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ジュリアの尋問と社会の解説

「お邪魔します」

ぼろぼろの服をどうにかしてくれるというので女性について行った。アンフェミアと同い年くらいだろうか。暗い道中、カーディガンとシャツ。スカートの後ろを見ていた。

彼女は靴を脱いでスリッパに履き替える。

「いらっしゃい。もう取っていいわよ」靴箱から来客用のスリッパを出す。

 家までの道中、刺繍の入った布を頭に巻いていた。

「どうして布を?」

「その髪の色はあの場所ではよく目立つの」

「いい家だね」

「明かりもつけてないのに何がわかるのよ」

「心の目で見ているからね」

「もっといいところに住んでるんだろう。世辞はよしてくれよ」彼女は慣れた手つきで暗闇から電球の紐を手繰り当てる。

「本当さ。僕の家よりも暖かいよ」

「ありがと。そこで座って待っていて」

 薄い明りを頼りに背もたれのない椅子に座った。椅子の足が不均等なのでがたがた音がする。

 内装は思っていたより先進的だった。壁際に大きな薪ストーブ兼コンロ。ストーブの右に食料を保存する棚、左に食器棚。ストーブの反対側に食卓が設置してある。少し離れたところに真新しいシンクが設置されていた。むき出しの配管が丁寧さよりも速さを優先したことを物語る。そうなるとシンクの横の扉が風呂とトイレなんだろう。過去の暮らしそのものの家だ。自分の知っている知識と同じところがこの世界にあるだけ安心してしまった。

 天井にはぶらぶらと釣り下がっている電球。しかし部屋全体を照らせるほど明るくない。彼女が机の上のガスランタンをつけている。キャビネットの上には大きなラジオが置いてあった。

 机の上にはランチョンマットが引いてある。

「これ手作り?」

「うん。初めて作ったやつなんだ。どう?」

「僕は好きだよ」

「ありがとう」彼女が笑った。

 ふと見せ笑顔に僕は驚いた。さっきまでのグリズリーからパンダになったみたいだ。僕は彼女を目で追ってしまう。

 初めて人間らしい人にあった。アンフェミアが違うとは言わないけれど、彼女のほうが親近感がわく。別に他意はない。

「あんまりいい家じゃないけれどゆっくりしていってくれ」彼女が奥の部屋から出てきた。

「うん。ありがとう」

「そういう時は『そんなことない』くらい言うのがマナーだと思うけどね」

「あぁ。そうだね。お邪魔しているのに立場をわきまえていなかった」誰かの家に来ることなんて十年前の話だから忘れていた。

「あんた面白い人だね」

「そう?」

「変わってるよ」彼女は薪をストーブに詰め込んだ。

「君の口調のほうが変わってるよ。さっきよりも僕好みだ」

「この国ではあの喋り方じゃないといけないから」

「…そうなの?」

「そうよ」

「ここの生まれじゃないからね」

「そうなの?」

「敵国さ」

「エカチェリーナの人?」

「その言い方はここじゃご法度だよ」彼女は引き出しからマッチを取り出し薪ストーブに火を付けながら言った。

「あ、ごめんなさい。そういうのよく知らなくて」

「じゃあ何を知ってるのさ」なかなかつかないのかもう三本目のマッチを擦っている。

「何も知らないよ」

「やっぱり、あんた面白いよ」

「ありがとう」

 落ち着いた会話があった。豆電球の明るさちょうが落ち着いた会話を支える。誰かと同じ空間にいるのに一人の時よりも安らいでいる。会話と会話の間に挟まる沈黙が愛おしいと思った。

 ストーブの奥がほんのり明るくなる。

「あの木の箱はそのままでよかったのかな」

「安心しな。明日にでも言っておくからさ」煤が付いた手をシンクで洗った。雑にスカートで手を拭いた。

「知り合いなの?」

「まぁね。この辺の人とは一通り知り合いだよ。みんな同じようなもんだからさ」

「そうゆう町なんだ」

「そうよ。ほんとに何も知らないわね」彼女が椅子を引いて僕の対面に座る。

「君が優しいことは今教えてくれた」

「もしかして口説いてる?」足を組んで肘をついた手にほほを乗せた彼女が挑発的に言った。

考えなしにきざな男のロールプレイのまま話をしている。けれどほかに女性との話し方なんてわからない。

「どうかな?君がそう思うのなら口説いているんだろうね。もしかしてそうゆうのもご法度かな」

「ないはずよ。でもそんな物好きたちが出会うことはないし、場所もない」

「国は暗に駄目だと言っていると?」

「そうね」

「この国はなんていうんだい?」

「ふふ」

「面白い、かな?」

「はははは」

「?」

「あなた本当に知らないのね」急に立ち上がる。彼女がドスの聞いた声で僕に言い放った。

「知らないから聞いているんだよ」声色が変わる理由がわからないまま、彼女に気おされ曖昧な声で返した。

「棚の上のラジオが見えるでしょう」彼女は指をさした。

「うん」

「あれ勝利省に通じているの」

「うん」

「」彼女は黙って僕を見ていた。

「だから?」

「え?…」彼女は目をぱちぱちさせ絶句したままじっと見つめている。

「だから、、、そろそろ怖い人たちが来ちゃうよ」取り繕うように出た言葉は抽象的であいまいだった。

「僕は何をされるの?」

「そうね。殺されるんじゃないかしら」彼女は身を乗り出して顔を突き出した。

「」僕は彼女から目をそらしゆらゆらと揺れるストーブの炎を見ていた。

「どうしてそんなに落ち着いていられるのかしら?」

「死ぬだけだから」

「もっとひどいかもしれない」

「例えば?」

「た、太陽の光が届かない地下で石炭を永遠と採掘とか」

「そう」

「どうして⁉安泰な生活が脅かされるのよ。それを受け入れられるの?」身を乗り出したまま勢いよく机に手を置く。

「戦争しているんだ。しょうがないだろう」

「嘘つきね」

「え?」

「何も知らないって言ったじゃない」

「そうだよ」

「戦争において贅沢が敵なことは知っているじゃない」

「そんなの常識だろう。太陽は東から登るし、空は青い。それと一緒だよ」

「じゃあ。何が聞きたいの⁉」彼女が初めて声を荒げる。

「聞きたいわけじゃない」

「じゃあ何しに来たのよ」

「君が服を治してくれるんじゃないの?」

「あ、ああ。そうね」

 たじろぐ彼女。出会ってすぐに家に招かれるのは社交辞令だったか。断るべき提案だったのだ。ゲームと現実は違うんだと、自分の未熟さを恥じた。

「都合が悪いなら帰るよ」僕は席を立って扉を目指す。

「え、いや」

「すまない。これで。お邪魔しました」名残惜しいがしょうがない。僕が知らない事情がある以上長居するのは危険だ。僕だけじゃない。

「待って。ちょっと」彼女が僕の腕をつかんだ。

「何さ」僕は止まって彼女を見る。

「あの子から聞いていた話と違う。勘違いしていたかもしれない」

「なんて聞いていたの?」

「おかしな人だって」

「それは落とし物を届けることはおかしいの?」

「…」

「確かに。男に追いかけられたらおかしな人だって思われても不思議じゃないね」なぜ僕は彼女らを擁護する側に回っているのだろう。

「…」

「どうしたの」

「私はあなたが勝利省の人間だと思ってた」

「それはどういう?」

「治安維持する軍隊の派生」

「どんな人たち?」

「黒ずくめの軍隊よ」

「青い服とは違うの?」

「それは治安維持の軍隊よ」

「僕を撃ってきた人たちだ」

「撃たれたの?その割には元気じゃない」

「撃たれたのは、、結構前さ。撃たれるようなことをした僕が悪いんだけどね」

「…聞いていい?」しおらしく彼女は聞いてきた。

「我慢ができなかっただけだと思う」

 僕は自分で驚いる。口に出した言葉に嫌悪感はない。

 最初は彼女だけを殺した結果からなぜ殺さなくてはならなかったという理論を立て、報復という結末で自分を納得させていた。この一日一緒にいて考えは変わった。復讐は逃げることよりも恥ずかしいことだった。あそこで殺したのは自分の殺人衝動。それを僕は受け入れて前に行かないといけない。

「…」彼女が僕から腕を離した。彼女が俯いて何も言わない。この空気が嫌いなので彼女をせかすように聞いた。

「どうしたのさ」

「悲しい話ね。」

「忘れてくれ」

「でも生きてるなんて不思議ね。この国じゃ裏切り物は殺されるわ」

「それでもあんなに早く撃たれるとは思わなかった」

「勝利省で、でしょ?」

「路上でだよ。急にね」

「それおかしい。あなた…」彼女はだんだんと早口になってくる。

「」

 彼女は表情をコロコロ変えた。路上の雰囲気とは全く違う。おかしい人を見る顔。驚いた顔。もしかしたらと想像する顔。家に入れてよかったのかと思う顔。どの顔も何か僕に言いたげで、口をパクパクさせていたけれど耳に聞こえてはこない。

 そんな表情も固まった。フリーズしたパソコンのようだ。ストーブの火は薪を大量に食べている。ぱちぱちと高い音がする。

「ウィンストンを裏切ったのね」

「それは法律なのか?」

「法律って。あなたはエカチェリーナにいたの?」

「え?いや。全然違う…と思う」

「記憶ないの?」

「あ、そうだ、そうそう。そんな感じ。記憶ないんだよ」

「住んでるところはわかるの?」

「うん。教えてもらったよ。でもどこにあるかがわからないんだ」僕はアンフェミアからもらった紙を開いた。

「それで場所を聞いていたのね」

「そうなんだ。そろそろ行くよ。場所だけ教えてくれないか」

「今出て行くのはよくないわ。もう少しいたほうがいい」

「禁止なの?」

「それに近いわ。でも前よりは良くなった」

「?」

「もう何年かしら。久しぶりに戦争に勝ったのよ」

「戦争は終わったの?」

「ううん。そうじゃなくて状況が好転したの。負け続けていた戦場で勝ったのよ」

「だからみんな喜んでいたんだね」

「私も飛んで喜んだわ」

「どうして?元いた場所でしょ」

言葉に出したことを後悔した。事情も知らずに内情に踏み込みすぎている。

「そんな顔しないで」

 僕の配慮がない言葉を優しく許してくれる。

「あそこは薄情な国。ひどい国よ」

「そうなの?」

「引き算の国なの。誰にでも平等に引くの。聞こえはいいかもしれないけど、誰からも同じ量引くの。貧乏人にも病人にも老人にも。金も土地も人も」

「嫌だったの?」

「ええ。嫌い。ここは理想とは言わないけれど優しいわ。生まれに関係なく接してくれる。ご飯に困っても隣人が助けてくれる。幸せな国だわ」

 嬉しそうに笑う彼女を見て僕のことを理不尽に殺しているこの社会を少しだけ好きになれそうな気がした。

「服貸して」彼女が僕の上着をつかんだ。

「え?」

「ぬったげるあげるからさ。座りな」

「悪いよ」

「私、さっきおかしかったからさ。なんかほら、謝るだけじゃ収まりつかないような気がして…みたいな」

さっきまでの話し方とは打って変わって幼稚ともいえる言葉の曖昧に照れそうになる僕。

人間みな同じ行動するんだと過去を思い……出していない。

先生が間違えていると思って指摘したら、間違いなんてなく僕が間違えていた。思いっきり笑われたことを思い出した。

「お願いしようかな」

「うん。そうするよ」僕は上着を脱いで彼女に渡す。

「あんた、名前は?」

「カズ。君は」

「ジュリアよ。よろしく記憶喪失のカズ」

「ありがとう。いろいろ教えてほしい」

「座りなさい。いろいろ教えてあげるわ」

彼女は仕方がないと言いたそうなけだるい顔のわりには、任せなさいと滲み出る声で僕に答えた。温かい空気がようやく部屋を包み込んだ。


ご覧いただきありがとうございました。

この物語は完結済みのため、添削でき次第投稿します。

次回も皆様とお会いできるのを楽しみにしております!

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