10-3 品定め
眷属の女から放たれた光の光線。
その正体は反物質粒子砲、触れた物を容赦なく消滅させるその光線は身動きの取れないヴァラヴォルフに一直線に放たれた。
光線は木々や地面を消滅させ、ヴァラヴォルフや他の眷属達をも巻き込み、遥か彼方まで放出された。
光線の通った後には不自然に抉れた地面と木々が残された。
「思った以上の威力でしたね」
その光線を放った女の腕の肉はほとんどがドロドロに溶け、骨が見え隠れしている。
しかし女は特に表情を変えること無くただ一点を見つめていた。
「まぁしかし1回が限界、といったとこでしょうか」
クロードは女の首元に噛み付くと、その血を啜った。
すると女の体は突如崩れ始め、心臓を残して消滅してしまった。
「さてと、それでその傷も回復するのですか?」
「当たり……めぇだ……」
ヴァラヴォルフの肩には千切れた二本の腕がぶら下がっていた、腹部は半月形に大きく抉れており、その傷口からは少し煙が立っている。
「咄嗟に眷属の腕を引き千切ったままあの攻撃を避けたことはお褒め致しましょう」
「どうも……」
ヴァラヴォルフは肩にぶら下がる腕を掴み放り、腹部の傷を修復する。
「しかし分かった事もございます、あの攻撃を避けたということは貴方のその超高速再生とやらも完璧ではないということですね? 例えば脳や心臓などへのダメージで即死してしまったりすれば再生は出来ない……とかね」
「さぁてね……」
実はクロードの言う通りであった。
ヴァラヴォルフの能力には二段階の変化がある。
1段階目が四肢を狼に変える力、2段階目が体全てを狼に変える力。
この2つの違いで一番大きいのが見た目でも早さでも力でもなく再生能力だった。
2段階目は1段階目に比べ再生能力が大幅に上がり、身体の欠損や臓器の修復を1段階目の数十倍の早さで行うことができる。
極端な話、敵に攻撃されながらでも四肢を切り落とされながらでも強引に接近して攻撃を与えることができるのだ。
そんな不死身に思える再生力の弱点がクロードの言う即死である。
ヴァラヴォルフを殺すには再生が追いつかないほどの手数でダメージを与えるか、一撃で息の根を止めることが不可欠となる。
クロードは眷属の女の能力者、その能力を意図的に暴走させ放った反物質粒子砲を避けるヴァラヴォルフを見て確信した。
狼男は不死身ではないと。
「ふむ、どう致しましょうか、この程度でしたらお嬢様の相手など務まるはずもありませんし、ここで殺してしまっても問題なさそうですね」
霧や蝙蝠に変身し、他の人間まで眷属として操るクロード。
それはヴァラヴォルフから見ても普通の能力者とは何かが違うと確信できた。
まるで人間ではなく本物の吸血鬼──
クロードはヴァラヴォルフを今殺してしまっても問題無しと判断し、最後の攻撃へと移る。
両手の白手袋を口で咥えるとそのまま手から外し、地面へと吐き捨てる。
右手の平と甲には五芒星とルーン文字が刻まれた魔法陣のような紋章が描かれていた。
「あんた一体何者だよ……?」
「先ほど申した通りですよ、ワタクシはお嬢様の執事の吸血鬼です」
クロードの右手の紋章が赤く光ると、ヴァラヴォルフ、周りの木々や石、様々な物に出来ていた影がクロードの手に集まるように収束されていく。
影はクロードの右手の前で形を作り、やがて一本の真っ黒な剣が出来上がった。
「まーた珍妙な能力を……」
「これは周囲の闇を集め作ったワタクシの剣、昼間なのであまり力はありませんがそれでも貴方達を屠るには充分な代物でしょう」
「あなた達?」
「そうです、貴方とそこにいる少女ですよ」
クロードは闇で出来た剣を空に掲げた。
すると剣の先が上空へと伸び、ある程度伸びたところでその切っ先は円状に広がり、日差しを遮るようにヴァラヴォルフ達のいる場所に円状の影を作った。
「さぁ、これで終わりです」
「──!? メルル!!!」
空に浮かぶ円状の剣の至る所から棒状の物が飛び出す。
円から満遍なく飛び出すそれは氷柱、黒い氷柱のようであった。
黒い氷柱の数は500を越え、その全ての切っ先がヴァラヴォルフ達へと向いた。
「さようなら」
ヴァラヴォルフはメルルの元に飛び込むと、メルルを自分の背中に隠すように前に立つ。
「お、おおかみさん!?」
「絶対動くんじゃねぇぞ!!!」
パチンとクロードが指を鳴らすのと同時に黒い氷柱は一斉にヴァラヴォルフ達に向け降り注いだ。
一本一本を確実に叩き落とすヴァラヴォルフだったが数が多すぎた。
200本ほどを叩き落としたところで二人は黒に飲み込まれた。
「いくら早いと言っても雨粒一つ一つに対処できる人間などいない、結局最後は数の暴力というわけです」
クロードは二人が黒い氷柱に飲み込まれたのを確認するとあっと思い出したように呟いた。
「困りましたね、これではお嬢様に狼の肉をご用意することが不可能となってしまいました……」
目の前の惨状を見て頭を悩ますクロード。
ヴァラヴォルフ達が居たはずの場所は黒い氷柱で覆われ、生きているどころか原型を留めているのかすら怪しい。
仮に死体だけあっても、この世界では死ねばそのまま心臓となってしまう。
「ハァ、帰ったらお嬢様の機嫌取りですね……」
今度はどんな無茶ぶりをされるのかと考えると少し憂鬱になるクロードだったが、気持ちを切り替えて二人の心臓の回収へ向かう。
──パキ
微かに何かが割れる音がする。
──パキ──パキ──
その音は黒い氷柱の中からだった。
(槍が壊れる……そんはずは……)
クロードが2人に放った黒い氷柱の正体。
それは見た目通りただの闇である。
闇を支配下に置くクロードの能力で闇を槍に変え、その槍を2人に放っただけのもの。
この攻撃の最大の長所は槍が闇で出来ているということである。
闇で出来た槍、つまりこの世に存在するはずのない暗黒物質である以上どんな方法をとっても壊れるはずがないのだ。
──バキ──バキ──
何かを割るような音は続く。
そしてクロードがその音の正体を確かめようと槍を元に戻そうとした時だった。
目の前の暗黒物質は一際大きな音を立てて砕け散り、中からはヴァラヴォルフが現れた。
「なっ……!?」
クロードはその光景を信じられず、ヴァラヴォルフの姿を見た瞬間今まで久しく感じることのなかった感情を思い出した。
恐怖。
それでもクロードは戦闘体勢へとすぐに切り替えた。
砕かれた暗黒物質を再度手中に集め、剣を形成する。
クロードがヴァラヴォルフの姿を確認してから剣を形成するまでの時間は僅か1秒足らず。
しかし剣が出来上がる頃にはクロードの右腕は宙を舞っていた。
「グルル……」
クロードの腕を噛みちぎったヴァラヴォルフは口から赤い血を垂らしながら獣のような唸り声をし、クロード睨みつける。
「チッ」
ヴァラヴォルフの追撃、それに対しクロードは自らの体を霧へと変え、攻撃を避けようとした。
しかしヴァラヴォルフはお構いなしに霧に突っ込み、片腕を振り下ろした。
すると霧は真っ二つに割れ、白い霧の中に赤色が混じりこんだ。
2つに割れた霧は上空へと上がると繋がり、クロードの体を形作った。
「なるほど、そういうことですか……貴方の力をワタクシ誤解していたようです……」
クロードの胸には五本の大きな切り傷が出来ており、黒い燕尾服を赤く染め上げている。
「勝負はここまでです、次に会う時はお嬢様と戦っていただきますので覚悟なさっていて下さい」
クロードは黒い羽を背中から生やすと、その場を去っていった。
暫くそれを見つめていたヴァラヴォルフだったが、ハッと思い出したように黒い氷柱が落とされた場所へ走った。
「メルル!? 無事か!?」
そこには衝撃で気を失っているメルルの姿があった。
「よかった……」
クロードの攻撃が二人を襲った時、ヴァラヴォルフは盾となってメルルを守った。
ヴァラヴォルフはなぜ自分がそんなことをしたのか理解できずにいた。
いや、本当は理解していたのかもしれない。
とにかくヴァラヴォルはメルルが無事であることに安堵した。
◇
──氷の城最上階──
城へと帰還したクロードは乱れた息を整えていた。
胸には痛々しい5本の切り傷、そして右腕は肩から千切れ、普通なら生きているのが不思議な状態である。
そんな満身創痍のクロードを見たボレロは目を丸くし、暫く呆然とすると突然ギャーギャーと騒ぎ出した。
救急車早く! 病院はどこ!? どうしようどうしようと狼狽えまくるボレロをクロードは子供を安心させるよな笑顔で大丈夫ですよ落ち着かせた。
「だ、大丈夫って! ど、どうしたのよそれ!?」
「相手の力量を見誤りまして……」
「ばかじゃないの! クロードが死んじゃったらあたしの世話どうすんのよ!!!」
少し涙目になりながらクロードへ怒りをぶつけるボレロ。
「申し訳ございません、傷の再生につきましては2日近くはかかるかと思いますが……」
「ったく……それでそんなに狼男ってのは強かったの?」
「はい、あれならお嬢様を楽しませることも可能かと、ただ全力のアレと戦いたいのであれば色々と準備が必要かもしれませんがよろしいでしょうか?」
「ふふ、構わないわよ! 傷が治り次第その準備とやらに取りかかりなさい!」
「かしこまりました」
ボレロはヴァラヴォルフとの戦いに胸を膨らませ、無邪気に微笑んだ。
その笑顔はまるで新しい玩具を買ってもらった子供のようであった。




