病院1/PM16:00~PM17:40
大作というより、怪作です。
その点においては、自信作です。
天地がひっくり返ろうかという災厄と豊穣の大波が、蒼き天体を破壊せんとぐらぐらのたうちまわっていた時代、ぼくらの祖先は生まれてきた。
神格と化した彼ら人間は、茫洋たる強大な自然たちと激戦を交え、時に征し、また時に陥され、そうして自分と仲間を導きあった。
結論からいえばこの両者の戦いに決着が付くことは無かったが、人間と自然という二つの要素は、戦いを通じて切っても切れない密接な関係に昇華していた。
そして互いに互いを敵視しなくなり、やがて同一視するようになり、本当に同一になってゆく。
人間でもない、自然でもない曖昧かつ良い加減な自然人間が全ての支配者となった時。
それがぼくらの、時代区分。
目が覚めたのか意識が回復したのか、はたまた天国へ召されたのか。
ぼくはどこかの部屋のベッドに寝ていた。
「んッ・・・?」
起き上がろうと手を敷布団についた時、ぼくは初めて自らの体が包帯だらけであることに気づいた。
「・・・病院、なのか?」
小さな一人用の病室と思しき部屋、白で覆われた天井、壁。
窓にはブラインドか下りていて、そのせいで妙に薄暗い。
そしてぼくへの見舞いの品だろうか、銀色の配膳台に葡萄がひとふさ置かれていた。
「・・・今は昼頃か?お腹が空いたな」
ぼくは外の様子を見ようと、ブラインドの隙間から覗き込んだ。
そこでぼくは、女の人と目があった。
「何ッ・・・!!?」
「あら、目が覚めたのですね。よかった」
女の人は普通に空を歩き、網戸を開けて桟を踏んだ。
「私この病院でナースをしております、リンコと申します」
「あ、ああ・・・よろしく」
うやうやしく頭を下げる彼女に、ぼくは言いたいことも言えなくなってしまった。
「?どうされましたか」
「い、いえ何も」
どうしても彼女の人間性に近づくのはためらわれて、ぼくは違う質問を振った。
「ここは一体、どこなんですか?」
「病院ですよ。壊死腹総合医院です」
「聞いたことない病院だな・・・住所は?」
「住所ですか?ええと、・・・そう、大森県角江市八段区紛寺991-66だったと思います」
「えッ?」
耳を疑った、というより面食らってしまった。
ぼくの住む小都会とはおよそ一文字も掠らないような、聞き覚えの無い土地だ。
「・・・大森県とは、どこに所在しているのですか?」
「え?・・・それはもちろん、日本の首都議帝宮の南側ですよ」
頭がこんがらかってきた。
ぼくは今、どこにいるのだろうか?
「・・・ずいぶん眠っていたせいで、記憶が混濁しておいでなのでしょう。ゆっくりお休みになってください」
ずいぶん眠っていた?
ぼくが?
「あの、日数でいうとどれくらいぼくは眠っていたんですか?」
「・・・そうですね。ざっと一週間くらいでしょうか」
一週間?
ぼくは一週間もここにいたのか?
「・・・すみません、ぶしつけなことばかり聞いてしまって。しかしぼくは、ぼくには今までの経緯が全くつかめないのです。記憶が曖昧で、どうしても分からない。聞いてください、ぼくは一週間前、たぶん一週間前には『東京』という場所にいたはずなんです。日本の首都です。議帝宮ではない」
「・・・・?」
ぼくはなんとなく理解した。
きっとこの空間で、おかしいことを言っているのはぼくの方だ。
ここは議帝宮の南に位置する大森県角江市八段区紛寺に所在する壊死腹総合医院で、東京八王子市からやってきたと言い張るぼくこそが電波だ。
その証拠が、この人の『頭のイっている人を見るような』この目この表情だ。
「・・・いえ、私は信じてますけれど、信じてますけれど、ですよ?私も同じですよ。私はあくまで大森県民ですし、東京という場所のことは逆に私の記憶にございません。突飛な話は正味な話、すぐには受け入れられませんわ」
「・・・申し訳ないです。こちらのことばかり」
彼女はひそめた眉を普段に戻して、その後すぐに微笑した。
「いいえ。お気になさらないでください」
ぼくもまた、はにかんだ。
ぼくは彼女―――リンコと喋っているうちに、少しだけ核心に近づくことを聞けるような気がして、思い切って尋ねてみた。
「あの、この病院からは出られないのですか?」
おかしな聞き方をしてしまったとぼくは後悔したが、しかしぼくはどうしてもそれを聞きたかった。
「出られますよ。もちろん、勝手に外出するのは禁止ですけれど」
ぼくはえ、と声を漏らしてしまった。
「意外ですか?病院なんですから、監獄ではないんですから。お医者の先生に外泊許可証を発行していただければ、外へ出られますよ」
ぼくはなんだか、突っかかって転びそうになった時のような気分にさせられた。
「あの、その外泊許可証というのは簡単に発行してもらえるのですか?」
「簡単、というか、頼めば発行していただけますわ」
彼女は当然のことを話す口振り素振りで、普通に話した。
「じゃあ、今からぼくが頼みに行っても、発行してもらえるのですか?」
「ええもちろん。私先生を呼んできましょうか?」
それほど容易く発行できるということが分かった以上、ぼくは彼女の手を煩わせてはならないと、それを遠慮しておいた。
「自分のことですから、自分で行ってきますよ。教えて頂きありがとうございます」
「いえ、お体を大事になさってください」
ぼくは廊下に出た。
「(そういえば、・・・まあこんなことを言うのはなんだが、なぜ彼女はこんな傷だらけのぼくを一人で行かせたのだろうか)」
ぼくは考えていた。
よくよく傾注すれば、ぼくはまだ怪我に包帯巻いただけの重体患者である。
とても社会復帰できるようななりではないし、そもそも絶対に外泊は無理だ。
「(もしかしたらここは、病院というより病人の収容所みたいなものなのかもしれない。・・・辺りを見ても、病院にあるべき機器や機材がほとんど無い)」
煤けた壁と薄く埃を被った床、蜘蛛の巣垂れた天井に、がらんとした空間が目立つ。
どうやらぼくの個室が、この病棟で一番ましな部屋であったらしい。
「(・・・ああ、そういえば診察室はどこにあるんだろうか。聞いていなかった)」
ぼくが自身の失態に気づいたときには、ぼくは下階へ降りる階段に差し掛かっていた。
一度戻って聞いてから探そうか、いやそれでは格好がつかないか。
まあ親類縁者でもあるまいし、格好つける必要も無いのか。
微動するぼくがなんとなく階段の脇の窓を見ると、外はもう薄暗くなり始めていた。
その空と地の間に、見慣れた看護服がふわふわと浮いていた。
彼女は、闇を見ているようにみえた。
おまけ程度に。
いわゆるネタバレという奴を、言ってしまおうと思う。
ぼくはこの後、8回ほど殺されかける。
気長に更新を待ってくれればと、かように思います。