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混沌の死  作者: 周荘
第2話. 渾沌の国にて
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第1話. 三帝の世界

 遥かなる昔、天と地がいまだ渾然と交じり合い、万物がその産声を上げたばかりの頃。世界は三つの大きな国に分かれていた。

 南の果てには、南海の帝、しゅくが治める国があった。儵とは、見る間に過ぎ去る迅速さを意味する。その名のごとく、彼の国は目まぐるしいほどの速さで物事が進み、すべてが整然と定められていた。日の出と共に人々は起き、決められた時間通りに働き、寸分違わぬ計画のもとに道を造り、橋を架けた。そこでは、一瞬の無為も、寸分の誤差も許されなかった。帝・儵は、鋭い眼光をもち、常に国の隅々にまでその視線を走らせていた。

 彼の国の民は、勤勉であり、その顔には常に目的を遂行しようとする緊張の色が浮かんでいた。豊かさとは、即ち効率の果てにあるもの。それが、儵の国の揺るぎない信念なのであった。


 北の果てには、北海の帝、こつが治める国があった。忽とは、たちまちに現れ、たちまちに消える変化の速さを意味する。彼の国もまた、秩序と法則を何よりも重んじていた。忽は、深遠な知性をもち、万象を分析し、未来を予測することを好んだ。彼の国では、星々の運行から明日の天候を読み、水の流れから収穫の豊凶を占った。人々は、帝・忽が定めた暦に従って種を蒔き、彼の教えに従って子を育てた。そこでは、感情の揺らぎや、予測不能な出来事は、克服さるべき混沌と見なされていた。知識こそが、人を迷いから救う光である。それが、忽の国の確固たる哲学なのであった。


 儵の国と忽の国は、互いにその統治のあり方を認め合い、時には使者を交わして、その進歩の度合いを誇り合った。彼らは、世界をより良く、より正しく導くことが、帝たる者の務めであると信じて疑わなかった。


 さて、その二つの国の間に、広大な中央の土地があった。そこを治めるのは、中央の帝、渾沌こんとんであった。

 渾沌の国は、儵と忽の国とは、何もかもが異なっていた。そこには、時を告げる鐘もなければ、土地を区切る境界もなかった。人々は、鳥が歌うのを聞いて目を覚まし、腹が空けば木の実を採り、眠くなれば大樹の根元で身を横たえた。彼らは、喜びが湧き上がれば歌い、悲しみが訪れれば涙を流し、そして、いつしかまた笑っていた。そこには、昨日を悔いる心も、明日を思い煩う心もなかった。ただ、満ち足りた「今」が、永遠のように続いていた。

 そして、その国の中心には、帝・渾沌が静かに座していた。渾沌には、目も、耳も、鼻も、口もなかった。ただ、大きく、丸く、温かい塊として、そこに在るだけであった。彼は何も語らず、何も命じなかった。しかし、その国には、不思議な調和と、深い安らぎが満ちていた。風は穏やかに吹き、川は清らかに流れ、人々は互いを慈しみ、争いというものを知らなかった。渾沌の存在そのものが、国の隅々にまで行き渡る、大いなる慈悲の光であるかのように思われた。

 儵と忽は、この渾沌の国の噂を、旅の者から伝え聞いていた。


「中央の国には、法もなければ、文字もないと申します。人々はまるで、生まれたばかりの赤子のように、ただ無邪気に生きているだけでございます」


 報告を聞くたびに、儵は眉をひそめた。

「何と、怠惰なことか。それでは、何の進歩も望めまい。獣の暮らしと、どこが違うというのだ」

 忽もまた、深くため息をついた。

「哀れなことだ。知性の光なくして、人は真の幸福を得ることなどできぬものを。彼らは、自らがどれほど暗闇の中を彷徨っているかに、気づいてすらいないのだ」


 彼らの心の中には、渾沌の国に対する憐れみと、そして、それを正しき道へと導かねばならぬという、一種の使命感が、静かに芽生え始めていた。彼らの善意は、不思議なことに一点の曇りもないものであった。彼らは、自分たちが築き上げた秩序と知識こそが、万民を幸福にする唯一の道であると固く信じていたからである。

 かくしてある年の春、儵と忽は互いに示し合わせたように、この不可解にして憐れむべき中央の国を自らの目で確かめるべく、長い旅に出ることを決意したのであった。それは、後に、三つの国の運命を、そして渾沌自身の運命を、永遠に変えてしまうことになる旅の始まりであった。


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