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軍人の演説 捕虜への憎悪解放


 トラックの後ろに貨物列車のように箱型の物が牽引されている。箱には戦闘機につけられていたエンブレムが入った大きな布がかぶせられている。箱は全部で七つ。

 トラックの運転手がトラックの上に乗った。黒の軍服を着た男はチューバのような拡声器を背負って話し始めた。

『親愛なる帝国市民の諸君―我が軍は今もなお戦場を跋扈し―敵をなぎ倒し勝利へと進んでいる―

 今―敵国エカチェリーナが大陸を蹂躙しているのは巨大な国家ゆえであるのは周知のとおり―我々の軍事力はエカチェリーナの十分の一以下―にもかかわらず今日まで戦い抜いてこられたのはなぜか?―この戦争が正しいからだ』

羨望のまなざしで男を見上げる市民たち。誰もが疑わずに聞き入るその姿勢に恐怖した。

この演説を聞いている人間が同じ顔をして聞いている。僕一人だけが取り残されている。

心拍数が上がってゆく。ただ不思議な気分だ。不安なのか高揚なのかわからない。知らない感覚が体を流れている。

僕は改めて他人の体であることを理解した。

軍服の男は合図をして額を包帯で巻き、額の半分を布で吊った少女をトラックの上に持ち上げる。

『彼女は―先の爆撃により親と兄弟そして左目を失った―か弱き少女が傷つく様を見て極悪非道なエカチェリーナを許すことができるか?否―断じて許されることではない―この怒りも悲しみも力に変えてエカチェリーナに晴らすのだ!』

 軍人が市民へ合いの手を要求する掛け声をしても誰も何も言わない。敵国への憎悪と、少女に同情する聞こえない声が広場に満ちている。まるで餌を前にした従順な猟犬のようだ。よだれを垂らしながら何かを今か今かと待っている。

 男は合図を後ろに牽引していた箱のエンブレムが入った布を取らせた。とても簡素な檻。鉄格子の感覚もとても広い。簡単に抜け出せる。

 入っていたのは人間、それも細く小さい人間だ。手錠は…たぶんない。足かせも見えない。

『今ここにエカチェリーナ捕虜がいる―少年少女たちだ―彼らは生まれた場所と信じるものを誤った―

我々選ばれた者の裁きを経て彼らは我々と対等になれるだろう―我々が正すのだ―先導するのは選ばれた者の責務である―これはウィンストンの意志である―

 繰り返す―これはウィンストンの意志である―

 奮い立て国民よ!―ウィンストンはすぐそばにいるぞ!』

『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ』

 男の声に聞き入っていた人々は問いかけに対して各々最大限の声量で答えた。皆の鼓膜には自分の声しか聞こえていない。

 僕自身もアンフェミアと同様に声をあげていた。無意識のうちに声帯が震えていた。僕自身が起こしたのではない。脊髄反射のようにこの体の底から湧き出たのだ。

僕の中に何かがある。僕の意志で動かない部分が確かにある。ただそれは僕のほうから干渉できないだけで、向こうからは浸食できる。

『これはお前のものではない。返せ!』そう言われているみたいだ。

僕は今まで僕が考えた行動と理論で体を動かしてきたはずなのに。本当はこの体の持ち主が考えたことなのでは?気障なセリフもアンフェミアの赤面した表情にときめいたのも、僕の感情なのか?

僕は本当に吾鬘友一なのか?

額から出た脂汗が前髪をおでこに張り付ける。市民の怒声は確かに響いているはずなのに、心臓の音と、無駄に出ている唾液を飲み込む喉の音がやたらと耳に突き刺さる。

 男は続けて国民の闘争心を煽る演説を続ける。

『準備はよいか?』

 目の前に差し出された犬にかける言葉のように、優しく市民に問いかけた。

『さぁ―彼らに裁きを!』

 人がぞろぞろと動いている。と思えば大蛇のように複数の隊列を組み始めた。何か順番があるものがある。何かを待っている彼らはぶつぶつ独り言のように何かを唱える。あの形相。恨み言であるのは間違いない。

 隊列の先頭に目をやる。牢屋の前。男が深く息を吸う。

『qwrq背wrxr・:qv。q@おtqぃpqwろjcqw@ヴぉ位hqrwぃオgqwxろwqzrン背wgンcwン8w背hンqん上qhwmぃエwqjxchれw自qc下rcくぃggrhのへwq字jkぃ終えqpwん資源pくぇwぅオペwqcpyrんヴqとぇんぉwptンqwgyvfctrdぇⅮ6ftgyvcfrぇⅮ56fg7府8んh8j9個0三うytgvcfるy6fgyvfcrdftgyvfcdれftgyvcftrgyvcfrdfぎゅbhvhじおmpkんじゅいhぎょf7いつ6rで5rtgyふじbyvつf67g8ふbyvtgfgygftfgytfgtぎぃ』

 男だけではない。七つの罵声が聞こえる。七つの罵声以外は何も聞こえない。

 捕虜の目の前で叫ぶもの。呪詛のように唱えるもの。あの男は自分の指を逆向きに折りながら叫んでいた。老人は杖を檻にたたきながら必死で叫んでいる。

多種多様な叫び方。それを同じ顔で少年少女は聞いていた。いいや。聞いてもいないだろう。生きているのさえわからない。

 なんだか葬式のように見える。形を変えた焼香なのか。異様だ。

 順番が次に入れ替わる。遊園地のアトラクションのようだ。人が変わったように少年少女に向け叫ぶ。また次へ、また次へ。

 時間経過とともに僕の震えは増すばかり。誰も少年少女たちに危害を加えないのだ。体を横にすれば簡単に入れる檻。横に軍人はいない。憎しみのままに殺せばいい。一発頸椎を蹴るだけで簡単に殺せる。家族や友人恋人が殺された報いを彼らで発散すればいいのに。

 民度が高いのか低いのかわからない。恐ろしい。彼らは人間なのか?どうなればこれほどの人間に憎しみを植え付け。目の前の敵を殺さないなんてことができるんだ?

 僕はこれをおかしいと思う。敵国で生まれただけの少年少女たちにこんな仕打ちは間違っている。栄養失調気味の体に強い罵詈雑言を浴びせられていいはずがない。こんな戦争犯罪許されていいはずがない。

僕が主人公なんだ。声を出して止めるべきだと思う。そのためにここに連れてこられたんだ。

転生という特別な機会を与えられた恵まれた人間。特別だからこそ変える責務があると思う。誰かが虐げられていたら手を差し伸べる昔あこがれたスーパーヒーローに僕はなるんだ。

 しかし僕に強烈に降りかかる疎外感。割り込んだら確実に殺される予感。

あの子供たちはそういう道具なのだと理解して良心を殺さないといけない同調圧力が金縛りのように僕を止める。

 罵詈雑言を吐きだした老人を見た。枯れそうな老人の背は曲がり、年季の入った杖が歩くことを支えている。その顔を見た。何もなかった。勝ったことのうれしさも、少年少女で解消させる憤りも、老化を煩わしくそるそぶりも何もないのだ。さっきまで入れ歯が取れそうなほど叫んでいたはずなのに。

あの顔が恐ろしい。賢者タイムとも違うあの顔。満足感も倦怠感もない。何もない。牢屋の少年少女と同じ顔をしていた。

「これはなんだい?」思わず口から出てしまった。理解できない不安は僕の口をふさげなかった。

 はっとした。とっさに出た口を手でふさぐ。

「カズ。」

冷たい声が横から刺さる。眼球をアンフェミアへと動かした。

「何って?帝国国民の義務じゃない」

「」

言葉が出なかった僕の前に彼女は来た。

まっすぐ僕は見られている。アンフェミアは僕の頭に手を伸ばして抱き寄せた。

 ジュリアは僕に耳を近づけて言った。

「そうね。私もこんなことおかしいと思うの」アンフェミアは淡々とした声で僕にささやいた。

「どうゆうこと?」

「静かに。ほかの人に聞かれてでもしたら殺されるわ」

「そうなの?」

「ええ、そうよ」

「君もこれをおかしいと思うのかい?」

「こんなのおかしい以外の何物でもないわ」

「そうだよね」僕はアンフェミアの言葉で全身が緩んだ。

「貴方もこっち側の人間だったのね。良かった、身近な場所に仲間がいて」

「あぁ、安心して。もう僕が一緒さ」僕も彼女を抱きしめた。一人じゃなかった。意味不明で泥戦渡河な社会に味方がいて本当に良かった。

 こうやって始まる物語なのか。最初の数年は彼女とともにこの状況を変える冒険をするんだな。アンフェミアがいればどんなことでもできる気がした。

「そうね。なら早くここを出たいところだけど途中で抜け出すのは怪しまれるわよね」

「そうだな。どうする」

「後ろの壁でも眺めて時間をつぶしましょう。向こうにはエカチェリーナがあるから怒っている顔をしていれば問題はないわ」

「それでいいのかい?」

「もちろん。怒りが捕虜たちで解消できなければエカチェリーナに向かうのは当然じゃない」

「そうだね」

僕は彼女を離して後ろを向いた。自分と同じ考えの人がいて本当に良かった。

 建物の壁に大きく書かれた男の顔。そしてスプレーの赤い色の文字。意味の解らない文字列から目をそらしてことが終わるのを待つ。

『パきっ』何か重いものが落ちた音が聞こえる。

「…?」

急に苦しい。辛い。痛い。体が急にのぼせたような、体に妙な浮遊感。

意味わからぬまま目を開いた。

 世界が反転している。青空が下で市民が上にいた。顎の下に当たる太陽光が痛い。

ちがう。光なんかじゃない。 

 首に何かある。背中が温かい。両手で首を絞める何かを引きはがそうにも肉にめり込んだ細い物はびくりともしない。皮膚を裂くように抉っても指一本も入らない。

 口の中であふれる唾液が飲み込めず垂れている。

 首と目をできるだけ横を向けた。

 アンフェミアは背中合わせで僕を背負いあげ、ベルトで僕の首を絞めていた。

「あなた裏切り者でしょ」

「ぅう。え?」

「」

「あ、、…ああ?」

 床に伏せた老人と目が合う。あの暴言を吐いていた老人だ。口も目も開ききった老人。背中と顔が空を見ている。

「ウィンストンは見ているの」

「ぅうぐ…」

 指に自分の血が付くほどベルトの間を作ろうとしているが、指がうまく動かない。

体をねじってもよじってもアンフェミアの背中からは逃れられなかった。

反抗する体力も心もすぐになくなった。遠のく意識の中。アンフェミア、いや全市民がつぶやいている。

『ウィーンストン。ウィーンストン。ウィーンストン。ウィーンストン』

 起伏のない声で繰り返される声は遠のく意識の中でもはっきりと聞こえていた。



ご覧いただきありがとうございました。

この物語は完結済みのため、添削でき次第投稿します。

次回も皆様とお会いできるのを楽しみにしております!

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