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カズの選択

 小さなビルの七階。

 長い階段も今の僕は気にならない。踊り場で踊っても元気でいられる。部屋のノイアーが立っていた。 

「早いな。カズ」 

「ボタンはどこにある」 

「こっちだ」 

「」 

「その血はどうしたんだ」 

「ボタンはどこにある」 

「押してくれるんだな」 

「当たり前だろう。ウィンストンの命令だ」ようやく扉を開けた。 

「準備はできている」 

「早くしてくれ」 

「これを押せば特殊弾頭が目標へと発射され。散布がかいしされ…」

「どけ」映画でよく見るT字型のレバーを下に押した。 

 スイッチの軽さに驚いた。綿菓子をつぶしているようだ。 

『ポンっ』軽い爆発音がした。大量の花火が斜めに上がったようだった。 

「おい。マスクを! 

「まだ準備できていない! 

「下の階にある!

「まだここに来ない? 

「全員分あるのか? 

「全部試作ですよ。予定外です 

「つべこべ言うな!死にたいのか! 

「想定範囲外だろ…問題ないはず 

 周りが慌ただしい。こんなにも人がいたとは知らなかった。 

「落ち着け。着弾からここまでガスが来るのに十分時間はある」 

「そうだ。まずは情報を集めろ」二つの低い男の声がフロアに響いた。 

「A地点着弾を確認 

「B地点散布開始しました。被害範囲は想定よりも拡大する可能性あり 

「おめでとう。よくやった」 

「君は特別な仕事をしたんだ。おめでとう」 

 勲章をジャラジャラとつけた声の低い男たちが手をたたく。つられるように皆が手をたたいた。クレッシェンドの拍手は僕に向けられたもの。 

 スイッチを押しただけで簡単に褒められている。僕は胸を張って敬礼をした。 

 拍手はすべて僕の仕事に対しての評価だ。俺は自然と笑顔になる。他人の幸せを壊すことが楽しい。この快楽を味わうためにあんなにも残酷な事象を経験させたんだといわれても納得してしまいそうだ。 

 部屋の空気が澱んだ。この空間が俺にとってそぐわない場所だと僕が言っている。僕は興奮している。だから背中に汗が滲んでいるんだ。 

「町を見てきます」 

 誰もが僕を見た。奇行を見る目だ。 

 特異なことだろう。馬鹿なことだろう。おかしなことだろう。ただその異質なものを見る目は俺の心を大きくさせている。承認欲求からくるものなのか。違う。もともとあった残虐性の原点なのだ。俺は初めから非道だ。自分の欲求のために簡単に人を殺せる。そんな自分が誇らしい。これが僕が欲しかった特別なのだ。僕は誰とも違う。僕は誰よりも特別。そんな自分を見てほしくてたまらない。その目で僕を見てほしい。異端な僕を平凡なお前らが見上げるように見てほしい。君たちとは違うことは今すぐにでもいつでも証明できるのだから。 

「危険だ。行くのなら下に防護服がある」ノイヤーだけが僕のために動いてくれた。 

「ありがとう。ノイアー」 

 薄暗い廊下。窓はない。ちかちか。コンコンと靴の二つの音が響く。急に歌いだしたくなる気分。今すぐ踊りたい。歩いているだけでは気が滅入る。この空間を切り裂きたい。 

「どうして町を見ようとするんだ?」ノイアーが僕の欲望を止めた。 

「見てみたいんだ」 

「俺にはわからないよ」 

「だろうね」 

 

 シャカシャカと歩くたびに鳴る防護服が外の世界への期待値を上げる。体が思うように動かせない。それがかえって安心を僕に与える。あとはガスマスクをつけるだけ。ノイアーが話しかけてくる。 

「タバコ吸うか?」僕に一本差しだした。 

「いらないよ」 

「わかった」ノイアーはそういうと口にタバコを咥える。そして僕にガスマスクをつけ始めた。 

「きついか?」 

「まぁな。ちょうどいい」 

「お前といるとタバコの使用量が増える」 

「どういう意味だ?」 

「あっち向け」 

「」 

「これでどうだ」そう言って咥えたタバコに火をつける。 

「タバコのにおいもしないぞ。完璧だ」 

「フィルターは試験品だ。三十分ほどしか持たないらしい。命の保証はない」 

「初めてなのか」 

 早くしてくれ。僕が求めていたものを誰かに取られたらどうするんだ。 

「あぁ。カズが初めてだ」 

「いいのか?初めてが俺で」 

「誰もやりたがらない。カズしか手を上げない」 

「」誰もやりたがらないというのか。なんでだ?普通の人間の考えることはわからない。 

「服雑にしないでくれよ。栄転場所に行けなくなるぞ」 

「わかってる。じゃあな」 

 

 

 ガスマスクの締め付けが心地いい。息の排気音がかっこいい。ただ動きづらい。関節の可動域を減らされている。急ぐ気持ちを防護服が抑えてくれている。少し曇るマスクには低評価。景色をみればすぐに覆る。 

 僕はビルの扉を開けた。僕は目を凝らす。 

 僕が思った通りの世界だ。ガスマスクの締め付けが僕のこめかみを強く抑える。ドクドクと血が流れている。

 ここはまるで俺のための世界だ。 

 隅っこで小さくなる人間。地面に這いつくばりながら泡を吹く人間。それを看病する人間。あ、倒れた。きっとガスにやられたのだ。安全がわからない人間は不安の侵され、落ち着きなく道路を走る。渋滞で止まった車。飛んでくる罵声。火事場泥棒。ぐちゃぐちゃの店。割られていない窓ガラスを探すほうが難しい。ルールが崩壊したこの状況を僕は笑った。誰にも見えていない。安全なガスマスクの下が笑顔になってしまう。 

 町に統制はない。普段は厳格な人間たちもわが身の可愛さにすべてを投げ捨てていた。よかった。彼らは僕とは全然違った。自然と呼吸が落ち着く。 

 死体の数が増える。僕の歩幅も大きくなる。厚い防護服を貫通する悲鳴が心地よい。僕のおかげでその声を出せていることに感謝してほしい。咳が苦しいか?新鮮な空気のありがたみが知れてよかったね。体で表現するばかりで干からびた喉から音は出ないらしい。命乞いも遺言も残せずに死んでゆく。それでいいのだ。恐怖を切望している。それ以外は私の仕事だ。平凡には必要ないものだ。 

 若い医者が救急箱を両脇に、一つ背負って駆け抜ける。白衣一つで風上へと走っている。あぁ。病院で話した新人の医者だ。優秀な人間が死ぬのはつらいな。僕は止めたい。でも彼は僕を見ることなく走っていった。立派なことだ。患者に寄り添うことを選んだのだ。

 僕はその決断を評価する。誇りで飯は食えずとも人生に飽くことはない。 

 走る医者に導かれるように後を追う。 

 新人の医者が地面に倒れていた。空になった応急箱が落ちている。蓋と箱が別々に転がっている。 

 不愉快だ。 

「おい。俺のだ 

「いいえ。私よ 

「いいや。俺だ 

「薬をよこせ 

 人が群がる。動かなくなった医者は頭から血を流していた。馬鹿どもが必死に薬を探している。見つけたところで使い方がわかるものか。 

 風よ吹け。僕は心の底から願う。風が僕の体の動きを遮る。 

 複数人がその場に倒れる。痙攣が止まらない。失禁する人間もいる。 

 その人間から逃げるように皆逃げる。人を押しのけながら逃げている。また人が倒れる。 

 ガスマスクが苦しくてうまく笑えない。滑稽すぎて倒れそうだ。 

 僕は風上へと歩く。先陣を切っていることがとても悲しい。 

 這いつくばった死体が増えた。ガス弾頭が転がっている。僕はそれを風下に蹴り上げる。カランコロン。悲鳴が聞こえた。空になった弾頭から彼らは何が見えているのだろう。

 知らない恐怖。見えない死がそこにある。僕のいけない世界に旅立つ彼らがうらやましい。

 僕は笑って彼らを見ていられる。自暴自棄と優越の間。安全に身を包まれている。ただ底から先には行けない。 

 もう商店街だ。噴水が見える。町はどんよりと湿っていた。地面も倒れている人の服も濡れている。 

 僕はアンフェミアと座ったベンチから町を見た。不幸せがない商店街。もう悲鳴も聞こえない。クラクションも聞こえない。雑踏はない。洗練された町。 

「」 

 いい世界になった。それはとても良いことだ。大丈夫だ。必要な犠牲だ。何か問題でもあるのか?僕がやらずとも誰かがやらないといけないことじゃないか。たまたま僕に順番が来ただけだ。 

 きれいな街を見て心が満たす。 

 理想の自分に慣れたのだ。特別で誰かに必要とされている。普通な人間を見下ろせる。

 素晴らしい場所だ。念願の夢がかなった。 

「  」 

 さぁ。帰ろう。凱旋ほどではないが歓迎はしてくれるだろう。栄転場所を聞かなくては。僕は立ち上がる。 

 ゴミ掃除という底辺職を任されても大らかな心を持っている僕には約束された賛辞がある。浄化された空気で胸が膨れる。フィルターの時間なんてお構いなしに息を吸っている。

 忠誠心からなる安心が僕をそうさせるのだ。ウィンストンに感謝してやってもいい。  

 最後に彼女たちにあいさつでもしよう。僕が特別になれた存在に手を合わせたくなった。君たちは必要な犠牲だった。人間は生きるために何かを殺さないといけない。前の僕は殺される側だった。殺されないように逃げた。立場が変わっただけなんだ。今までの死だって意味のある事だった。 

 路地を進む。割れた鉢。壊れた柵。這いつくばる人間。狭い路地。伸びた猫。 

 少女がうつぶせで倒れている。泥が跳ね、背中に強く靴の跡がついた服。右ひじが逆に曲がり、その手には押し花のようにつぶれた泥だらけの花がある。頭に靴底からとれた湿った土がついている。デブリアよりも小さい少女。少し離れたところに黒く汚れたぬいぐるみが落ちている。 

 少し心が痛くなる。いいや。虚勢だ。悲しいと素直に思う。ひどいことをしたと現実に引き戻される。 こんな死体いくらでも転がっているだろうに。ただ必要な掃除だった。 

 このぬいぐるみに見覚えがあったのだ。 

「…」 

 この子を僕は知っている。 

 遠くからサイレンが聞こえる。心拍性が上がる。違う。あの子じゃない。 

 俺は少女に手を伸ばした。田舎道にある石をひっくり返すみたいに。俺は少女の肩に触れた。 

  顔まで覚えていない。同じぬいぐるみを持っているだけだ。違う。もうここで終わりにするべきだ。わかっている。知る覚悟なんてない。けれど知りたいのだ。 

「  」

 病院で見た少女だった。

泣いていた少女はきっと母親と同じ場所に行けて幸せなのだ。僕はその手伝いをした。素晴らしい善行だ。何も心に留めておく必要はない。 

 ただ目に入った。手に紙が握られている。僕はそれを見てしまった。もうそうするしかないのだ。 

 僕は紙に手を伸ばす。厚い僕の手が小さな手を触れる。ガスマスクの内側。結露が増えてくる。

『お母さんへ。 

 私は一人でも大丈夫だよ。  だから心配しないで。 

 もう泣き虫の私じゃないの。 

 強くなります。 

 だから安心してね。』 

 なぜ。私はこの紙が読めるのだ。知らない文字なのに意味が伝わる。なぜだ。理解したくないのに理解している。僕は手紙を反射で捨てた。しわくちゃな紙の端からどんよりと濡れ始める。 

 母親との決別だ。一人で生きることを決めた手紙だ。何度も書き直した後がわかる。鉛筆の文字が滲んでいるのもわかる。懸命さと必死さを、生きていたかったことがわかってしまう。この手紙は遺書になった。この結果は少女の希望のものではない。 

 僕は逃げ出した。曇るマスクはまともに前も見えない。ぶつかってもなりふり構わずに逃げる。 

「僕のせいじゃない」 

 僕は路地から逃げた。ガスマスクが曇る。 

 ジュリアやデブリア、アンフェミアが死んだ理由が欲しかったんだ。彼女たちの死に価値を与えたかった。無残な死に理由をつけてあげたかった。僕にしかできないと思った。 

 全部いいわけだ。でもしょうがないじゃないか。 

 重い体では走るのは続かない。まともに逃げることもできない。 

 僕が死んだときも何かの意味があってほしかった。それは生きていた理由になるから。でもなかった。意味がないのは怖い。今までのことが全部無駄になるのが怖い。 

 僕は三人の死は悲しかったしうれしかった。仲間はずれにはなったけれど、社会に入る口実ができた。誰かに認めてもらえる可能性が出たんだ。誰かのためになれる気がしたんだ。 

 どうかしていた。それがこの惨状だ。テロリストだ。いたいけな少女を殺したのだ。 

 懺悔を列挙した。謝罪の言葉すら憚れることに気が付いた。 

「ごめんなさい。全部僕のせいだ」 

 それでも言葉にしないと僕が耐えられなかった。 

 そうやって許されようとしている。頭の中で整理して言い訳を探している。自分が苦しかっただけで大量の人間を不幸へと道連れにした。全部自分が巻いた種なのに。でもしょうがないじゃないか。 

「」 

 僕はマスクをとった。苦しい。少し心が軽くなる。 

 ひどい世界だ。僕以上に不幸な人間はもういない。

 少しだけ世界が暗くなる。噴水に出る。水が下に落ちる音。それと悲鳴が聞こえる。いいや幻聴だ。みな地面に伏せて死んでいる。持っているマスクを噴水に投げた。 

 足が重い。呼吸が浅くなる。 

 俺は何をしているのだろう。僕がいけないのか。俺がいけないのか。僕の責任は僕がとればいい。俺がとる必要はない。じゃあカズは。カズはどっちだ。私は誰なんだ。私はどれなんだ。どれが俺で。あれが僕なのか。 

 自分は誰なんだろうか。何のために生きているのか。 

 それでも僕の足は自然とあの家に向かう。 

 身の丈に合わない希望を夢見ながら僕は歩く。 

わからない。 

 僕は何がしたかったんだろう。心機一転して何をなしたかったのだろう。こんな風に逃げたかったのか。違う。抗いたかったのだ。俺はもっとできるんだ。それがこれだ。 

 僕が仕出かしたこと。この大惨事は僕の死で科したことになるだろうか。 

 もう何も考えたくない。 

 さっきの僕が捨てたマスケット銃を手に取る。倒れた扉を踏み家に入る。 

 少女たちは変わらずそこにいた。倦怠感に飲み込まれようとしている。 

 椅子に座る。僕のマグカップとワインが割れている。 

 口に銃口を押し込んだ。引き金は軽い。僕の罪の重さに比べれば軽い。もう何もしたくない。この引き金が僕の能動的な行動の最後にてくれ。逃げるのも大変なんだ。これは救いではない。ひどい人生だった。遺言はこれで確定してくれ。 

 もう生きたくない。殺してくれ。僕は引き金を  


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