第1章:仮面と廊下のワルツ
転生から十六年。ついにアイペリがアカデミーへと足を踏み入れます。
彼女の「計算されたドジ」作戦、そして運命的な出会いをお楽しみください!
歳月は水のように流れた……というのは嘘だ。
大人の知性と意識を持ちながら、子供の体に閉じ込められた十六年間は、まるで一世紀のようだった。
最初の数年は、複雑な思考を「あー」とか「うー」という赤子の声でしか表現できない絶望的な拷問だった。
しかし、五歳の時にただ「望んだ」だけで部屋の葉っぱを浮かせられると気づいた時、その純粋な興奮はすぐに冷徹な分析へと変わった。
(――意志。純粋な意図。このエネルギー、クトは命令ではなく、欲望に反応するのね)
十歳になる頃には、私の「仮面」はほぼ完璧になっていた。
新しい両親の前で、手にした茶器のトレイを「うっかり」落とし、心配して駆け寄る彼らを見ながら、私の脳内は淡々とメモを取っていた。
【感情反応:同情と保護本能。期待値の低下。仮面の構築を継続】
十五歳になる頃には、夜は私の秘密の王国となった。
アルスラン=オウル家の広大な屋敷の庭で、月明かりの下、誰にも見られない舞を披露した。
指先にカムのルーンを描き、|内なる道《Internal Way》の技術で亡霊のごとく駆け、影の道の歩法で闇に消える。私はこの世界の最大の秘密の一つだったが、誰もそれに気づく者はいなかった。
そして今、十六年の歳月を経て、私は計画の次の段階――|カガン王立高等魔法アカデミー《Kagan Royal Academy》の門の前に立っていた。
ここが、未来の指導者、将軍、……そして天才たちが集まる場所。つまり、私の将来の「操り人形」や「ライバル」が集まる狩場だ。
アカデミーは期待以上だった。象牙の塔、ルーンが輝く窓、廊下を魔法で本を運ぶ生徒たち……。
優雅に歩くエルフの令嬢たちが、デミルキョク連峰から来たであろう屈強なドワーフの生徒と熱心に議論を交わしている。別の角では、ストロベリーブロンドの髪をしたリナという少女が、新入生たちに楽しげに何かを語っていた。彼女は学園の非公式な「歓迎委員会」のようだった。
私は「計算されたドジ」作戦(Operation: Calculated Clumsiness)を開始するため、受付ホールの人混みの中で、わざと自分のマントの裾を踏んだ。
地面に倒れる直前、強く、しかし優しい手が私を支えた。
「お気をつけください、レディ」
声の主は、まさにアカデミーのポスターから飛び出してきたような男だった。
皺一つない完璧な制服。肩に流れる黒髪。鋭い顔立ちと、自信に満ちた、どこか皮肉めいた微笑み。
彼こそが、レギオン・システムが生み出した最高傑作――黄金の貴公子、王子のカアンだ。
「あ、あわわ……申し訳ございません、王子殿下! 私の不注意で……!」
私は完璧な恥じらう表情で、手元の羊皮紙を「偶然」地面にぶちまけた。
(第二幕、開始)
私は地面に屈んだ。カアンもまた、私を助けるために屈み込んだ。
【外部から見える光景:ハンサムな王子に助けられ、頬を赤らめているドジな令嬢】
【アイペリの脳内:ターゲット、カアン。ブミン・ハンの唯一の息子。母はゲルマニアの貴族で、ルーン魔術への高い適性がある。学園で最も影響力のある人物。危険。だが……予測可能。彼の完璧主義は、最大の鎧であり、同時に最大の弱点になる】
「ありがとうございます、王子殿下。お優しいのですね」
私は書類をまとめ、控えめな礼をした。
カアンは微笑んだ。その微笑みには練習された礼儀正しさがあったが、彼の瞳はより分析的だった。
「廊下でまたお会いできることを楽しみにしていますよ、レディ・アイペリ」
私が急いでその場を立ち去る際、彼の瞳の中に一瞬だけ「この娘、何かがおかしい」という疑念の光が宿るのを見逃さなかった。
完璧だ。疑念の種は蒔かれたが、証拠はない。
私は廊下の角を曲がり、静かな場所に移動すると、小さな手帳に二言だけ書き留めた。
|魚が掛かった《Sakana ga kakatta》
王子カアンとの初対面でした。アイペリの「ドジっ子」演技に、彼はどこまで気づいているのでしょうか。
次回、アカデミーの厳しい洗礼と新たな登場人物たちが登場します。お楽しみに!




