カズ決断前 アンフェミアとの会話
寒い更衣室に長居する必要はない。
着なれない軍服を脱いだ。ビジネススーツに着替える。ネクタイの感覚に安心してしまう。
軍服を紙袋に入れ帰路に就く。豊作省の外にノイアーがいた。僕を待っていた。
玄関前のロータリーはきれいに除雪してある。動かしたのではなく消えたかのようだ。
「カズ。あと四時間後だ。必ず来るように」軍服のままのノイアーが僕に声をかける。
「あぁ。先に失礼するよ」
「これからどうするんだ?」
「街を見てこようと思う」
「物好きだな」
「自分が壊す風景を見るのはおかしいか?」
左右をちらっと見るノイアー。僕は軽率だった。
「そんな奴聞いたことないぞ」
「そうか」
「そんなに好きな仕事だったのか?運転手から聞いたぞ」
「そうだな。ちょうどよかったんだ」
「お前が行く場所はきっと素晴らしい場所だ。俺はいないけどな」
「そういえば。最期の仕事なのか?」ノイアーに聞いた。
「同期への引き継ぎが最後の仕事だ」
「俺一人か?」
「俺も行く。あと勝利省のお偉いさんが来る。失礼の無いようにな。台無しにするなよ」
「わかっているよ」
「ネクタイ。曲がっているぞ」
「ありがとう」
「先に行く」
「じゃあな」
背中に視線を感じる。ノイアーだけではない。僕は信用されていないことが良くわかる。あいつは僕を消したいんじゃない。僕を生かそうとしている。その気持ちだけで大量殺人をしても良いのではと思ってしまう。それが奴の策略ならいいのに。
ちょうどよくバスが来た。目の前でブザーの音とドアが開く。
「」
ブザーが鳴った。バスのドアはばたんと閉まる。バスは僕を押してどこかに行った。
バスの最後尾の窓から僕を見る人。目をそらされる。
歩いて向かおう。人間は考える葦だと聞いたことがある。町に着くころには答えが出ているだろう。
歩道のアスファルトがレンガに変わる。皆元気に歩いている。というか歩いている人しかいない。車いすも松葉づえもない。そもそもみんな五体満足だ。今までずっとそうだった。僕は不思議がる。ポスターの男と目が合う。
あの時のトリアージを思い出す。判断していた軍医の服の色を思い出す。少し納得した。
下を向いて歩いていると前から声がする。
「カズ?」
「久しぶり。アンフェミア」仕事終わりだろうか。カジュアルな服装の彼女がいた。
「元気少ないね?」
「そう?僕は元気だよ」
「嘘つき」
「 」僕を貫く言葉に表情が固まる。
「そんなに驚くことないじゃん」
「そうだね」
「ネクタイ。ちゃんとしなきゃ」アンフェミアがネクタイの結び目を調節していた。
「ありがと」
「大人になったみたい」腕章がぷかぷかとアンフェミアの細い腕で揺れる。
「そう…かな」
「そうだよ。良かった」
「年を取ったんだ。良いだけじゃないよ」
「ううん。違うと思うよ」
「そんなことないよ」
「時間ある?あそこに座らない?」
案内されたのは噴水の近くのベンチ。ちょろちょろと出ている噴水を背に僕らは座った。
僕らの座るベンチだけ建物の影の中。正直寒い。僕らは寄せ合うように座っている。「廃工場でかくれんぼしたの覚えてる?」アンフェミアが僕に問いかけた。
「どうだろう」
「真っ暗な倉庫に隠れた私が出られなくなって助けに来てくれた話よ」
「そうだっけ」
「もう出れないかと思ったもん。負けたくないから絶対に出て行かなくて気が付いたら暗くなっててさ、出口がどこかに行っちゃったと思ってたもん。でカズが来てくれたの」
「…」
「壁をドンドンって叩いたり、大きな声で叫んでも反響するのが私の音だけだったの。それが怖くて泣いていた。心細かったのよ。カズが明かりをもって傷だらけで来たときも泣
いてたけどね」
「なんでその話を?」共有できない話を強引に区切るようにアンフェミアに聞いた。
「はなしたくなったのよ。聞いてほしいわけじゃないわ」
「それは誰に?」自分の結末がチラチラと見えてくるこの状況。自分の嘘の理由を正当化したい。罰せられたい。別のルートへ飛んでいきたい。そんな思いに駆られてしまう。
「カズによ」
「…それはどっちの?」懺悔をするなら今だろうと放った言葉。案外簡単に帰ってきた。
「貴方よ」
「僕は君の知っている僕ではないよ」
「知ってる」
顔色一つ変えずに淡々と話すアンフェミア。
「どうして」
「昔話をする理由が知りたいの?私があなたの嘘に騙された理由が知りたいの?」
「 」
「阿保な顔だね」からかうように笑ったアンフェミア。
「教えてくれと言ったら教えてくれるのか?」
「いいわ。私とカズの仲だもの」
「どんなさ」
「恋人よ」
「上辺で嘘じゃないか」
「いいえ。カズは私を好き。私がカズを好きなのは嘘じゃない。それは愛でしょう」
「意味が解らない」
「あなたの嘘は私のためだもの。私を想っての行動。それを愛だとカズは思わない?」
「…」
「だからカズが私のことをどう思っているかなんて野暮なこと聞かないのよ」
「素敵な人だよ」
「意外。そんなこと言わないと思ってた」
「出会った時言ったじゃないか」
「いつ?」
「あれ?違うかもしれない」
「…でも好きではないのね」
「わからないんだ。頭と体がちゃんとつながらないんだ」
「…それも嘘?」
「これは嘘じゃない」
アンフェミアは僕の頭を寄せ、唇にキスをした。
「カズの嘘はアンフェミアだけの物よ」
「 」
「わかった?」黙っている僕にもう聞き直した。
「わかった」
「忘れたとは言わせないよ」
「うん」
「じゃあねカズ。また遊ぼうね」
そういってアンフェミアは町に消えた。
彼女の匂いが胸の近くに残る。そこにあった今までの葛藤はなくなっていた。
実行してしまえば一人になると思っていたけれどアンフェミアはそばにいてくれる。
あの固い意志もアンフェミアのためなら簡単に曲げられる。そもそも特別なんてわけがわからないものに、あそこまでこだわる理由もないじゃないか。彼女なら自分を愛してくれる気がしている。なんとなくの幻想を超えるほどの幸福が実感できそうだ。
僕は町を見渡した。
猫を追い回していじめている子ども。歩きたばこをして通行人に煙たがれる男。信号のない道路で運転手同士が言い合いをし、後ろの車から聞こえるクラクション。二階の窓からごみを捨てている。ぽちゃんと空きビンを噴水に投げ入れている。
なぜだろう。汚い場所に見える。とりあえずと軽い気持ちで一掃してしまいたい。
今ならすべて壊しても心は痛まない。すがすがしい気持ちで破壊されたこの場所を受け入れられる。人間の痕跡も恐怖を植え付けられた動物も殺したくなる。
汚い街の中にある紅一点。あの家と彼女だけは壊したくない。この思いは意外と堅い。
僕は彼女に会いたい。とにかく話したい。何か良い方向に変わって欲しい。
何回も嫌な予想をしてしまう。今はとにかく良い方向へと盲信したい。
真っ黒な雲を見る。僕の先行きだ。暗示ではないのだろう。
僕は知っている。彼女との話を終えても何も変わらない。彼女との最後くらい幸せでありたい。僕の未来は太陽と同じく、いまだに見えない。




