第5章:チェス盤
カエランの支配、そして学園に潜むもう一人の狩人。
アイペリとエルデンは、天文学の塔で次なる一手を練ります。
静かなる騎士アルミルとの意外な交流も……。影のゲームは加速します。
カエラン、彼は小さな暴君ね」
次なる密会で、アイペリはそう告げた。天文学の塔の床には、チョークでアカデミーの俯瞰図が描かれていた。
「けれど、小さな暴君は、より大きな暴君の先触れに過ぎないわ。彼のやり方、繋がり、そして弱点を徹底的に暴き出す必要がある」
エルデンは目を閉じ、宙に浮いたまま答えた。
「望み通り、情報流をスキャンしました。カエランの財務上の不正は、赤子の手をひねるより容易い。しかし、興味深いのは規律レポートです。優秀だが『反抗的』とレッテルを貼られた生徒を、彼は組織的に退学させるか、あるいは謎の『特別教育プログラム』へと送っています。そのプログラムの公式な記録は存在しません」
アイペリは図の上に黒い石を置いた。それがカエランだ。
「つまり、レギオンにとって『不都合な者』を排除しているわけね。……では、他の『事故』については?」
「そちらは法則を見つけるのが難しい」
エルデンは苦渋を滲ませて認めた。
「事件の間に直接的な魔術的繋がりはありません。一見、本当の事故のように見えます。しかし、統計学的にはあり得ない確率です。これは、私たちの『狩人』が極めて知的で、痕跡を残さない手法を使っていることを示唆しています」
アイペリは、カエランの石の隣に、リナを象徴するピンク色のクォーツを置いた。
【脳内モノローグ:二人の異なる狩人、二つの異なる手法。一人は騒々しい鉄槌、もう一人は毒を塗った針。鉄槌は誰の目にも止まるけれど、針がいつ、どこから突き刺さるかは誰にも分からない。……リナの方が、遥かに危険だわ】
「いいわ」
アイペリは現実に視線を戻した。
「カエランがあれほど騒々しいのなら、その騒音を逆手に取りましょう。エルデン、彼の三大汚職と、明白に不当な扱いを受けた三人の生徒のファイルを準備して。ただし、生のデータとしてではなく、誰もが理解できる『スキャンダラス』な体裁でね」
エルデンは深く頷いた。アイペリが何を画策しているのか、理解したのだ。
アイペリが自室に戻ると、机の上に一切れのパンが置かれていた。添えられた手紙はない。
だが、誰からのものかは分かっていた。アルミルだ。あの静かな騎士は、アイペリの「トラウマ」を気遣い、密かに食料を届けてくれているらしい。
(――ふふ、自分で仕組んだ陰謀が上手くいきすぎているわね。他人の同情を買うのは、相手の警戒心を解く最も簡単な方法。けれど、アルミル……彼女は違う。そこにあるのは哀れみではなく、一種の……連帯感。まるで、彼女も何かを隠しているかのように)
アイペリはパンを齧りながら、次の一手を確信した。
カエランを失脚させる工作は、同時にリナを罠にかけ、アルミルの本質を知るための好機でなければならない。
チェス盤は、既に整っていた。
戦略の要が固まりつつあります。アイペリとエルデンの暗躍は、学園にどのような嵐を巻き起こすのでしょうか。
次回、いよいよ「囁きの嵐」が吹き荒れます。




