婚約者に捨てられました。なので事業を始めることにしました。事業が成功したら元婚約者から復縁を迫られました。……僕が・わたくしがお受けするとでも?
「ローズマリー、僕は運命の出会いを果たした。誰よりも見目麗しいアメリアこそ、僕の女神だ。よって、地味な君との婚約は破棄する!」
「バージル様、わたくしは真実の愛を見つけましたの。ハロルド様はいつも、世界中の誰よりもわたくしのことも美しいと褒めて下さいますわ。よって、淡々としていて話がつまらないあなたとの婚約は破棄いたします!」
とある邸宅で行われていたパーティの最中、とある男女が婚約者に対し、同時に婚約の破棄を告げた。
「……承知いたしました、ハロルド様。父にはわたくしの方からお伝えいたします」
「……分かりました、アメリア嬢。後ほど、正式な書類をお送りします」
そして婚約の破棄を告げられたとある男女の返答も、同時に発せられた。
「しがない男爵家の娘より、僕と同じ子爵の父がいるアメリアの方が、釣り合いも取れているからな」
「バージル様も男爵家の方ですわ。ふふ、よろしければこの機会に、男爵子女のお二人で仲良くなさっては?」
ざわついている周りのことなど気にする様子もなく、ハロルドとアメリアはお互いにうっとりと見つめ合い、手を取ってダンスを踊り始める。
「……では、わたくしはこれで」
「……僕も失礼いたします」
一方ローズマリーとバージルも、これまた同時に、パーティ会場を後にしたのだった。
一先ず、邸宅の中庭まで足を進めたローズマリーとバージルは、一度立ち止まり、お互いに向かって深々と頭を下げた。
「先ほどは見苦しい所をお見せてしまいました。今さらですが、初めまして。バージル・ラスリブと言います」
「こちらこそ、お恥ずかしい所を。お初にお目にかかります、ローズマリー・ヘルバと申しますわ」
「今日はお互い散々でしたね」
「ええ。同時に浮気をされて、同時に婚約破棄を言い渡されるだなんて」
「こんなことって良くあるのでしょうか」
「普通はないと思いますわ」
ローズマリーとバージルは、「ですよね」と互いに頷きながら、邸宅の出口を目指し歩き出す。
「ローズマリー嬢の方は問題ありませんか? 婚約者との縁が切れることに」
「もちろん、父は怒りますわ。ハロルド様と、彼のご実家へ」
「おや」
「我が家に経済的支援を求めるため、わたくしとの婚約を願い出たのはハロルド様のお父様ですので」
「なるほど。けれど、奇遇ですね。僕も同じようなものです。アメリア嬢のお父上から懇願されて、子爵家に婿入りする予定でしたから」
「まあ」
共通点が多く、ローズマリーとバージルは互いに親近感を覚えた。
「ローズマリー嬢。これも何かの縁ですし、友達になりませんか?」
「ええ喜んで、バージル様」
こうして、ローズマリーとバージルは良き友人同士となった。
その中で知ったことは、互いの思考や価値観がとてもよく似ていること、そして密かに抱き始めた、目指すべき"夢" の一致。
一年後。二人は互いの父親の協力を得て、とある共同事業を始めた。
それは、 "結婚の相談や斡旋を促す“ というものである。
「結婚とは家同士の結び付き。ですが、パートナーとの相性はやはり大切だと思いますね」
「相性が良くないと必ずどこかで亀裂が生じます。わたくしたちはそれを、身を持って経験いたしましたものね」
二人の結婚斡旋商売は、貴族界の中で瞬く間に広がりを見せていった。
「息子は近い将来、我が伯爵家を継ぐことになる。この子に見合うご令嬢をご紹介いただきたいのだが。家柄より、献身的に家と息子を支えてくれるような方を……」
「父上、僕にも希望を言わせて下さい。世界は自分を中心に回っている、と勘違いしている女性だけはご免です」
「娘には幸せな結婚をさせてやりたいのだ。我が家と同じ伯爵家でなくとも良い。それよりも、娘のことを生涯穏やかに愛してくれるような男を……」
「お父様。わたくしをアクセサリーのように扱う男性だけは、絶対に願い下げですわ」
みんな事情はさまざま。
もちろん、彼らの個人情報はしっかりと事前調査をする。そして、絶対に守ることが信条。
「バージルさん、ローズマリーさん。ご紹介いただいたご令嬢との婚約が整いました。彼女は心から相手を労わることの出来る、とても素敵な方です」
「この度は良縁をお導き下さり、本当にありがとうございました。お二人のおかげで、わたくしの内面を愛して下さる、心根の優しい殿方に出会うことが出来ましたわ」
事業はどんどん軌道に乗った。仕事を手伝ってくれる人たちも、どんどん増えていった。
そして三年が経った、ある日。
「ローズマリー……」
「……ハロルド様? ご無沙汰しております」
結婚相談・斡旋所に、まさかのローズマリーの元婚約者だった、ハロルドが現れた。
話を聞くと、アメリアとは随分前にすでに破局していたとのこと。なんでも、二人の間で金銭的な揉め事があったとかなんとか。
そしてその後も何人かのご令嬢を紹介してもらったようだが一向に婚約までこぎつけることが出来ず、最後の頼みの綱として、今回この斡旋所を訪れたということだった。
「希望は年若い美しいご令嬢だが、まあ年齢は少しなら妥協してもいい。金銭的に余裕のある家柄だとなお良い」
「ハロルド様。相手の見目や年齢、家柄をご覧になるばかりでは、お相手の女性も身構えてしまわれますわ。是非、彼女たちの心内に寄り添って差し上げて下さいな」
「ローズマリー……」
ハロルドはローズマリーをじっと見つめた。
「君はこんなにも、控えめな美しさを持つ女性だったのだな。派手なアメリアが隣にいたから全く気付けないでいた。
それに、君はまだ若い。家柄は男爵家だが、お父上も君自身も事業に成功している」
そして片膝を着いて、両手のひらでローズマリーの右手を握ってくる。
「ローズマリー、僕が間違っていた。どうか僕と、もう一度婚約してくれ。そして近い将来、結婚しよう。なに、心配はいらない。もとの鞘におさまるだけだからな」
そう言って、ハロルドは目をキラキラとさせた。するとそこへ、「バン!」と、部屋の扉が開かれた。
中へと入ってきたのは、バージル。そして、彼の服の裾を握りしめている、まさかのアメリアも。彼女も久々に見る。
「バージル様! わたくしとの婚約をお断りになるなんて、一体どうしてですの? 親身になって話を聞いて下さるのは、まだわたくしのことを愛しているからでしょう?!」
ローズマリーとバージルは顔を見合わせた。そして瞬時に状況を理解し、互いに頷く。
「ハロルド様。せっかくのお申し出ですが、残念ながらあなた様と一緒になることは出来ませんわ」
「アメリア嬢。親身になって話を聞くのは、貴女が僕たちのお客様だからです。それ以上でも以下でもありません」
ハロルドからスッと手を離し、立ち上がったローズマリーの横に、アメリアをやんわりと振り払ったバージルが並び立つ。そして。
「「なぜなら、僕たち・わたくしたち、すでに結婚していますから」」
ローズマリーとバージルは、ハロルドとアメリアに向かい、そう言い放った。
「三年前の例のパーティの後、二人で意気投合したんです。ねえ、ローズマリー?」
「ええ、バージル様。お二人はわたくしたちの、恋のキューピッドなのです」
それはもう幸せそうに、にっこりと笑顔で。
ハロルドとアメリアはというと、顎が外れてしまうのでは? と思うくらいに大きく、口を上下に開いていた。互いに喧嘩別れをした過去のことなど、今はきっと忘れている。
「まあ。その表情、とてもよく似ていらっしゃいますわ。やはりお二人の相性は良さそうに思いますが、調査資料を拝見いたしますと……なるほど、いかんせん金銭面に問題が。以前と変わらず、両家ともに懐事情が厳しいようですわね。ですが、ご安心下さいな」
「うちでは農業を営まれている、裕福な方々との結婚も斡旋しているのです。すでに配偶者を亡くされている年配の方が、新たなお相手を探されていることが多いですよ。農作業は力仕事ですし、若い方が入ると大変喜ばれます。
お二人とは、持ちつ持たれつの関係が築けそうですね」
ローズマリーとバージルはハロルドとアメリアに向かって、再びにっこりと笑顔を向けた。
お見合いのセッティングについては彼らの両親が「是非!」と懇願したので、おそらく近々実現する。
号泣するハロルドとアメリアを横目に見た、斡旋所を訪ねていた他の人々は、「きっと良縁に巡り会えたのだな。よし、うちも頑張ろう!」と、彼らのことを羨ましくも微笑ましげに眺めていた。
「今日も素敵な出会いを斡旋出来たようで良かったね、ローズマリー」
「ええ、バージル様。みなさまにもわたくしたちのような幸せを掴んでいただきたいと、この事業を立ち上げたのですもの」
「僕たちの出会いの場は、お互いの婚約破棄現場だったけれどね」
「ある意味、運命的な出会い方だったと思いますわ」
「けれどその後、真実の愛になったからね。愛の育み方はとても大切だ」
「本当に。わたくしたちのお仕事は、お客様方に最適な出会いをご提供することですが、その後はお二人で歩いていかれるのですから」
ローズマリーがそう言うと、バージルが手を差し出した。
「僕たちの未来も、これからも僕たち自身で素敵に仕上げていかなくてはね」
ローズマリーは柔く微笑み、その手を取った。そして、自身のお腹に優しく重ね合わせる。
「ええ。近々家族も増えますから、ますます明るく、賑やかな未来になりますわ」
運命の出会いを果たしたのなら。真実の愛を見つけたのなら。
その後も、互いに支え合い思いやりを持つことが、幸せになるための秘訣である。
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