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スタート地点へ

 クラクションが鳴る。 

「 」

 目を開ける気にもなれない。すべてを理解した。理髪店の前。あの日の三時前。僕はまたここに戻ってきてしまった。チェックポイントからやり直すでもなくまたここにいる。 

 考えるのをやめたい。でもやめられそうにない。次の嫌なことを嫌でも想像している。  

 どうしてだろうか。体が軽い。苦しさはない。手が上手に動く。痛くないのだ。 

 頭や手に伝わる感覚がはっきりしている。積み重なっていたあの痛みたちが消えた。銃弾が肉を焼く感覚。内臓が痙攣する感覚。不快な痛みを体が忘れた。体は健康になった。 

 またデートをすればいいのか。与えられた仕事をしてほしいのだろう。アンフェミアと会う。少し楽しみな自分がいた。憂鬱の感覚も忘れたのだろうか。違う。彼女に。彼女ではない彼女に彼女の言葉を聞かなくてはならない。いいや、やめよう。言われたことだけをしていればいいのだ。小さな叛骨心なんて持つものではない。僕の余計な善意は人を不幸にする。 

 僕は終わらない。何も変わらない。ゴールなどない。誰かの人形なのだ。僕を苦しめるこの娯楽をいつまで楽しいと思えるのだろう。そいつが飽きた時、僕は死ねるのだ。 

 終わりを求めている以上。まだ終わらないのだろう。 

「?」 

 時計がおかしいのか。アンフェミアが来る時間が来ない。もう三時を回った。 

 大きくなる鼓動。期待に膨らむ胸。僕は学ばない。大胆な変化に妄想が止まらない。 

 僕の前に車が止まる。ここの時代にそぐわないほどきれいなプレスライン。外から見てわかるショーファードリブン車。戦時中だと思えないほどの丁寧な装飾。民衆は何もなかったかのように日常を過ごす。 世界にそぐわないアンバランスな車体に子供さえも興味を示さない。誰でもわかるオーバーテクノロジ―を誰もが日常の中のものと認識しているんだろうか。 

高級ミニバンから降りてくる。僕は知っている。黒い軍服だった。赤い差し色がよく映える。 

 僕は笑った。終わらないことは決して不幸ではないのだ。殺し方一つ違えば僕は心の底から喜べる。 

「カズ。今日は特別な日よ」僕よりも小柄な彼女。その凛とした目に僕は吸い込まれる。アンフェミアの声だ。背中に長身の銃を携帯している。

 僕はワクワクしている。毒ガスの被験者になるのか。生きながらの解剖に駆り出されるのか。デーモンコアでも実験をするのか。もう何でもいい。頭がいかれるまで、僕が壊れるまでいつまでも付き合おう。 好奇心は死んでいなかった。


 

 座り心地にいい椅子に腰かけ二十分。柔らかいサスペンションに感動していた。車が止まる。似合わない軍服を車の中で着替えさせられた。今度は彼女とおそろいの黒色。服には知らない装飾が増えていた。 

車から降りる。コンクリートに囲まれた地下駐車場。冷えた風が僕の知らない出口から届く。軍服に包んだアンフェミアと進む。車は一台もない。 

 簡素な入口から建物に入る。何かの研究室だろうか。コンクリートに囲まれた廊下。無駄に高い天井は革靴の音に威圧を乗せる。むき出しの配管と吊られた蛍光灯。僕の上半身しか照らせない。 

 十字路と出会うがただひたすらにまっすぐ進むだけだった。 

「カズ」反響するジュリアの声。 

「なんだい」 

「気分はどう」 

「最高さ」 

「寄り道しよっか」 

「いいよ」けだるそうな僕の声を彼女はどのように受けとったのだろう。 

 アンフェミアは次の十字路を左に曲がった。

 僕も曲がる。アンフェミアが待っていた。 

「君から逃げたりなんてしないよ」 

「大丈夫だよ。目的地は変わらない」 

「そう」 

「背筋を伸ばして」 

「はい」 

「緊張しないで」アンフェミアがドアノブに手をかける。 

「もちろん」 

「今度は手で開けるからね」 

「え?」 

『ゴっと』重い音がした。 

 吹き抜けから降りそそぐ暖色の光がえんじ色の絨毯を淡く照らす。茶褐の木材が柔らかく僕を迎えた。僕の右側に湾曲した階段が二階へと続く。まるで蝶の羽。 

 左手の二機の回転ドアがいつまでも回っている。僕らは従業員専用通路から出てきたのだ。誰もいないチケット売り場が目の前にある。 

 ここは劇場だ。小学校の社会見学以来だ。 

 そしてこの時代の建築物ではない。僕のいた世界の建物に近い。最大の機能美に最少の造形美を掛け合わせた産物。間接照明が奥まで行き届いている。光源のおかげで影がない。

 この社会では初めて見る建造物。僕はじっくりと建物を見ていた。 

「」僕は目を疑った。 

 この時代に回転扉はあったのかもしれない。ピントグラムだってもしかしたらあったのだろう。ただ階段の横にあるスロープ。三種類あるトイレ。地面に埋め込まれた点字ブロック。どれもこの時代にありえないのだ。文字通りの足手まといに構えるほど余裕がある国家ではない。そんな人間一人もみていない。いったい誰に対する配慮なのだ。 

 僕の生きていた場所に戻れたのかと、アンフェミアがいなければそう思っていた。 

 僕はとんでもないところに来ている。身の震えはどっちなのか。 

「カズ。行くよ」先に進んでいたアンフェミアが僕を呼んだ。 

 誰もいないのはなぜだ。スタッフすらいない。もう演目は始まっているのか。 

「ここは?」 

「箱物よ。興味あるの?」 

「すごくいいところだと思う。寄り道ありがとう」 

「いいのよ」 

「僕は何を死にここに来たの」 

「カズがしたいことをしなさい」 

「君を殺したい」 

「いいよ」ジュリアが自身に銃口を向けた銃を僕に差し出した。 

『カチャ』僕は彼女から銃を奪い取る。レバーを鳴らし銃弾を装填する。指に引き金をかけた。 

「様になってるじゃない」僕をあざ笑っているようだ。 

「君は何を知っている」 

「私は知らない」 

「彼は僕をどうしたいと?」 

「彼?えらく親しげね」 

「どうなんだ」 

「私は何も聞かされていない」僕は銃口を下げる。 

「そう」 

「殺さないの?」 

「殺したところで意味なんてないだろ」 

「いいえ。意味はある」 

「ないよ。一理もない。返すよ」僕はアンフェミアに銃を渡した。 

「カズが持ってて」 

「これを使うことが起きるのか」 

「知らない。カズが決めて」 

「一ついい?」僕は自然とアンフェミアに聞いた。 

「何?」 

「自殺するのはどんな時」 

「カズを守るときよ」 

「その時僕は君のために涙を流すよ」 

「ありがとう」無垢なアンフェミアの顔があった。 

 予定通りの感謝の言葉を僕は貰う。少し照れているのか何も言わずに歩い始めた。 

 奥に進む。長い、長い廊下。片面が全面ガラス張り。雪で白い庭から太陽光が反射してまぶしい。ガラスの反対側の壁には絵画が飾られている。何十枚もあった。 

 絵画は印象的なものだった。家畜たちは支配者に搾取されている。その支配から抜け出すために支配者を追い出す。幸せに暮らす動物たち。その動物の中から支配者が生まれた。家畜たちはまた劣悪な環境で 暮らしている。再び支配者を家畜が追い出す。描き方は違うがそれが何枚も繰り返し飾られている。しつこいほどに繰り替えされている。 

 何もない白い雪景色が近くの針葉樹林まで続いている。絨毯に書かれた上矢印に千三十二の番号が書かれている。部屋番号に見えるがきっと違う。アナウンスにはこの番号しかない。それが目的の場所なのだろう。 

 死刑台への道か、栄転への道か。どちらの可能性もある。受け入れる準備はある。首をくくろうとも幸せを押し付けられてもすべて受け止めるつもりもある。反逆の腹積もりはない。もうそんな概算も立てられない。 

 毛並みの長い絨毯に僕らの足跡がつく。振り返る。均等にまっすぐ付く小さな足跡。それを散らす不均等の僕の足跡。 

 僕は姿勢を正した。それでも変わらなかった。

ご覧いただきありがとうございました。

この物語は完結済みのため、添削でき次第投稿します。

次回も皆様とお会いできるのを楽しみにしております!

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