友達
――子供のころ、僕は不思議な出会いをした。
夏休み、両親に連れられて僕は田舎の実家に来ていた。
緑豊かなそこは、ゲームセンターも本屋も無くて片道2時間かかる駅周辺にしかないとの事だ。
現代っ子の僕はなにも遊ぶ者がなくて面白くなかった。
両親は祖父母との話で盛り上がっていて僕は暇を持て余していた。
両親は外に遊んできなさいと言うので僕は仕方なく、一人で遊びに出かけた。
僕と同年代の子が居るはずもなく僕はブラブラとそこらを歩き回るだけだった。
その時、僕は山に行けば面白いことがあるのではないかと思った。
アスレチックで遊んだ記憶があったからかもしれない。
山に向かっていくと僕はガッカリしたのをとてもよく覚えている。
田舎の山にアスレチック場が完備されているわけが無かったのだ。人が来ないのだからそんなものを作り意味が無いのだから。
同年代も居ない、遊び場もない、そんな中でどうやって遊べばいいのだろうか?
一人鬼ごっこ?一人かくれんぼ?遊び相手のいないことほどつまらないものはない。
僕は肩を落として家に帰るろうとしたときだった。
「こんなところでどうしたのさ?」
突然声を掛けられたからだ。
辺りを見回しても誰もいない。
オバケ?
そう思うと急に怖くなってきた。ここは山の中だ。オバケは沢山いるに違いない!
僕は急に怖くなってきた。
「何処を見てるの?上だよ上」
そう言われて上を見ると木の枝の跨った女の子が居た。
いまどき着物を着た女の子は珍しい。更にその女の子が学校のクラスメイトで一番可愛いと言われている遠藤明美ちゃんよりも可愛いときた。僕がボーっと見惚れてしまうのも男の子諸君なら理解してくれるのではないか?
「ほいっと」
そう言って木から飛び降りてくる女の子。危ない!と声をかける間もない一瞬の事。だけれども体は反応して女の子を怪我させまいと下にすぐさま回り込んだ。
「わわ!」
女の子は僕の行動が予想外だったらしくバランスを崩してしまった。女の子が僕の腕の中に飛び込んでくる。女の子には失礼だがもっと重いと思っていただけに予想外の軽さに僕が戸惑った。
「び、びっくりしたぁ…」
女の子の心臓がドキドキしているのが僕にも分った。僕の心臓もドキドキしてるだろう。
「その…、もういいよ…」
「え…?」
女の子の温もりに集中しすぎて胸に抱いていたことを忘れていた。急いで手を離す。
「ご、ごめん!」
「い、いやこちらこそ!」
二人して顔を赤くする。ちょっと気まずい雰囲気になってしまった…。
空気を入れ替えるためにも話題を変えなくては!と咄嗟に話題を振る。
「き、君どうしてこんなとこにいたの?」
それは僕にも言えることだが僕がいいたいのはそんな恰好でどうして山にいたのかを聞いてるようなものだ。着物じゃ山は動きにくいだろうに。
「んー、暇だったからかなー」
理由は僕と対して変わらなかった。というか全く一緒。完全一致。
「君は?」
女の子に聞き返される。
「僕も暇だったから」
そう、暇だった。でも今は暇じゃない。同年代の、それも飛びきり可愛い女の子が目の前にいるのだ。これを暇だという奴は男じゃないよ!言わないけど。
「だったら私と遊ぼうよ!」
願ってもない申し出に僕は「いいよ!」と即答。
メンコやベーゴマ、おはじきなど今ではやらない遊びをたくさんした。
やってみると難しく、少しずつ上達する面白さはゲームと比べても遜色がなかった。
現代っ子である僕はゲームの方が面白いと思っていたがそんなことはないと分かった。
日が暮れるまで遊んでそろそろ暗くなってくるから帰らなくてはいけない時間になった。
「今日は楽しかった」
嘘偽りなく僕は言う。こんなに楽しかったのは久しぶりではないか?
ゲームでは味わえない面白さ。体を使う遊びは学校の友達とは味わえない。
「私も楽しかったよ!…明日も来てくれる?」
だからそう言ってもらえると嬉しかった。こっちにいる間は暇だし、なにより彼女と遊ぶのは楽しいからだ。
「もちろん!」
僕は元気よく即答するのだった。
それから毎日、僕は山に通った。
両親は外で遊ぶ僕に健康的でよろしいと言わんばかりに肯定的だった。
でも、それは両親だけだった。
田舎の老人達は僕のことを快く思っていなかった。否、僕と彼女が遊ぶことをよく思っていなかったのだ。
いつものように彼女と遊んでいると老人達に急に抑えつけられた。
「な、なに!?」
僕は驚きの声を上げる。いきなりこんなことをされる理由が思い当たらなかったからだ。
「お前は我らの掟を破っている」
「おきて?」
「掟とは規則。破ってはならぬルール。我らは遥か昔よりに人ならざる者と契った約束がある」
難しいことを言っている老人。何を言っているかはわからないが、彼女と会ってはいけないのだという意味だけは感じ取れた。
「でも…!」
彼女は寂しそうだったんだ!そう言おうと思っても言葉は喉の奥に詰まって出てこない。
「天狗様の御子よ。我が同胞が末裔の愚行、お許しいただきたい」
彼女はそんなことを思っていないはずだ。だって、少し耳が尖っていて背中に烏の羽が生えていたからって普通の女の子と変わりないのに!
でも、彼女は思ったんだろう。彼女はここでは神のように崇められている。彼女が僕を助けるように言えば悪いようにはされないと。
「いいえ、大丈夫です。その子も何も知らなかったんですよ。だから手荒なまねはしないようにお願いします」
老人達は顔を顰める。だがすぐに「わかりました」と答えた。
それから僕は老人達に決して口外はしないこと、二度とここに来ないことを約束させられた。
僕達にはそんな大人達に抗う術など無くて、悲しみを押しかくして分かったつもりになるしかなかったのだ。
それからも、あの子のことが忘れられなかった。
結局名前を聞くことも出来ずじまいだったあの子にもう一度会いたくて、ずっとその気持ちを持ち続けていたら僕はいつの間にか大人になっていた。
あの夏、過ごした出来ごとは忘れられない。
思いでは懐かしい夢のように僕の心をくすぐる。
だから、僕は会いに行こうと思っている。
僕達は手と手を差出しあえたのだから。
僕はあの子を探しに行く。見つからないかもしれないけど。あの山にもう一度行くと心に決めていた。
その時には彼女に聞かなければならない。
「僕の友達になってくれないかな?」