プロローグ:失われた星の囁き
初めまして。この物語は、トルコの文化、歴史、そして天文学の要素を融合させた異世界転生ファンタジーです。
現代の軍師オタクである主人公アイリンが、異世界で「影の支配者」を目指す物語、ぜひお楽しみください!
埃とオゾンの微かな香り。
アイリンの二十三年の人生において、決して変わることのない三つの「定数」の一つがこれだった。
一つ目は、毎朝淹れられる「ウサギの血のように赤い」トルコ紅茶の湯気。
二つ目は、読書に没頭するたびに響く、母の愛に満ちた、しかし心配性の声。
「アイリン、また猫背になってるわよ! シャキッとしなさい、お姫様!」
そして三つ目は……これだ。父、デミルの聖域、彼の王国を満たす唯一無二の香り。
数千年前の羊皮紙が放つ乾いた土の匂いと、巨大な望遠鏡の金属的で、どこか電子回路が焼けたような香りが混ざり合う場所。そこは、時間と空間が交差する特異点だった。
父は、眼鏡を鼻の先にずらし、乱れた髪と興奮に輝く瞳で机の上の「それ」に釘付けになっていた。彼は二つの世界の住人だ。片足は歴史の深淵に、もう片足は星々の永遠に置いている。
昼はトルコ歴史学者として、突厥やフン族の足跡を追い。夜は天文学者として、かつての祖先が見上げたのと同じ星空を仰ぎ、そこに全く別の物語を探していた。
アイリンもまた、その二つの世界の申し子だった。
しかし、彼女を惹きつけるのは、記録された歴史でも観測された空でもなかった。
彼女を熱狂させるのは、常に「行間」に隠された囁きであり、舞台裏で蠢く誰も知らない壮大なゲームだった。
脳内では、世界を裏から操り、歴史の奔流を導く「影の評議会」や、闇に潜む「賢者」を構築して遊んでいた。
それは彼女にとって、退屈な現代社会を生き抜くためのメンタル・エクササイズであり、ただの空想――「軍師オタクの暇つぶし」に過ぎなかった。
……あるいは、そう思い込んでいただけだった。
あの日、父の持つ二つの世界が、机の上で融合した。
ベルベットの布の上に、黒曜石のように輝く異世界の遺物が鎮座していた。シベリアに墜落した隕石の「心臓」。
それを特別なものにしていたのは、表面に刻まれた刻印だった。
自然が生み出すにはあまりにも鋭利で、まるでレーザーで彫られたかのような「ルーン文字」。
「まるで……ファラオの墓から最新のスマートフォンを見つけたような気分だよ、アイリン」
父の声は、驚愕と畏怖に震えていた。
「これはここ(地球)の物じゃない。ありえないんだ。特にこの二つの言葉……。正気を疑うよ」
石の中央、完璧な円の中に刻まれた二つの言葉が、内側から淡く発光していた。
|TÜRK TENGRİ《テングリ・テュルク》
アイリンは、石へと手を伸ばした。
冷たい表面を指先でなぞると、あの聞き慣れた「囁き」が再び始まった。
(――もし、最大の秘密が本の中でも星の中でもなく、その両方が交差する場所にあるとしたら?)
外では、突如として空が怒りに震えた。
六月のアンタルヤを切り裂く、予期せぬ嵐。雨が窓を激しく打ち付ける。
部屋の明かりが明滅し、アイリンの瞳は隕石上のルーンの列に固定された。
それらは他の文字とは違っていた。内側で微かな銀河の光が明滅し、彼女を呼んでいるかのようだった。
本能的に、その意味が理解できた。
|UYAN VE ANLAT《目覚め、語れ》
彼女は、囁いた。それは思考だけでなく、唇からも零れ落ちた。
その瞬間、部屋は盲目的なほどの白銀の世界と、絶対的な沈黙に包まれた。
落雷は外の樹木ではなく、部屋の心臓部――隕石の真上に直撃したのだ。
アイリンが最後に感じたのは、痛みではなかった。
それは、魂が原子レベルまで分解され、宇宙の最果てへと想像を絶する速度で引き込まれる感覚だった。
燃え盛る星雲、闇を彷徨う巨大な昆虫型の金属戦艦、……そして無数の流星群。
一秒にも満たない間に、脳が許容しきれないほどの宇宙的恐怖が視界を通り過ぎた。
その後は、虚無だった。
全てを飲み込む、絶対的な無の空間。
その後……。
声がした。温もりがした。そして、新しい香りがした。
ラベンダー、刈りたての芝生、……そして魔力の香りだ。
瞳を開けようとすると、彼女を覗き込む美しい女性が見えた。
肩に流れる銀白の髪は月光のように輝き、慈愛に満ちた深い瞳と相まって、人間ではなく精霊を見ているかのような錯覚を覚える。
「アイペリ」とその女性は言った。「私の可愛いアイペリ。私たちの世界へようこそ」
赤子の体に宿ったアイリンの意識は、あまりにも唐突な「転生」の衝撃に凍りついた。
パニックが氷のように血管を駆け巡る。母さん、父さん、私の家……。喪失の重圧が魂を押し潰そうとした。
しかし、そのパニックの底から、鋼のように冷たく鋭い思考が芽生えた。
(――生き残れ。理解しろ。適応しろ)
二十三年間、退屈しのぎに構築してきたあの「影の支配者」ごっこ、あの空想のゲームが、今や生存のための「戦術指南書」へと変貌を遂げた。
【フェーズ1:潜入および情報収集。敵と味方を識別せよ。勢力図を把握せよ。そして何より……誰からも「脅威」と見なされないように振る舞え】
新しい母の慈しみ深い眼差しの下で、アイペリという名の赤ん坊は、人生で初めて真の笑みを浮かべた。
それは赤子の無垢な微笑みではない。
新しい盤上と、配られた完璧な手札を見つけた「軍師」による、最初の、計算され尽くした嘲笑だった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
アイペリの新しい人生が始まりました。果たして彼女は、この異世界でどのような「影の戦略」を繰り広げるのでしょうか。
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