ってたけど、想像以上に底無しの馬鹿ね」
「うるせぇ、それは自覚してる」
「まぁいいわ、死にたいなら好きにすればいい、私はあなたがどうなろうと知らないからね」
そう言うとアーニャは一人次のビルへと入っていった。
「はいよ」
それに付いていくように雅史も後を追う。
雅史がここに来て初めて心から成し遂げたい思ったこと、それは一人の少女を守り抜き、少女の目的を達成させたいということだった。
しかし雅史がそう思えば思うほどあの夢が頭を過る。
夢の少女、その少女の姿が目の前のアーニャと重なるのだ。
雅史はそんな目の前の景色を振り払うように先へと進んだ。
◇
「新しいお仲間と上手くやってるようで安心しましたねぇ、ねぇファフニール君?」
「どうでもいいよそんなこと」
雅史とアーニャがビルに入っていく姿を対面のビルの屋上から二人の人間が眺めていた。
リアン・メンゲレとファフニール・カイン、初日にアーニャ達を裏切り襲いかかった二人は、再びアーニャにその牙を向こうとしていた。




