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ジュリアとの約束 

 豊作省についたころには退社時間を過ぎていた。扉のすりガラスが小さな光を乱反射している。

「戻りました」

「ご苦労様。どうだった?」書類に記入をしていた課長がメガネを外して目を抑えた。

「特に変わったことは何もありませんでした」

「そうか。遅くまで悪かったな」

「いえ。工場は大変興味深かったものですから」

「工場長はどうだった?」

「良い人でした」

「昔の友人なんだ」

「課長が訪問されたほうがよかったのでは?」

「いいんだ。彼は私のことを死んだと思っている」

「そうなんですか」

「彼は優秀過ぎた。すごい人間だった。これだってあいつがいなければ導入してなかったよ。本当にすごいやつだった憧れていたよ。同時に焦ってもいたな。羨ましかったんだ」パソコンを突いた。

「評価されるべきでは」

「ここでは評価されなかった。残念だがね」

「お会いにならないんですか?」

「見たら死んでしまうよ」

「?」

「君は目で見た真実を受け入れられるかい?」

「受け入れるも何もそれが本当ならそれ以外ないのでは?」

「そうだな。今日はご苦労様。工場での出来事は他言無用で」

「お疲れ様でした」

「施錠よろしく」

 課長は部屋を出た。

 僕はパソコンをつけた。


 残っていた仕事がようやく終わった。もう晩御飯の時間を過ぎる。電気を消して部屋を出た。外はもう真っ暗。ビルのライトはもう消えていた。町に人はいない。僕だけを照らす街灯が点々とついている。夜は静寂そのものだ。僕は自然と歩くのが早くなる。

 夕飯は外食にしよう。ここはがやがやとした飲み屋やレストランや商店がたくさんある。夕飯の時期がずれているからだろう、客も店もまばらだ。

 屋台が出ていた。紙コップに注がれる黄金色のスープが光に照らされ香りを纏う湯気が上がる。

 僕の右手には温かいスープがある。今日の夕飯はいつものお弁当にしよう。

 僕は我慢できずにスープを飲む。薄いコンソメが体にしみる。懐かしい温かさを感じた。味噌汁のような優しさを感じる。ただこの体で感じたことがあるはずなのだ。

 ジュリアだ。

 僕は思い出した。余計なことだと蓋をされた重大な問題を思い出した。ジュリアはどうなったんだ。お局は報告すると言っていた。それはどういうことなんだ。密告者として告発されるということなのか?逮捕なのか?それとも実刑を食らうのか。強制労働になってしまうのか。

 僕はアツアツのスープを飲み干した。食道には悪いと思っている。でも走った。



 僕は扉をノックした。そうだ、息を整えなくては。ノックをした後に気が付いた。彼女はどこか怒っていた。その理由も経緯もわからないのに僕は扉をたたいていた。

 静かにドアが開く。

「どちら様」

 錆びた蝶番の音の後ジュリアの声がした。

「生きてるならよかった」

「かず?どうしてここに」

「君が心配になったんだ」

「とにかく入って」僕の手をつかんで家の中に連れていかれる。

 靴を脱いでスリッパに履き替える。

「お邪魔します。妹は?」

「明日朝早いからもう寝たわ」

 弱い白熱電球が部屋の上半分を照らしている。

「あの後何かあったかい?」寝巻になっているジュリアに聞いた。

「仕事クビになった」ジュリアは椅子に座った。

「それだけ?」僕もテーブルをはさんでジュリアの正面に座る。

「大事件よ」

「そうなんだ…」

「職を失ったのは大したことじゃないの?」机に身を乗り出して僕の顔を覗き込む。

「捕まっているかもしれないと思った」

「あれくらいじゃそんなことにはならない」乗り出した身を戻して足を組むジュリア。

「僕をかばったせいだろう。本当にごめん」

「私がしたいことをしただけよ。あなたに気にする権利はないわ」

「工場に変化はあった?」

「工場長が変わって人員整理が入った。それで首になったんだけどね」

「あの事が原因じゃないの?」

「そうね。」

「僕が謝らなくてもいい?」

「そうよ。負い目なんてない」

「良かった」

「私のこと心配だったの?」

「もちろん。報告がどんなものなのか知らないからさ」

「水でいい?」

「ありがとう」

 ジュリアは棚からコップを出してじゃ口をひねる。

「デブリアはどうなの?」僕は後ろの扉を少し見てジュリアに尋ねた。

「どうって?」

「うまくなじめているの?」

「なんでそんなこと聞くのよ」

「話したくないならいいんだ。気になった」

「前よりは良くなってきている。やっぱりすぐには変わらないもの」

「そうか…」

「だからあなたはすごいわ」なみなみと入れられたコップが僕に出された。

「君だってそうじゃないか」

「私はあの国が嫌いだから。でもあの子はきっと違ったのよ」

「難しいね」

「そうね」

 僕の言葉に同町する彼女は姉ではなく母親のようだった。

「ねぇ」

「何?」

「あなたがいた国はどんなところなの?」

「どんなって…難しいな」

「あなたは暮らしやすかった?」

「ここよりはずっといいところだよ」

「そう。ステキね」

「工場に人間がいないのに製品が完成したり、遠くの人とも顔を見せながらコミュニケーションができる」

「すごいわね。信じられないわ」

「その代わり生きる以外が大変なところだよ」

「どういうこと?」

「みんな誰かと比べている。生きることも、生き方まで評価されている世界だよ」

「カズも?」

「うん。途中まではうまく行っていた。その後はもうだめだった。社会を拒絶したよ」

「そう。贅沢な人生ね」

「そうかな?」

「生きていなきゃ何もできないもの。他人を見れる余裕がうらやましいわ。自分だけで手いっぱい」

「そうだね。もったいない人生だ」

 僕は手に持ったカップでカズを見る。ジュリアの言葉を飲み込むのに躊躇している。僕は水を一口飲んだ。

「私もそこに行って見たい」

「え?」僕はジュリアを見る。

「私とデブリアで行きたい」

「なぜ?」

「仕事ないし、デブリアも…ね」

「そんな国はないよ」

「じゃああなたはどこから来たの?」

「それは…でもこの世界にはない。僕は空から来た、みたいなんだ」

「そんな冗談はいいのよ」ジュリアが机をたたいた。グラスの水が揺れる。

「本当なんだ。僕の国はこの世界のどこにもない」

「ならあなたはどうやって来たのよ」

「だから、気が付いたらいたんだよ」

「ねぇ。」

「嘘じゃない。本当だ。僕は帰れない。帰り方を知らないんだ」

 必死なジュリアは初めて見た。きっと何かあったのだ。工場での機嫌の悪さを考えればいいことではないだろう。のっぴきならない事情がある。

 そしてそうさせたのは僕だ。聞かせてはならない桃源郷の話に食いつかないわけがない。辛い現実から逃避させるシャングリラを探すのは当然だろう。

また同じことを繰り返していた。僕は学ばない。取り返しのつかないところで初めて気が付く。

「…」

 生気の薄れたジュリアの顔を見てしまった。僕は自然と口が動く。

「一緒に探してみないか」

「え?」

「僕がここに来られたことは事実。なら帰れるかもしれない」

「いいの?」

「おいしいご飯を食べさせてくれたし、いろいろ教えてくれた。その恩にはなるかな」

「返し過ぎよ」

「まだ見つかってもないけどね」

「でもここにきてから外の話なんて聞いたことないわ」

「あっちにいたころは?」

「噂程度の物よ」

「この国には?」

「そんな話聞いたことないわ」

「言葉が制限しているせいかな?」

「そうね。あなたお咎めはあったの?」

「なんの?」

「私をかばったことよ」

「余計なことだと釘を刺された。見逃されたのかもしれない。とにかく運がよかったよ」

「お互い強運ね」

「そのまま僕の国が見つかればいいけどね」

「きっとうまく行くわ」

「あぁ、がんばるよ」

「後さ、ごめんね」

「え?うん」

「その反応何?誤り損じゃない」

「僕は怒られているの?」

「そうよ」

「そう。なんかごめんね」

「許すわけないじゃない」ジュリアは笑う。

「わかった」

「じゃあまた」僕は家から出た。

 僕は薄暗い夜道を歩く。

 希望のない嘘はきっと僕を苦しめる。最悪な結果を想像しないといけない。でもあんな顔をされたら僕が傷つくしか無くなってしまう。

「   」

 逃げられない状況が心に負荷をかける。やりたい事としなければならない事との歯車がかみ合った。これが生きがいなのだろう。死なないのにそれを感じるのはもったいないというか。この丈に合った贅沢な気分だ。

 


 月が夜道を強く照らす。慣れた目は夜の闇を怖がらない。

 この時間に俊敏に動く何かがいる。僕は足を止め凝視する。

 男のくたびれた作業着が右往左往している。人も車も通らなくなった大通りの横で中年が煙草の吸殻を拾っている。町を美化する精神があるのに驚いた。そして自分の持っていた先入観を恥じた。

男は街灯の元。建物の壁にもたれた。ポケットから吸い殻を出してまだ燃えていない部分を取り出して落ちていたレンガに乗せる。

 ポケットに入っていた新聞紙にくるんで外したフィルターを一緒に巻いた。

 ジュ  ジュ  ジュ

 もうオイルがないのだろう。火打石で明るくなるだけだった。彼の行動を少し残念がるのは僕が満たされているからだろう。彼の行動は決して非難されるべきではない。僕が希望を押し付けていただけだ。

「   」

 ジュポ。僕は男の前で火をつける。

 男は火に顔を近づけ加えた煙草に火をつける。

「」工場長からもらったライターの火を差し上げた。

「」その火を吸い込むように煙草に火をつけた。

「どうも」優しく中年が微笑んだ。

「差し上げます」

「…ありがとうございます」彼は不思議そうに受け取った。

 僕は家路に戻る。中年が小さくなる。後ろを向きたくなった。

 幸せそうに煙を吐いていた。

「    」

 僕は男を馬鹿にした。いいや。僕が化かされた。

 将来のことを何も考えていないかわいそうな人間。そんなものに頼らないと生きていけない人間。僕は未来がある。はずだ。

 僕に未来はあるのか。僕は特別なのか。担保されていない妄言が前提の僕。急な不安が余計なことを考えてしまう。

 働く嘘つきとシケモク漁りのどちらが幸せなのだろう。

 僕は今嘘を本当にするために奔走している。頑張る必要はある。けれど義務ではない。他人から見れば娯楽にかまけている。

 引きこもり時代に社畜と馬鹿にしていた現代人の気持ちが少しわかる。

 彼らも叶わない夢に届かないことを知りながら走っていたのか。

 口からぷかぷか煙を出しているほうが何倍も楽しそうで楽そう。幸せそうに僕の目に移ってしまう。

 これからの僕があの男と同じ末路だとしたら?

「余計なことだ」

 そう口に出していた。いろんな不安の種が萌芽する。ただ今更だった。

 いろんな人の不幸せに貢献した僕だ。すべてがうまくいくことはない。欲しいもののためにその他は我慢しなくてはならないのだ。

『ドドン』

 音と振動が同時に来た。地震か?いいや違う。何か爆発した。

 僕のマンションの方向が赤くゆらゆら光っている。

 僕は家へと急ぐ。強烈な違和感が襲う。激しい音と強い衝撃を僕は感じだ。なぜ誰も外に出ない。マンションの窓ガラスはいくつも明るい。なぜ窓すら開けない。窓ガラスは揺れたはずだろう。避難を考えていないのか。

 僕は男を見た。

 幸せそうだった。

 僕はここから逃げるように家に走る。

ご覧いただきありがとうございました。

この物語は完結済みのため、添削でき次第投稿します。

次回も皆様とお会いできるのを楽しみにしております!

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