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第3章:禁じられた廊下と囁きの石

学園に漂う不穏な空気。そして、禁じられた区域に眠る「囁きの石」。

アイペリは自らの目的のために、学園最大の禁忌へと足を踏み入れます。

そこで彼女を待ち受けていたのは、数千年の時を超えた運命の出会いでした。

規律官カエラン(Kaelan)による冷酷で見せしめのような授業の後、アカデミーの上空には重苦しい暗雲が立ち込めているかのようだった。

 しかし、私の思考を占めていたのは、彼の分かりやすい執拗な虐めだけではない。


先週、希少な『音の魔法』の才能を持つ上級生が、単純な飛行訓練中に「事故」を起こして重傷を負ったという噂が流れていた。


【脳内モノローグ:レオ(Leo)は制御不能なルーンの才能を理由に、衆人環視の中で貶められた。そして『音の魔法使い』は、稀少で制御困難な才能ゆえに『事故』に遭った……。レギオンの基準に適合しない、あるいは『混沌』の種と見なされた才能は、標的にされるか消される。カエラン(Kaelan)の手法は精神的。けれど、この事故はもっと……鮮やかで、永続的だわ。ここには、第二の狩人がいる。そしてその狩人は、カエラン(Kaelan)よりも遥かに致命的よ】


その確信が、アカデミー図書館の|禁じられた区域《Forbidden Section》への興味を、単なる好奇心から「緊急の必要性」へと変えさせた。レギオンが『混沌』として何を封印しているのか、この目で確かめなければならない。


その夜、私は自室から影のように滑り出した。

 深夜の巡回が始まる直前、最も静まり返る時間を狙って図書館へ侵入する。|禁じられた区域《Forbidden Sectio n》の扉は、物理的な錠と魔法的な結界の両方で守られていた。番人は、眠気の深そうな老司書だ。


私は数秒で戦略を練った。廊下の隅に積まれた、今にも崩れそうな巨大な本の山に狙いを定める。

 静かに歩きながら、私は「うっかり」床の突起に足を引っ掛け、壁に激突した。

 その衝撃が引き金となり、遠くの本の山が崩落する。数百冊の重い本が、地響きのような轟音を立てて床に散らばった。


もちろん、これは偶然ではない。クト(Kut)のエネルギーを足元の床に微細で不可視の打撃として打ち込み、計算された振動を本の山へと伝播させたのだ。


「お、おお、天の神よ!」

 老司書が音のした方へと慌てて駆け出す隙に、私は煙のごとく薄暗い廊下を抜け、|禁じられた区域《Forbidden Section》へと滑り込んだ。

 扉の魔法結界は、単純な注意逸らしのルーンだった。私はエネルギーの流れを感知し、懐から取り出した小さな金属のヘアピンをルーンの接点に触れさせた。ヘアピンがエネルギーを瞬間的に放電させ、扉は静かな「カチリ」という音と共に解錠された。


内部は、外の華やかな図書館とは正反対だった。

 空気は重く、淀んでいる。埃の匂いに、カビとオゾンの鋭い香りが混ざり合っていた。棚に並ぶ本は鎖で繋がれ、いくつかは不吉な唸り声を上げていた。

 ここは知識の宝庫ではない。危険な思想と、制御不能な魔術を閉じ込めた「監獄」だった。


私は影の道(Shadow Way)の技術を用いて音もなく進んだ。感覚を研ぎ澄ませると、部屋の中心から放たれる巨大な力の源を感じ取ることができた。

 最奥のマーブルの台座の上に、人間の頭ほどの大きさの、鈍く黒い石が置かれていた。


「|囁きの石《Whispering Stone》」

 伝説に語られる、図書館の全防御シールドを賄うエネルギー源。


石の表面は、輝くテュルク・ルーン(Türk Rune)で覆われていた。しかし、何かがおかしい。

 光は規則的ではなく、心臓発作を起こした患者の心電図のように、不規則で激しく脈打っていた。石から漏れる囁きは、もはや唸り声ではなく、苦痛に満ちた悲鳴のように聞こえた。


【脳内モノローグ:これはエネルギー源じゃない。これは監獄よ。そして、鉄格子が壊れようとしている。制圧のルーン『ザプト(Zapt)』が不安定化しているわね。エネルギーの接続が過負荷状態。接続を断てば爆発する。強化すればさらに過負荷を早める。……道は一つ、流れを変えるしかない。ザプト(Zapt)のルーンを、デンゲ(Denge)のルーンに書き換えるのよ】


爆発まで、あと数秒。

 もし爆発すれば、図書館だけでなくアカデミーの半分が地図から消えるだろう。

 私の前には二つの選択肢があった。逃げて自分だけ助かるか。あるいは、ここに留まり「不可能」に挑むか。


(逃げるなんて選択肢、私にはないわ。これほどの知識が失われるのを許すわけにはいかないもの)


時間がない。私は石に急接近した。瞳を閉じ、脳内の宇宙的な知識の海に全神経を集中させる。

 指先に、針の先ほどに小さく、純粋で濃密なクト(Kut)を凝縮させた。

 それは私の真の力の百万分の一に過ぎなかったが、ゆえに完璧だった。


激しく震える石の上の、ザプト(Zapt)のルーンに触れる。私の指は、石を削るダイヤモンドのようにルーンの一線を消し、新しい線を引いた。

 ルーンは今、平衡(Denge)へと書き換えられた。


それは、荒れ狂う大海を、たった一滴の水で鎮めるような所業だった。


石から放たれていた激しい振動は瞬時に止まった。苦痛の悲鳴は消え、部屋を支配していた圧迫的なオーラは霧散した。輝くルーンは、穏やかで柔らかな青い光へと変わった。


そして、石の黒い表面が、水面のように波打ち始めた。

 石の中から、煙のない炎と星の光で形作られたような人影がゆっくりと浮上した。

 長身で優雅、高貴な顔立ち。その瞳には燃え盛る残り火が宿っていた。

 数千年の封印から解き放たれたジン(Cinn)エルデン(Erden)は、困惑と戸惑いの表情で周囲を見渡した。


彼の瞳は、室内にいる唯一の生ける存在――アイペリに固定された。

 彼は見た。彼女の指先で消えかかっている、あのありえないほど純粋なクト(Kut)の残滓を。

 その瞬間、彼は理解した。自分を解放したのは、この小さな銀髪の少女なのだと。


……アイペリにとって、これは完全に計算外だった。

(……最悪。誰かが出てくるなんて聞いてないわよ!)


私は心の中で毒づいた。今の私の役割は何だったかしら?

 そう。怯えた生徒。


私は深く息を吸い込み、瞳を恐怖に見開いて、人生で最も真に迫った「悲鳴」を上げた。

「きゃあああああ!!!」

 そして脱兎のごとく背を向け、まるで背後に怪物が迫っているかのような必死さで、|禁じられた区域《Forbidde n Section》から逃げ出した。


エルデン(Erden)は、部屋の中央に一人取り残された。

 数百年の幽閉を経て、彼は自由になった。そしてその自由の鍵は、今しがた「不可能」な魔術を披露し、その直後にウサギのように逃げていった、あの臆病そうな少女だった。


ジン(Cinn)の唇に、千数百年ぶりに微かな微笑みが浮かんだ。


「……面白い」

学園の危機を救い、伝説の存在エルデンを解放してしまったアイペリ。

圧倒的な実力を見せつけながらも、「怯えた生徒」として逃げ出す彼女の姿に、エルデンは何を思ったのでしょうか。

次回、二人の秘密の再会。そして影の幕舎の最初の「契約」が結ばれます。お楽しみに!

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