其の四・『その男1,295,000円で買う』
分かる人には分かるタイムリーなネタ
僕はその日、ベロンベロンに酔った旧友からかかってきた電話を受けてしまったことに後悔した。
直接声を聞くのはかれこれ5年振りだろうか。
普段は良いヤツなんだか、ちょっと酒が回ると……軽くうざったい。
『ぎゃははぁぁ、聞いてるかカサァ。ぅい、ヒック』
「ああ聞いてる聞いてる」
『うぃ。でさぁ、娘の旦那が面白いヤツでさぁ……しょうがないから俺のリバティ、譲ってやることにしたよ』
「……な、お前!」
僕は二重の意味で驚く。
正直昔は『娘はやらん』が口癖のこの男が……はは、孫の顔見たさという事か。
そして愛車の譲渡とまで来た。僕はこの男があの両面スライド車をどんなに大事に整備していたかを知っていた。そんな自身の片腕をも譲ると言うのか。
はは、これはお互い歳を取ったものだ。
『でなでな、昨日らんとあたらしいくりゅまを買ってきたのだぁぁ。勿論カミさんに断りなくなぁ』
「ぶふぉっ、そりゃお前、彼女キレただろ?」
『うん、まぢぎれ。だから今日はまだ家に入れさせてもらえないのらぁ、あっはっはぁ』
案の定、公園かどっかで酔っぱらいながら電話をかけてきたらしい。
ちょっとウザいと思う僕の気持ちが分かっていただけただろうか?
「はぁ、でもってお前、新しい相棒は何にしたんだ」
『ふっふっふ、よくぞ聞いてくれたのらぁぁ』
また急に元気になりやがって……。
『先ず一台目。じゃじゃーん、カウンタック25thアニバーサリー~! へへ、ホントはLP500が欲しかったんだけどなぁ』
ぶふぉっっっっ。
一体全体どこからツッコミを入れようか。
おっさん、まだローン残ってるのに貯金使い込みやがったな。そりゃ奥さん切れるよ!
そしてLP500はムリとしても世界に657台しかないあのモデルをか?
まぢか!
そして一台だけじゃないのかよ!
『そして二台目。バンコンキャンピングカー・フューチャー!』
ぶふぶふぉっっっっ。
おい、絶対孫の目を意識してるだろう!
大容量と充実設備がウリのキャンピングカー。
確かハイエースベースのキャンピングカーだったか、
まあカウンタックに比べりゃ500万円そこそこと安いといや安いが……いやいやいや安くねー、いかんいかん、感覚が麻痺してきた。
「あ……ああ、良かったなぁ………あはは」
『だよな、だよな、いい買い物だよな?』
「はははははは、はははは、お前バカだろ?」
それも特大の馬鹿だ。
『てめぇぇ、カサの癖に生意気だ! 今時車も運転しねーから女にモテず未だ独身、寂しい老後まっしぐらなんだよ!』
「ふ、失敬な。若い頃はエンペラーやホライゾンを見事扱っていたぞ!」
『いやいや、絶対俺のシャイニングスコーピオンやトライダガーの方が速かったね……って、そりゃチビ四駆だろーがばっきゃろーー!』
「うっせ、うっせ、お前なんて若いころはちょっと仕事に失敗したからってすぐに塞ぎ込んだり、施工担当さんから愛のお仕置き受けたり、そんなんばっかだったじゃねーか!」
『むむむむむ、ふん、そんな失敗を繰り返してきたからこそ今の俺があるんだよ、悔しかったらお前もカウンタック乗り回してみろや!』
「ぐ……ぐぐぐぐ……たかがクルマごときで……」
『はん、たたが、だと? 実際運転しない奴に何が分かる?』
売り言葉に買い言葉の応酬。
歳を取ると切れやすくなって困る。
僕はついつい、うっかりこう啖呵を切ってしまった。
「ちっ、一週間待ってろ。こっちも負けない愛車を見せてやろうじゃねーか!」
◇◆◆◆◆◆
――一週間後。
僕は軽くなった財布を握りしめディーラーを後にした。
真新しい車体、真新しい鍵。
これが僕の新しい相棒だ。
光岡・ライクT3。
非常に軽く、バイトの出勤に便利だと一目惚れして買った。
スタイリッシュな白いボディー。
2人乗りとこじんまりしたサイズがとてもいい。
そして経済的にもお得だ。
経済産業省からクリーンなエネルギーの車体ということで30万円も補助金が認可される。
ふふふ、やはり僕はアイツと違って車選びにも才があるのだろう。
アイツの驚く顔が目に浮かぶようだ。
喜び勇んだ僕は、今日のバイトの前に件の悪友に我が愛車を早速お披露目に行った。
そして案の定、僕はアイツの驚いた顔を見ることが出来た。
「……カ、カサ……この車で女とデートとか……ムリじゃね?」
超オープンなバイク形状の車。
確かに定員二名だが、これの二人乗りはちょっと恥ずかしいかもしれない。
そしてそのタイムリーな中、ネタを提供してくれた友のモデル役様に感謝