9-1 十字架を背負う者達
「2日目でこんな……」
2日目の進行状況を見た雅史は恐怖した。
32人、それが1日目で脱落、つまり死んでしまった。
記載された名簿には一時期行動を共にしたミランダやキースの名前もある。
「こんなに、こんなに人の命って軽いものなのかよ……」
「そうよ、人の命は軽い、強者のさじ加減でいつでも簡単に捻り潰される物、それがここでの命の価値」
「アーニャ……お前ミランダの友達じゃなかったのかよ……よくそんなこと」
「友達? 笑わせないで、ここに来た時点でそんなものはいない、皆そのはずよ、ねぇ二人とも?」
雅史が2人を見ると睦沢は何かを言いそうになるが声には出さない、オリビアは顔を伏せる。
まるでアーニャの言い分に反論したいができない、言葉が見つからない、そんなふうに。
「それにね雅史? 皆あなたのように巻き込まれたわけじゃない、自分の意思でここに来たの、ほとんどが決死の覚悟でね、だからあなたがその人達の死を悲しむのは命を懸けて決意し道を選択した人間へのただの侮辱よ」
侮辱。
確かにそうなのかもしれないと雅史は思った。
命を懸けてでも成し遂げようとすることがあった、それを憐れむのはその人達に対する侮辱なのかもしれない。
「そんなことより気になることが何箇所かあるわね」
「どれッスか?」
「この名簿に乗っているメンバーのほとんどはECSで確認されている能力者達なの、つまり階級分けされてるね、ほとんどはC級かB級だけどこのエリック・ジャスパーって男」
「エリック・ジャスパー……確か唯一電気を操るA級能力者ッスね」
「ええ、この男が死んだ時刻にもう一人エリザって女がいるわ、おそらくこの女はエリックと元の世界で犯罪を行なっていたとされるジャスパーの相方、この2人が死んだ時刻から見て多分一緒に殺されたのね、つまりA級とその相方2人を相手に戦える能力者、又はチームがあるってこと、もちろんS級の可能性もあるけど昨日もB級が立て続けに殺されてたし、用心するべきね、積極的に参加者を狩っている人間には」
「なるほどッスね……」
「後はペネロペ達の死亡時刻」
「ああ、これには自分もおかしいと思ったッス」
ペネロペが黒炎を放ったとされる時刻は十五時前後、その時から死ぬまでの時間が長すぎる。
「このモーゼフとダニーってやつも確かペネロペと同じスペインの犯罪者集団の幹部の一人、彼らがこの時刻に死んだってことはボレロは何かしらの方法で人間を生きたまま捕らえている可能性があるわね」
「一体なんのために……?」
「さぁ、そこまでは分からないけどもしボレロと出会うようなことがあればきっと生き地獄を味わうハメにはなりそうね」
背筋がゾッと凍りつくのを雅史は感じた。
1万人を殺しそれを食べたと言われるボレロ、そのボレロが人間を捕らえておく理由として考えられるのは──
その後もアーニャは定時連絡である進行状況を読んで気づいたことをメトロポリスに向かいながら説明した。
それらは全てこれからに役に立ちそうなものばかりで、アーニャの分析力に雅史は感服した。
「さすがアーニャさんッスね、便りになるッス」
「別に大したことはしてないわよ、それにいくら分析しようと危険を少し遠ざけるだけで結局強力な能力者に出会ってしまえばそれでおしまい、こっちがいくら作戦を立てても力で強引に押しつぶされる、だから運も味方につけないとね」
「あはは、そうッスね、なら早いとこメトロポリスで拠点作って身の安全確保しましょう」
一刻も早くメトロポリスへ。
しかしその場所にはアーニャ達が予想だにしていない人物達がすでに根を張っていた。
◇
【1:30 都市エリア メトロポリス】
整備された道路、その脇に止められた車、飲食店や雑貨屋が立ち並ぶ長い道、何十階もあろう高層ビルが間隔を開けずに立ち並ぶその都市はアメリカのニューヨークを彷彿される。
しかし似ているのはその外観だけであり、本物のニューヨークとは明らかに違う点がある。
それはこの巨大な都市に人の影が全くないことだ。
そしてその数あるビルの一つ、その一室に黒い影が4つあった。
十字架を背負う者達、ヨーロッパを中心に暗躍する武装テロリスト集団と世間で言われる彼らはリーダーであるクライムに今の現状に対する不満をぶつけていた。
「なぁリーダーよぉ、いつまでここで小さく縮こまってんだよ、もう三日目だぜ、そろそろおかしくなっちまいそうだぜ」
黒い革ジャンにブーツ、ロックミュージシャンのような格好をし、無精髭を生やすセオドア・リードベルトはクライムに訴えかけた。
「俺等はここなら好きに暴れていいっつーから来たんだぜ、なぁグールド?」
「は、はい! わたしもここなら能力者を自由に研究できると聞いてきたので、初日に捕まえた能力者ももう死んでしまいましたし……」
グールド・S・ディファイケイド、白衣に身を包み、長い黒髪を後ろで一つに束ねた彼女はセオドアの意見に賛同する。
「ほらな? 参加者ももう半分くらいになっちまったしよ、早いとこ俺等も参戦しよーぜ」
「……レイ、お前もこいつらと同じか?」
クライムは奥のデスクの上に座る男に問いかける。
「俺はどっちでもいい、強い奴と戦えれば文句は言わない」
赤い髪をしたその男、レイノート・ブラッディはそっけなくクライムの問いに答える。
「てめぇはほんとそれしか言わねぇな、それじゃただの戦闘狂じゃねぇかよ」
「お前とどこが違うんだ、爆弾狂のセオドア」
「ばーか、俺はお前と違ってただ戦いてぇわけじゃねぇんだよ! 人の体が木っ端微塵になるその瞬間を見てぇんだ、てめぇと一緒にすんじゃねぇよ」
「下衆だな」
「ふ、ふたりとも喧嘩はよして下さいよぉ」
2人の険悪なムードにグールドが制裁に入ろうとするが2人の周りを取り巻く不穏な空気は消えない。
「なんならてめぇから爆殺してやろうか? ええ? この快楽殺人鬼の変態が!」
「いいだろう、俺もお前とは一度戦ってみたかった、さっさと殺してやるよ」
セオドアとレイは向かい合い、お互いが戦闘体勢へと入る。
「お前等少し黙れ……」
いまにも戦闘が始まりそうなその状況を止めたのはクライムの一言であった。
「で、でもよぉ」
「俺は今黙れと言ったんだ、聞こえなかったのかセオドア?」
「ちっ……」
「お前等の言いたい事は分かった、俺としては無駄な殺しは本意ではないがここで暴れられても困るしな、このエリアに入ってきた人間ならお前等の好きにしろ」
「おお、やったぜ!」
「ただし条件が一つ、使えそうな奴なら仲間に引き入れろ」
「へっ、そいつが使えそうにない奴なら?」
「いつも通りだ、殺せ」
「りょーかいだぜリーダー、なら俺はさっそく行くぜ」
セオドアはオフィスを出ていった。
「お前等はいかないのか?」
「わ、わたしは仮設研究所の片付けをしてから行きますので……」
「俺は雑魚に興味ない、もう少し人数が絞られたら動く」
クライム、セオドア・リードベルト、グールド・S・ディファイケイド、レイノート・ブラッディ、その目に十字架を宿した4人の十字架を背負う者達は都市エリアへ来る能力者達を待ち受ける。
それぞれの目的のためだけに手を組む4人、ついに彼らは動き出す。




