其の三・『その男220,000円で買う』
第三話投下。折り返しです。
時代の進化を感じる。
例えば僕が子供の時に家にあったもの。
黒電話――
ぐるぐるのコードはよく絡まり、穴が開いたダイヤルなど最近の若者達にはかけかたすら分からないのではないだろうか。
公衆電話はプッシュ式だし、固定電話はコードレスが当たり前、そして携帯電話が完全に普及している。
週末、彼女の家に電話するたびに相手のお父さんが出て理不尽にキレられる経験なんてオッチャンあるあるを経験したことがある現代っコなどほぼ皆無だろう。
エアコン――
室内外一体型の窓に直接取り付けるタイプ、そしてコードレスじゃない部屋置き型は有線のリモコン。
ちょっと古い旅館なんかでたまに見かけることもあるが、時代と共に温度・節電効率が上がりデザインも洗練されてきている。
テレビ――
こんなに薄くなるなんて思ってもみなかった。
100年も経たずに各家庭に1台は置かれ、50年も経たずに白黒からカラーへと変わり、ブラウン管のとんがった形。昔のテレビは奥行きの方が長かったものだ。
それがこんなに大きく薄く変容していくなんて。
技術の進歩は計り知れない。
未来の猫型狸のひみつ道具がゆっくりと日常のものと化している。
きっと10年後はもっと変わっているだろう。
100年後なんか想像もつかない。
だけど人は順応し、その時代時代の技術を当たり前のものとして受け入れていく。
人間の発想、可能性は無限大だ。
◇◆◆◆◆◆
「今日もニコニコ明るい笑顔」
「「「「今日もニコニコ明るい笑顔!」」」」
「いらっしゃいませ」
「「「「いらっしゃいませ」!」」」
「ありがとうございました」
「「「「ありがとうございました!」」」」
「ノルマは」
「「「「絶対到達!」」」」
「一見客は一人もいない」
「「「「売るぞ、売るぞ、絶対買わせるぞ!」」」」
「さぁ、今日も大きな声で」
「「「「売るぞ、売るぞ、絶対買わせるぞ!」」」」
小太りスーツ姿の店長の掛け声に合わせ、僕らは一列に整列しながら大きな声を張り上げる。
ここは東京都武蔵野市郊外にある地域密着型の小さな家電量販店。
只今行われている朝礼は今の店長の代から始まったものと聞く。
押し売り型のスタイルはどうにも好きになれないが、僕はここ2か月、土日の余暇をまたしてもアルバイトに当てていた。
何事もチャレンジあるのみ。20代前後の若者に交じりオッサンは今日も頑張る。
「はぁ……」
「どうしたんですか吉池さん?」
朝礼後、各々の持ち場へと移動する従業員一同。
そんな中、元気なくとぼとぼ歩く一人の少年がいた。
「加佐平さん……あぁ、いーよいーよ、先輩とは言え俺の方が年下だし『よっちゃん』で」
「いえいえ、そんなわけには」
「いいっての、ほら呼んでみ」
「えっと……よっちゃん……さん?」
「ん?」
「ははは……えと、では……よっさん」
「あのなぁ、たくよぉ」
「で、どうしたんですか溜息なんかついて?」
よっさんは仕方ないと割り切った顔で僕に事情を打ち明ける。
「今日、例のSHAPE60型アクトロン3Dを売らなかったら、俺クビだってさ。はは、あの店長なんなんだよ」
「え……クビって、そんな横暴な?」
よっさんはバイトのリーダー的存在。常に明るく前向きな性格で、新米の僕にも仕事を丁寧に教えてくれた恩人だ。
そんな貴重な人材でも……たかが1日売れなかっただけでクビだというのか。
郊外のちっちゃい量販店、そんな横柄な管理がまかり通るとでも言うのか。
「いや、さ、こないだ案内した家族にさ、金がないただのウインドウショッピングだって分かりきってるのに、付きっきりで案内してたんだよ。どうやら子供達も久々の両親との遠出で嬉しかったらしくてさ、そんな幸せそうな家族ってやっぱいいもんじゃん」
「ええ、そうですね」
「そこを店長に目撃されてさ。金がないならローン組ませろ、バカ野郎ってさ」
「たく……酷い話ですね」
「それ以来何かって言うと目の敵さ。はは、量販店ってもっと夢ある商売だと思ってたのに……結局は目先の金なんだな……」
「…………っ」
よっさんの理想は分かる。ただし在庫状況が会社の命運を分けるかなりシビアな営利目的の商売、是か非でも売上は上げたい気持ちも理解できる。
ただし、やはり足を運んだ全ての人が直接の金づるにはなり得ない。
そんな人たちを蔑ろにするのではなく、足を運んでくれたことに対する感謝を忘れては経営者として三流だ。
大手の量販店だって、たとえ買い物しなくてもポイントを付与したり、家族向けの展示サービスを積極的に取り入れている。
それに対しここの店長は昔ながらのごり押しスタイル。
地域密着の殿様商売なんて絶対に長続きするものか。
「よっさん、頑張りましょう、売ればいいんですよ、売れば」
「ああそうだな、加佐平さん、頑張ろうぜ!」
◆◇◆◆◆◆
「何か申し開きはあるか、吉池?」
「……いえ」
「じゃあ、約束通り辞めて貰おうか」
「ま、待ってください。いま仕事失くしたら俺困ります。今までの事謝ります、だからクビだけは……」
「ふん、知ったことか」
――結局その日、よっさんは大型テレビを売ることが出来なかった。
当然だ、メーカー小売希望価格を完全に上回ってる上、あからさまによっさんの値引きを承認しない店長。
何人か購買の意思を示したが、店長の邪魔が入ってこの様だ。
ぶちり。
……僕の中で何かが切れた。
――トントン、ドスッ。
僕は店長室のドアをノックし乱雑に押し開けた。
「な、なんだ加佐平。もう今日は早く帰りたまえ」
「いやね、二点ほど大事なお話が、あるんですよ」
僕は店長のテーブルに封筒を二枚投げつけると、土下座しているよっさんを優しく起こす。
「なんだね、この封筒は?」
「22万円入ってます」
「は?」「な!?」
店長とよっさんの目が点になる。
なんせ僕はここの安時給で週末に働くだけのおっさんだ、こんなに大金を軽々しく出せるとは思ってもいなかったのだろう。
「営業担当は勿論吉池さん。件の60型、この店の言い値で買ってあげますよ」
「か、加佐平……キサマ……」
「加佐平さん、なんで……」
「吉池さんの接客スタイルは素晴らしい。だからそんなはした金、失っても悔いは全くないですよ」
「で、豚店長さん、これで吉池さんをクビにできませんよね。ね?」
「キサマ……そんな口を俺に向かって」
「あ、そっちの封筒には辞表が入ってます。これ以上腐った豚の下で働くつもりはありません。なんでしたらクビでも良いですよ。短い間でしたがお世話になりました」
「ぐぬぬぬぬ」
「あ、それとさっきの吉池さんとのやりとり全て録音してあります。もし貴方が約束を破る様なマネをしたら、どうなるか分かってますよね?」
豚店長の真っ赤な顔から湯気が立ち上る。
「ぐぅぅぅ、ぶひーーーーー! もう行け、貴様の顔など二度と見たくない!」
「初めてですね」
「ぁ?」
「初めてあなたの言う事に共感しました。それではごきげんよう」
僕は豚を一瞥し、よっさんに頭を下げ退室する。
たかだか22万円。
その程度のはした金で未来ある若者の仕事が守れた上に、おまけに大型テレビもついてきた。
決して痛くはない。
それにしても一人暮らしのアパートに60型は大き過ぎる。
「はぁ、また次のバイト探さないとなぁ。……折角だし今日はAVでも買ってくか……」
もうエロイメイドモノでも迫力の画面で見て満喫するしかないな。
僕の背中には哀愁が漂っている事間違いない。
さぁ、次のバイトだ