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復活と殺害

 クラクションが鳴る。

 僕はガラスの前に立っていた。

 まただ。さっきと同じセーブポイントに戻された。

 体の動かし方を思い出す。立っているだけで精いっぱいだ。

 痛かったことは覚えているがどれだけ痛かったかといわれると表現できない。鉄で叩かれ、泥まみれの体に痛みを保存する記憶媒体はない。それでも死に際に見た体の状態を脳が偽装してくる。体が思い通りに動かない。

 僕は交通事故で頭が分離して死んだんだ。

 だんだんと死への恐怖がなくなっている。今度どのような死に方をしてもここに戻ってくる実家のような安心がある。

 もし今ここで車を奪って人間をひき殺しても罪に問われることはない。この思考になること自体、生命に対する何かが軽くなっているに他ならない。

 落ち着け。そんなことをして何になる。僕は死ぬ前の記憶をどこかから引っ張る。

僕は彼女を恐れて逃げた。みじめな姿で街を走っていた。僕は昔のまま何も変わっていなかった。勇気を出して上司の机に辞表をたたきつけた時。あいつは笑っていた。「これで不良債権がいなくなった。余計な給料を払わなくて済む。清々した」と僕を見て笑っていた。それが悔しくて、でも声は出なくてただただ逃げた。

 同じ状況になった時のシミュレートはできていると思っていたのに。また逃げている。嫌なことから何年も逃げ出していた僕は何にも変わっていなかった。

 どうすれば変われる。もうみじめになりたくない。

 雲から出てきた太陽が僕を照らした。

 僕は自分の手を見た。以前の僕よりも太く白い手を。

「    」

 まさに青天の霹靂。もう僕は変わっているじゃないか。

 誰かわからない手。それでも思いのとおりに動かせる手。外見は完全に変わった。いや、別物になってきた。

 初めて出会った女の子と目をそらさずに、どもらずに話せた。あんなにつらいことがあったが、自暴自棄にならずにこうやって癇癪を起さず考えられている。昔できなかったことができている。僕は変わっている。これはきっと進化だ。とても強く思い描いていた自分になりつつある。

 そうだ!僕は変わった、変われたんだ。与えられたこの素晴らしい機会。まだ僕は理想の自分になれる。

 向こうの世界で叶わなかったことを叶えよう。僕が目指すハッピーエンドへ全力で走ろう。桃源郷を…いいや、もっと普通でもいい。毎日楽しくて、幸せな一生を過ごそう。おいしいものを食べて、遊んで、寝て。何不自由ない暮らしをしようじゃないか。絶対にできる。僕は選ばれた人間だ。今はその試練のようなものなんだろう。いつかは僕の思い通りに動くはずだ。

 正面をしっかりと向いた。ガラスに映る凛々しい顔の僕がそこにいる。涙は蒸発し、充血も収まった。

「どうしたの。何か決意でもしたの?」アンフェミアが僕の背中を優しく触ってきた。

「決意。そうだね…」

「ん?」

「アンフェミアをだきしめることかな」

「抱きしめるならもっと人気のない場所がいいわ」アンフェミアが踵を返し、僕の背を向けた。

「いいや、今がいい。だから―」

 彼女を後ろからだきしめた。ガラスに密着した僕とアンフェミアが薄く映る。彼女の腹部で組んだ僕の 両手を彼女は拒まなかった。僕の両手はそのまま上へと上がり、胸部を撫でながら上へ上へ動かす。理髪店を利用している客は我々を見てほほ笑んでいた。ガラスの向こうからの視線に気づいた彼女は恥ずかしそうに俯くが彼女はただ僕の両手にすべてをゆだねていた。

 両手が彼女の首元まで上げた。

 僕は彼女を強くだきしめた。

 右腕を彼女の首にはめ、右手に力をより加えるために左手でロックする。プルプルと筋肉を硬直させている僕の体に熱がこもる。どうにも腕の感覚が掴めない。力がうまく伝わっていないようだ。彼女を見て確かめるしかない。

 彼女はやっと俺の腕を拒んだ。

 もう遅い。彼女を浮かせて腕を首にさらにめり込ませる。いくら足をばたつかせようと、放すまでには至らない。

 ガラスには悲惨な顔であぶくを拭いている彼女。

店主はカットをする手を止め、客はあっけらかんとした顔でこちらを見ている。

 彼女が動かなくなった。脱力したからなのか少し軽くなった。

 さっきまで動いていた彼女を解放すると、どさっとあおむけに倒れこんだ。開けたままの目に触り瞼を落とす。

 彼女の熱で熱いままの手。克服をした達成感なのか。幸せがあふれて止まらない。僕は幸せを叫ぶ。

「さぁ、発砲スチロールが溶け出した財布の中を走ろう!段ボールが邪魔をするはずがないじゃないか!インビボ試験を突破した雀にハイドロコロイド創傷パットをしみこませ、クリームパスタを食べよう!なんだって⁉それではカメレオンが迎えに来られない?じゃあ三月だ!それも一番濃い火曜日に。さびれた駅はランニングハイだし、きれいなクロロホルムは北北西。にわか雨には花粉が必要。チタンでできたひき肉を舐めながら真っ白い親知らずの前で待っている!」

 ハッピーエンドだ。頭の中でスタッフロールが上へと流れている。

 やりたいことをかなえられた幸福が包んでゆく。

 特別な人間なんだ。ようやくあの時の自分を変えられた。拒む悪意に正面から対決し、それに勝利した。こんなにうれしいことはない。すがすがしい心が軽やかに足を動かす。

『パンッ』銃声がした。

「手をあげなさい」その声で足を止めた。一度微笑んで声のほうに振り向く。

 十メートル先。青い軍服を着た四十歳くらいの男が僕に銃を向けている。周りの市民は悲鳴も上げず、 足早に逃げていった。僕は言われたとおりに手をあげ、軍服の男をじっと見ている。男がじりじりと距離を詰めてくる。

 ふわふわした頭が自動で文字を構成し、発した。

「彼女は裏切り者。だから死んだ」息を整える僕が先に口を開いた。

「そのお嬢さんは何を裏切ったんだ」

「俺」

「」軍人は黙って横たわる死体を見ていた。

「帰るよ」

「どこに帰るんだ」

「日常を謳歌するんだ。楽しい日をね」

 軍人は黙ってこっちを見る。軍人は急に空を見上げた。

「珍しいこともあるもんだな」

 なんだろう?空を見上げた。

『パンッ』

 内臓に焼けるような痛みが走った。温かいものが服の内側を這う。

 彼女に重なるように倒れた。

「自分の顔を見てみろ」軍人は僕に言った。

 僕は銃弾の貫通したガラスを見た。弾丸が通った穴から白い稲妻のようにヒビの入ったガラスの端にきれいな僕の顔が映っていた。

「なんでそんなに笑えているんだろうな」軍人が悲しい声で言った。

「はは、」

 眠るように横たわる彼女の横で僕は笑っていた。彼女に手を伸ばそうともがくが思い通りに動かない。体が冷たくなる。血液が止まらない。熱とともに体から流れ出る。

「私は君を勝利省に連れて行くこともできる」

「」それでも口角は下がらない。

「こういうおかしな奴は大抵汚い寒い日だ。不思議なものだな」

「」今も口角は戻らない。

「最期だ。君には勝利省にいく権利がある。それを行使するかね」

「」

「444を適用。直ちに処理する」

「」口角はどうなった?網膜が伝達するのをやめた。

「ウィンストンは知っている」

『パン』


ご覧いただきありがとうございました。

この物語は完結済みのため、添削でき次第投稿します。

次回も皆様とお会いできるのを楽しみにしております!

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