10-1 狂気の食卓
【11:16 森エリア 北側】
森の中を歩く女の姿があった。
彼女の名前はダリア・シュピール、ウクライナ出身の能力者である。
彼女は昨日の夜から一人森を彷徨っていた。
というのも、彼女は2日目にガリーナとポールという同じウクライナ出身の仲間を失い、一人では迂闊に動くことができず、ただただ森を徘徊するしかなかったのだ。
そして彼女は森を徘徊するうちにあることに気付いた。
それは謎の巨大な氷の城、それが森を侵食していることに──。
昨日まで通れた道は氷で覆われ、道を塞いでいる。
迂回して行こうにも、どの道も氷で塞がれてしまっており、先に進む事ができないのだ。
ダリアとしてはこの森エリアから早く抜け、都市エリアに行って新しい仲間を探したいところだったのだが、どこから行こうと先に進むことができない。
ここでダリアは気付いた。
自分が森の一角に閉じ込められてしまった事に。
それからダリアのとった行動は目の前で道を塞いでいる氷に攻撃をすることであった。
物質硬化の能力を持つダリアは、自らの腕を硬化し、そのまま氷を殴りつけた。
殴りつけた氷の壁の一部は粉々になり、辺りに破片が飛び散った。
ダリアは氷がそんなに丈夫でないことに安堵した。
これなら氷さえ壊せば脱出出来ると思ったからだ。
だがダリアの考えはすぐに裏切られる。
「なによこれ……」
割れた壁の一部は瞬く間に新たな氷がその箇所を塞ぎ、何事もなかったように氷の壁を作り上げた。
それを見たダリアは何度も何度も氷の壁に向かって拳を振り下ろすが、次から次へと再生してしまい、
結局その壁を完全に破壊するには至らない。
「くそっ! くそっ!」
怒りに身を任せて一心不乱に壁を攻撃するダリアだったが一瞬自分の拳に何か違和感を感じて、すぐに後ろに後退した。
かなり熱いものを指に押し付けられたような感覚を感じたダリアは、恐る恐る自分の硬化した腕に目を下ろした。
「ひっ……」
右手の人差指から小指までの計四本が凍り付き、さらに第二関節から全て砕けていた。
割れ目からは赤い肉が覗いているが、凍りついているせいで出血もなく、ただただ冷たいような熱いような奇妙な感覚だけがダリアを覆う。
早くここから離れなければ。
そうダリアが思ったのと同時、さっきまで修復以外の目的で動かなかった氷の壁が突如動き出した。
正確に言えば壁が動いたのではなく、地面に隣接する氷の部分がダリアを目掛け、地面を凍らせながら波のように迫ってきたのだ。
「な、なんなのよ!!!」
それを見たダリアは急ぎ走りだすが、もう遅い。
氷の波はすぐさまダリアに追い付き、その体を凍らせた。
しばらくするとそこに燕尾服を着た男、ボレロの執事と名乗るクロードがやってきた。
「やれやれ、今日だけでもう三人目ですね、早くお嬢様の元へ運ばなければ味が落ちてしまいます」
クロードは凍ったダリアの両脚を腕でそのままバキッと折ると、ダリアの体を抱えたまま背中から黒い翼を出し、上空へと飛び立った。
そしてそのまま森の中心にそびえ立つ巨大な氷の城へと向かう。
氷の城の最上階に着くと、開けられた窓からダリアを抱えたまま入り込み、黒い羽をしまう。
「おっ! 帰ってきた! 今日のお昼はなにかしら?」
玉座に座るボレロに取ってきた品を見せるように跪くとクロードは言った。
「本日の昼食のメインはウクライナ産 女性肉のポワレでございます」
「えー! お魚食べたーい!」
「申し訳ありません、この世界の川には魚という生物が存在しないようでして……」
「だってぇ昨日の夜もお肉だったしぃ、今日の朝だってお肉じゃない! あたしだって人間以外のもの食べたいのにー!」
「と申されましても……でしたらお食事以外の事をなされたらどうでしょうか?」
「食事以外って、この世界の楽しみって言ったら食べることくらいしかないじゃないの、戦うにしたって昨日遊びに来たペペネロだっけ? あれでも参加者の中でトップクラスなんでしょ? だったらもう戦う気も起きないわよ、あのレベルじゃ多少楽しめても食事の時間の方が楽しいもの」
「それがですねお嬢様、実はワタクシある噂を耳にしまして……」
「噂って?」
「先ほど森中にばら撒いているワタクシの分身体がある会話を聞きつけました、その会話の中には狼男やおおかみさんという奇妙なワードが入っていたのです」
「狼男……?」
「そうです、狼男と聞いてワタクシが真っ先に思いついたのがドイツにいるとされる狼男の話、この狼男、噂ではかなり強いようですしお嬢様も楽しめるのではないかと、しかも人間では無く狼の肉を食べれるというおまけまでついております、どうですお嬢様? この狼男と戦ってみては?」
「やだ、めんどい」
「そうですか」
「でもそうねぇ、狼男の肉の味ってのは気になるしぃ、そいつが本当に強いなら戦ってみてもいいかも」
「ではお嬢様としては強さの確証がないと戦うのは面倒だと?」
「そうよ、だからクロード、分かった?」
「つまりワタクシが狼男の腕試しをしてこいというわけでございますね」
「そういうこと! あ、でも弱かったら普通に狼料理にしちゃっていいわよ」
「かしこまりました、では昼食の準備が終わり次第その狼男の元へ向かってみます」
「頼んだわよ、それとそれもう中身無いから殺しちゃっていいわよ」
ボレロは脚で床に転がる首無しの人間を指した。
「かしこまりました」
クロードはその首無しに近付くと、その肩に噛み付いた。
すると首無しの体は塵と化し、心臓へと変わっていった。
「えっと……ねぇクロード? これで何個目だったっけ?」
「心臓でらっしゃいますか? 心臓でしたらこれで9個目でございます」
「ふーん、それじゃあ後11個集めないといけないんだ」
「お嬢様、ワタクシは自分の分は自分で集めますゆえ心配なさらずに」
「別にあんたのためじゃないわよ、せっかくこんなとこまで来たのにこれで勝っちゃうなんてつまらないじゃない、あたしはもっとこのゲームを楽しみたいの!」
「そうでらっしゃいましたか、それではこのクロード、お嬢様の執事として全力でお嬢様がゲームを楽しめるようサポートさせていただきます」
「ふん、当たり前じゃない」
クロードが取ってきたダリアを調理し、ボレロがそれを口にし終えればボレロの持つ心臓は10個、7日目までに心臓を10個という目標は一先ず達成されたことになる。
あとは心臓を失うこと無く7日目まで保有しておけばいいだけ。
まだゲーム開始から半分も経っていない中、1人目の心臓規定数所持者が誕生しようとしていた。
◇
時を同じくして森エリアの南側、都市エリア側の森には千里眼の少女メルルと、狼男ヴァラヴォルフが歩いていた。
2人は2日目にA級のエリック・ジャスパー達を打ち破り、心臓の所持数は八個になっていた。
結局2日目はそれ以降敵と出くわすようなことはなかったが、メルルの能力がある限りやろうと思えばいつでも心臓は集められるとヴァラヴォルフは踏んでいた。
「にしてもこっち側にいて良かったな」
「どうして?」
「だってあの城見ろよ、多分あの分厚い氷の壁、この森を北と南に真っ二つに分断してんぜ、もしも北側で閉じ込められてたら森から出れなくてお終いさ」
「そっかぁ、なんかあの氷ふつうじゃないもんね!」
「そうそう、まぁこっちならメルルの言う都市エリアにだって行けるしよ、まっ、あの氷の城の主ぶっ殺してもいいんだけどな」
「あんまりあのお城は近づかない方がいいとおもうな……」
「千里眼でなんか見えたのか?」
メルルには能力の発動をかなり制限している。
理由はあまり大規模に能力を使えばメルルが失明する時間が早まり、体にも影響が出てしまうからだ。
なのでメルルの能力は周囲1キロメートルに絞り、一番負担の軽い人物探知だけにしている。
メルルが探知した敵はヴァラヴォルフが様子見、そして狩るという作戦だ。
「ううん、そうじゃないけどなんかあのお城すごいいやな感じがするの……」
千里眼の能力は意識して発動しなくても、普段から微弱だが発動しているのかもしれないとヴァラヴォルフは思った。
メルルは心配そうにヴァラヴォルフを見つめる。
「あはは、大丈夫大丈夫! 別にわざわざあんなとこ行かないって」
「うん……」
「それよりも都市エリアだっけ? さっさとそこ目指そうぜ、この調子じゃどんどん寒くなってメルル凍っちゃうよ」
「え、こ、こおっちゃうの!?」
メルルをからかいながら先へと進む。
メルルの目だけでなくヴァラヴォルフ自身も鼻での警戒は怠っていない。
奇襲を受けても返り討ちにする自信はあるが、必ずメルルを守り切る自信はヴァラヴォルフにはなかった。
自分の能力はあくまでも自分のためだけの能力であって、誰かを守るのには向いていないと自覚はしていた。
しかしいざとなったらメルルを見捨てればいい、所詮最初から便利な道具として連れてきているのだから、とヴァラヴォルフは思うことにした。
(何を当たり前のことで悩んでんだか……)
ヴァラヴォルフは自身の感情に芽生えつつあるものを振り払うように足を進める。
少し早くなったヴァラヴォルフに置いていかれないよう、メルルはヴァラヴォルフの腕をギュっと掴んだ。
そしてそんな二人の様子を上空から見つめる黒い影、蝙蝠のような外見をしたそれは、その目に映る情報をそのまま氷の城にいるクロードまで送っていた。
「狼男……見つけましたよ……」




