ごみニートはWW2みたいな世界で人生をやり直しました。幸せですか?幸せです。
携帯電話が震える。
『大臣逝去。線路上で車両トラブルにより事故か。二人死亡』
記事の通知がポップアップされる。私はため息をついてしまった。
パーティー会場への道すがらショーファーカーに揺られる。
私はウィンストンを、パクスプティコンを信用している。長年患っていた痛みから解放してくれた。私を幸せにしてくれた。
初めて疑問が出てきた。大臣の死に際の言葉が引っかかる。脳みそが残っていれば復元できた可能性もあるが、車と一緒に木っ端みじん。集めようとはしたが誰の部位なのか特定することさえ不可能だった。 大臣の言葉の真意はわからずじまいだ。
なぜシステムは私に大臣と見た動画を見せてくれないのだ。あの動画もアンフェミアへの詳細なアクセス権限もない。私にすらない。大臣が嘘をついている可能性は十分にある。しかし僕はアンフェミアの顔を見ていない。笑っていると確信していた。一番喜んでいると思っていた。
パクスプティコンは私に新しいやりがいを与えてくれたのだ。私は信用している。淡々と仕事をするしかない。パクスプティコンが人格矯正から人類を管理するその目的が叶った日にはすべてを教えてくれるだろう。
私はそれまでのつなぎ。パクスプティコンの表の顔。私はメタバース安楽死か平和戦争をシステムの代わりに問いかける役回り。
私は幸せだ。本当にそう思う。本当に。
「ウィンストン。着きます」
「…そうだな」
「大臣の運転手に自殺命令は出ていましたか?」
「いいや。私は確認していない」
「バクでしょうか?」
「…そうだ。あれはプロトタイプだからな。まったく厄介だよ」
「大臣はこんな声でした?ウィンストン」
「もっとひょうきんだ」
「こうか?」
「そうだ。あのな、その呼び方はやめてくれ」
「と言われましても」
「まだ所長だ」
「わかっております。ウィンストン」
「 」
車が止まる。ドアマンが外側からドアを開ける。
高級ホテルのエントランス。中まで続くレットカーペット。ホテルマンが頭を下げる。
豪勢絢爛な装飾が我々を迎える。混雑していたロビー。大臣役が歩くだけで道ができる。
『ユビキタス研究所 パクスプティコン完成披露会』
案内板には一つしか書いていない。
パーティー会場の扉が開く。
「ウィンストンは見ている。いいや」私はつぶやいた。
「私は見ている」扉が閉まった。
以上で本作は完結となります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
つたない文章ではありましたが、ここまでお付き合いいただけたことを心より感謝いたします。
この本は三年前に書き終えていた本です。
日の目を浴びることがないと思っていましたが、誰にも読まれないのもさみしく、こうして投稿しました。
この本は少し前のなろう作品への逆張りというか、天邪鬼というのか。
いい意味で言えば反骨心でできています。
似たような設定と見覚えのある物語のテンプレート。
物語の都合で消費される登場人物たち。
読んだところで数日たてばタイトルも、作家も思い出せなくなるジェネリックな作品たちを淘汰するくらいの気持ちで書いていたような気がします。
それでも完成した当時の私には投稿する勇気がありませんでした。
三年という時間が昔の恥ずかしさを忘れさせた今、ようやく投稿することができました。
改めて自分の作品を見返すと、正直こんな作品は自分なら読まないと思います。
毎日社会に半殺しにされながら生きている私には、難しいものを読む気力がありません。
自分が「面白い」と思ったフォーマットから作品を探すほうが、何倍も効率的だと気づいてしまいました。
そんな作者自身ですら読むのに気力を要する本をここまで読んでくださった皆さまには頭が上がりません。
本当にありがとうございました。
どのような意見でも構いません。もしよろしければ、感想や批評などお寄せいただければ幸いです。
本作の中に、何か一つでも心に残るものがあったなら、物書きとしてこれ以上うれしいことはありません。
川海 渚




