『枯川』
荒れ果てた荒野
そこで泣いていた
シクシク泣いていた
「なんで泣いているの?」
名前なんて知らない彼女
顔なんて知らない彼女
何もぼくには見えない
「君の知ったことか」
「あなたはいつもそうなの?」
「何で?」
「あなたはいつもそういう人なの?」
「まぁ、そうだよ」
「そうやって一人で泣いてるの?」
「まぁね」
「そっか」
荒野は干からびていた
雨は上がっていた
木々は遠い昔にいた
「仕方ないものね」
「何で?」
「あなたは辛いことが多かったから」
「君に何が分かるんだい?」
「私には何も分からないわ」
「じゃあ、何で分かるんだい?」
「あなたの顔よ」
荒野に水滴が落ちた
久々の雨だ
それは彼の涙だった
「ぼくは泣いてるのかい?」
「あなたは何も気づいてないんだから」
「泣いていることにも」
「そうよ」
「何でぼくはそんな人間になったの?」
「今まで頑張って生きたからよ」
「そんなことは無いよ」
「だからよ」
「だから?」
「だから、泣いているの」
荒野に黒い粒が落ちた
雨は黒い墨になった
ぼくの顔は真っ黒だ
「真っ黒になってる」
「そうよ」
「ぼくは大丈夫?」
「焦らないで」
「だから、私が来たの」
彼女は鞄から取り出した
真っ赤のマフラーだ
でも、温かい光を放っていた
「それを首に巻いて」
「これを?」
「そうよ」
「そんなんじゃ…」
「もう、じれったいんだから。私が巻いてあげる」
荒野に灯が昇った
朝日でも夕陽でも無い
もっと小さな灯が昇った
ぼくの首元に昇った
確かに規模は小さいが
光は小さいが
ぼくらにしか見えない光を放っていた
何というか
弓の形をした光だった
「君の顔を見てごらん」
「ぼくの顔?」
「そう、水面に映ってるでしょ」
「ここは荒野だよ」
「い~や、たった今変わったよ」
荒野に川が流れていた
なぜだろう?
理由は分からない
でも、川が流れていた
ただ一つ分かるのは
ぼくの涙が合流していたこと
この枯川に
「ありがとう」
「何で?」
「君がマフラーをくれたからだよ」
「このマフラーはあなたの涙よ」
「ぼくの涙?」
「そう」
「そうなの?」
「うん、あなたの涙を編みこんでるの」
「君は何者なの?」
名前なんて知らない彼女
顔なんて知らない彼女
しかし、違っていた
前とは違っていた
確かに見えていた
形の見えない彼女が見えていた
「君に名前なんて必要ないね」
「まぁ、そんなこと言ってくれるの?」
「だって、ぼくは君が好きだから」
「私に形が無くても?」
「うん」
「私が影でも?」
「うん」
「私が悪魔でも?」
「そうだよ」
「何でそんなに私のことが好きなの?」
「だって、ぼくだって悪魔だから」
「じゃあ、私たち似た者同士なんだ」
「そうだよ」
「嬉しい」
「だから、安心して」
「うん」
「最後に君に言いたいんだ」
「何?」
「マフラーを編んでくれてありがとう」




