其の一・『その男580円で買う』
加佐平大吉の生き様をここに!
短編第2弾始動!
季節は巡る――僕は働いた、夢の為に。
季節は巡る――僕は働いた、信念に従って。
季節は巡る――僕は働いた、ただその道しか知らなかったから。
愚直に。
真っ直ぐ。
ただひたすらに。
色んなことがあった。
真面目に働き、女を抱き、美味い酒を飲んだ。
多くの別れがあった。
愛する者。
親友。
先輩。
皆僕の周りから離れていった。
加佐平大吉45歳。
僕に残されたのは幾ばくかの貯金と飲み友達のオッサンくらいだ。
それ以外は何にもない。
まるで世界から『お前には何もない』と指摘されるように僕の心も人間関係も空っぽだった。
もう僕は若くない。
かつての親友とバカをやっていた時の様に。
かつての先輩からおちょくられていた時の様に。
決して僕はもう若くない。
◇◆◆◆◆◆
とある土曜日。東京都渋谷区の繁華街。
僕には酒を飲む事以外にもう一つ趣味があった。
それは会社というある種固定化された日常から隔離された世界へ浸る事。
それが僕の週末の習慣だった。
「加佐平、カツカレー2、ミートスパ1、ロコモコ3!」
「はい、承りましたぁ!」
週末の深夜にも関わらずそこは戦場だった。
飲み帰りの大学生。休日出勤のサラリーマン。待機中の風俗嬢。怪しげなおじいさん。様々な人達がここに集ってた。
僕はこの一階二階合わせて84席の24時間営業のカフェでアルバイトをしていた。
別に金に困っているわけではない。
ただ、家で一人でいるのが嫌だった。
「お先、5番の方ぁオムライス上がります!」
「はぁい、オムライスの方お待たせいたしましたぁ!」
週末の深夜はほぼ満席な店内。
しかし枯渇する人材とコストカットというブラックな零細飲食店のオーナーは僅か2人体勢でこの人数を捌けとシフトを割り振る。
カウンターにいる初老の店長はドリンクと会計を担当。
僕は厨房と定期的なフロア清掃を担当していた。
午後20時、日勤の担当者と交代でエプロンを身に着け厨房へ入る。
主な引継ぎ事項を確認後、溜まった食器を一気に洗い食洗機へ放り込む。
そして冷蔵庫の補充確認。
この日はパスタ用のクリームソース、チキンナゲット、卵、牛乳、ビール樽が切れかけていたため急いで地下の倉庫へ向かい補充する。
非常に重い業務用の詰め替えセットは老いかけたこの身体には正直しんどい。
22時には飲み会帰りの客層が押し寄せる。
それまでに仕込みを全て終わらせる。
先ずはライス、パン、パスタ麺、調味料の確認。うん、問題ない。
次にカレールーを保温釜にブレンドしながら補充。
続いてウチの店の一番人気、パスタソースの補充だ。
先ずは赤系。ミートソース、ポモドーロソース、カットトマト。これらを見分けられるようになるのに大分時間を要した。
そして白系。クリームソース、カルボナーラソース、チーズ。まぁこれらは一目瞭然だ。
続いてガーリックオイルソース、タラコソース。これでパスタの基本セットはOKである。
更に冷凍品の小分け。チキン、ポテト、オニオンをグラム単位に分け小袋に詰め分けていく。
そしてオムライス用のチキンライスを炒め保温釜へ。
サラダ用の野菜の小分け。
最後にキャベツ、タマネギ等のよく使う野菜をカットし冷蔵庫へ。
これで仕込みは完了だ。
いよいよ訪れる激戦時間。
明け方まで僕はフライパンを振り、盛り付け、料理を提供する。
「美味しかったよ」とか声を掛けてくれるお客さんの声が嬉しい。
またお客さんが引いた合間の清掃は迅速に行う。
基本セルフ形態なので返却棚から一気にトレイと食器を持ち帰る。
テーブルを拭く。トイレをチェックする。ゴミ出しをする。
そして明るくなり客脚も薄くなったところで難敵のフライヤーの油交換だ。
高温の油跳ねでの火傷に注意しながら大きい缶に油を落す。
そして水を溜め一気にこする、こする、こする。
当然手はべとべとだ。ゴム手袋をしてても気持ち悪い。
そして水分を残さぬよう綺麗にふき取り再度油を溜める。ここで水気を残すと熱したときに大参事となる。だから眠い時間帯だが集中だ。
さらに太陽が差し込む。
早勤担当との交代前にドリンクカップとストローを補充する。
そしてついでにドリンクの確認。
アルコール類はまだ余裕がある。ソフトドリンクとコーヒーを中心に倉庫の往復。
これは絶対に痩せる。下手なスポーツジムより効果的だ。
余談だがカフェオレ、カフェラテ、カフェモカの違いをこの店に来てから初めて知った。
カフェオレはコーヒー牛乳。カフェラテはエスプレッソに牛乳。カフェモカはエスプレッソにチョコとミルクを入れるものだがウチの店ではその代わりにココアを使用していた。
何事も経験に勝る知識はない。ちょっとしたトリビアだ。
いよいよ迎える朝。
よく頑張った自分。
これで本日の仕事は終了だ。
夜勤一回12,000円。時給からすれば微々たるものだが別に金のために働いていない。ぼっちが寂しいから働いてるんだ。
……おっと、名言が台無しだな、こりゃ。
今日も清々しい一日が迎えられそうだ。
僕はダスター類を漂白剤に浸け終えると、万全の態勢で早番担当に交代をした。
◆◇◆◆◆◆
さて事務所で着替えを終え帰ろうと階段を下りていく。
しかし腹が減ったな。
今日は何を食おうか。
店がおr……いや、これでは伊上さんのパクリだ、やめておこう。
牛丼、ソバ、ハンバーガーは飽きた。
うん。魚介系がいい。
そしてガッツリ食おう。
僕は空腹を満たす為足早に歩く。
そしてレジへ赴き注文する。
「すいません、ボンゴレ・ロッソ一つ」
「……は、はぁ」
ボンゴレロッソ。うちの店では熱したフライパンの上にオイルソース。そしてアサリを5個。
パスタの茹で汁とトマトソースを投入。最後に塩で味を調え糸唐辛子を乗せる。
人気メニューの一つだ。
「ご……580円ですが……」
「はい、580円」
僕は躊躇いなく1000円札を出し、ついでに余った釣り銭も渡し生ビールを自分で直接グラスに注ぎ込む。
「加佐平さん……わざわざ自分で注文しなくても、賄いで食べてけばいいのになんで……」
「……いいんだよ。僕は客として食べたいんだ、自分で作ったもん食っても単なるぼっちと変わらないじゃないか!」
「は……はぁ?」
※この短編はフィクションであり実在するかさだいらと加佐平はちょっとしか関係ありません。