11-3 天使の小さな胸騒ぎ
「二手に別れるのか?」
「ああそうだ、確かに大勢で行動した方が危険は少ないかもしれないが僕たちには時間がないからね、メルル・ルルミックはいつ殺されてもおかしくない、だからここは多少危険でも捜索する幅を広げるべきなんだ」
アレックスの言うことに一理あると雅史は思った。
ローゼンクロイツは話を聞く限りでは一人でも平気そうだがメルル・ルルミックに関しては千里眼を除けば普通の少女であり、ここまで脱落していないことが逆に不思議に思えるほどだったからだ。
「確かにそうだな……」
「捜索は雅史くんとアンナくん、オリビアくんと亮くんで別れて行動してくれ」
「よっしゃぁ! オリビアさんと一緒とかやる気湧いてきたッス!」
「えー、亮くんと一緒かぁ……」
睦沢はオリビアと一緒の行動ということで浮かれている様子だが、オリビアの方はどこか不服そうな顔をしていた。
「この中で一番強い能力を持つ亮くんと、亮くんの力を守れるオリビアくんにお願いしたいんだ、雅史くんにはアンナくんの武器が必要になるだろうしね」
「うー、分かりました……」
しぶしぶ了解するオリビア。
「でも捜索って言ってもよ、どこを探せばいいんだ? 相当広いんだろここ?」
「もちろん闇雲に探せなんて言わないさ、マルコス、あれを持ってきてくれ」
マルコスはアレックスに言われると、一枚の大きめな紙を持ってきて、それを机の上に広げた。
その紙に書かれていたのは町の地図のようなものだった。
「これは僕たちの仲間の一人が作ったこの都市エリアの地図だよ、まぁ完璧な地図とは言い難いけど参考にはなるはずだ」
地図には所々に赤い丸がされており、その丸の中には済とだけ書かれている。
アレックスはその地図を使って雅史達に説明を始めた。
「ここが僕たちのいる倉庫、そしてここがセオドアの爆発があった場所だ」
アレックスは新たにその地図に大きな赤丸を書き込んでいく。
「あの爆発で消滅した都市エリアは大体半径3キロメートルくらいかな」
「半径3キロって核爆弾並じゃねぇかよ……」
あらためあの爆発の威力を思い知った雅史だったが、その地図で見ればなんら大したことのないように見える程の規模であった。
「本当に広いんだなここ……」
「ああ、だから人一人探すのも一苦労さ、ジャンくんさえ起きてくれればメルルの捜索は容易なんだけどね、それとこの丸で囲ってある場所はすでに僕たちが探し終えた場所だ、この丸で囲まれた範囲に誰か入れば顔が分かるようになっているから探すのはこの丸以外だね」
「他の仲間の能力って奴か」
「そういうこと」
赤い丸は都市エリアの4分の1ほどを埋め尽くしており、かなり捜索が進んでいることが分かる。
アレックスは今度は青いペンでまだ捜索がされていない箇所に大きな丸を付け、アーニャと亮と名前を書いた。
「君たちに捜索して欲しいのはこの部分、ここの捜索が終わり次第この拠点に帰ってきてくれ、ただし探しきれなくても日付が変わるまでにはここに戻ってきて欲しい、大丈夫か?」
4人は分かったと返事をした。
「あんたは行かないのか?」
「僕はここで仲間の二人を待たないといけないからね」
「そうか」
「念のため君たちにこれを渡しておくよ」
そう言ってアレックスは四人に信号弾を手渡した。
「何か起きたらこれを空に撃ってくれ、そうすれば僕がマルコスの能力でそっちに助けに行く」
ここでアレックスからの話は終わった。
睦沢とオリビアは話が終わるとすぐに捜索に向かった。
雅史とアーニャはその2人よりも1時間ほど遅れて出発した。
理由はアーニャが拠点の周りに罠をいくつか仕掛けたからである。
メルル・ルルミックとローゼンクロイツの捜索へと向かう2組、しかしそれぞれの向かう先には最悪の能力者達が待ち構えていた。
◇
──天界──
雅史とアーニャが都市を歩く姿を2人の天使が2つのモニター越しに眺めていた。
「あのうミカエルさん……ちょっといいですか……?」
「んん? ガブっちどうしたのそんな汗掻いちゃってさ?」
ガブリエルの表情は焦りとも不安とも言える妙な表情になっていた。
「いやなにって、あまりの事に呆然としてしまいましたけどこの人達神様を殺すとか言ってましたよね? しかもアーニャさんもミカエルさんの担当の市原さんもその作戦に乗っちゃってるじゃないですか……」
「別にいんじゃなーい?」
「いいわけないでしょ!!!」
「ちょっとなんでそんなに必死になってるのー?」
「必死にもなりますよ! こんな事ゲームが行われるようになってから初めてですよ! 担当の参加者がもしも神様に反乱するような事になれば僕らだってただじゃ済みませんよ!?」
ガブリエルの意見は至極真当な意見であった。
自分たちの担当している参加者がゲームの支配者である神や天使に牙を向こうとしているのだ。
「大丈夫だってぇ、ガブっちは本当に神様が殺されると思ってるの?」
「それは……流石に思ってませんけど……」
「でしょ? そんなんじゃ最強の天使の名が泣くわよー、しくしく」
ミカエルはガブリエルを小馬鹿にするように人差し指を目に当て泣き真似をする。
「うっ……」
「それに参加者が何を言おうと何を考えようとそれはルール違反じゃないしね、仮にまーくん達が天界に乗り込んできてもあたし達が対処すれば済む話じゃないのよ、ガブっちはもっとルールをしっかり読まないとダメだゾ!」
「ミカエルさんがルール違反とか言い出しますか……」
「何言ってるのよー、あたしほど真面目な天使なんてそうはいないんだから」
人の家のソファに寝そべりながらお菓子をバリバリと食べるミカエルを見てガブリエルは心底うんざりした。
「これって天使長様に報告した方がいいんですかね?」
「さぁ? でもまぁ報告ならあのアレックスとかいう人間の担当だったり、その仲間の担当の天使がとっくにしてるんじゃない?」
「まぁ言われてみれば……」
「それでも天使長様が何も行動起こさないってことはこの件は問題無いってこと! あたし達はこのゲームの成り行きをおとなしく見守ってればいいのよ」
「んー、なんか良いように丸め込まれてる気がするんですが……」
「大丈夫大丈夫、そんなに心配なら天使長様に直接連絡取ってみればー?」
「ゲーム中に連絡なんて取れば叱られるに決まってるじゃないですか!」
「緊急の要件ならあの人だって怒らないって、ほらほら」
ミカエルはガブリエルを電話のある場所まで押し出すように背中を押す。
「もう、怒られたらミカエルさんも庇って下さいよ……」
ガブリエルはしぶしぶ天使長へ繋がる番号を押していく。
「ちゃーんす!」
その隙にミカエルは台所へと行き、棚の中を漁り始めた。
「ふんふんふーん、確か前にガブっちがお隣さんのラファエルから人間界のお菓子貰ったって言ってたわよねー、おっ、あったあった」
ミカエルはお目当てのお菓子を見つけると素早くソファへと戻った。
後ろでは天使長と連絡が繋がったらしくガブリエルが何かを話している。
「さてさて」
ミカエルはお菓子の袋を開けると中にあるじゃがいもを薄切りにしたお菓子、通称ポテチを手に取り口に頬張った。
「んんー! この味懐かしい! やっぱ人間界のお菓子が一番ねー」
ボリボリと音を立てながら次々とお菓子を頬張るミカエルの元にガブリエルが帰ってきた。
「ほぉだった? ひゃっぱほこられたぁ?」
「ってなにまた人のお菓子食べてるんですか!? しかもソファにこぼしまくりじゃないですか!」
「ふぉめんふぉめん!」
「食べながら喋らないで下さい!!!」
ゴクンと口に頬張っていたお菓子をミカエルは飲み込むとガブリエルは呆れたようにため息をついた。
「ごめんごめん! それでどうだった?」
「問題無いそうです……」
「ほらやっぱりね、ガブっちは何事も考え過ぎなのよー」
「心底ミカエルさんが羨ましいですよ……」
この時ガブリエルは天使長の態度に疑問を抱かずにはいられなかった。
天使長ルシフェル、天使達を統括する立場として常に厳しく規律には人一倍うるさい天使。
そんなルシフェルがこの状況に対して問題ないと言ったのはガブリエルにとって予想外以外の何者でもなかった。
ミカエルの言う通り考え過ぎなだけかもしれないとミカエルは思ったが、何か妙な胸騒ぎをガブリエルは感じていた。




