戦時中のプロイスに転生、アンフェミアとエンカウント
クラクションが鳴る。
肌に刺す何かを感じた瞬間。僕は意識を戻したことを理解した。
目が開いてるはずなのに真っ白いまま。自然と右手で目に影を作るが、上を向いた掌が温かい。この懐かしい暖かさに浸っているとようやく白い世界が減り色が入る。
「 」
ほんの少し顔を上に傾けるだけでまた世界が白くなる。あれは太陽だ。
久しぶりの太陽は人工的な画面の光しか見ていなかった僕にはまぶしすぎた。
目の前に広がるのは現代と比べて昔の世界。ファッションも建物も車も半世紀前に戻ったような世界。
町はにぎわっている。ショーウィンドウが大通りに並んでいる。その上には小さなビルが生えているようだ。ただいたるところにある看板。その文字がうまく読めない。ピントが合っているのに理解ができない。遠くには少し高いビルと真っ白い雪の山が見える。
真っ黒のアスファルトの道路を似通ったデザインの車であふれている。車は黒煙とうるさい音を響かせる。逆光でよく見えない信号機。皆気にせるそぶりもなく運転手は交差点に突っ込んでいく。
歩行者はよそ行きと仕事着が歩道に交じる。歩道の脇に汚い雪山が解けるのを待っていた。
僕が知らない間に多民族国家になっていたのか。それともグローバルがブームになったというのだろうか。掲示板情報は信用ならないな。
耳になじまないざらざらとした雑音がどうしても気になっている。その中でも知っている音を必死で探している。久しぶりの外の音に拒否反応が出ているのだろう。
この場所で僕の目だけがぎょろぎょろと社会を見回している。
僕の目…?
僕は自分の体と顔をべたべたと触診する。がいつもどんな感じだったのかわからない。確実にわかる部位はあるのだが公衆の面前で自前のポークピッツをさらすのには抵抗があった。というか手が白い。何か石灰やファンデーション?それともみんなででおそろいの白粉を塗ったのか?腕を手で擦るが白くならない。少し赤くなるだけだった。
後ろにあったガラス張りの理髪店で自分の姿を見る。
「誰だこれ」
身長は…百七十後半か。金髪白人の男がいる。艶やかなグレーのスーツを着た仕事ができそうなビジネスマンがいる。自信が体からあふれている。
僕が右へ左へと動いても連動して動くもう一人を見て僕の姿を認識した。両手でガラスに触る。他人の手でひんやりとした感触を確かに感じた。
こんなリアルなゲームは聞いたことがない。もしや。これが噂の転生。それ見たことか。やっぱり特別な僕はちゃんと優遇されるんだ。僕は人生やり直せることに胸を躍らせた。
試しに
「ステータスオープン!」
何も起きない。周囲の人がくすくすと笑いながら通り過ぎていく。
「ファイアボルト‼」
右手を空に突き出して叫んだ。ここでもし火が出ても被害の無いように配慮したが、何も起きない。子供が僕をじっと見つめて来るだけだった。子どもの母親は僕のことを指さした子供の手を引いてそそくさと行った。
よくよく見てみれば誰も傭兵のような剣や槍や杖を装備しているわけでもないし、モンハンのような防具を付けているわけじゃない。ファンタジー要素はない世界なのか。近代社会の黎明期。軍国主義的な世界なんだろうか。
少しがっかりすることもあるが、これは人生をやり直せるチャンス。こんなイケメンに転生できたのなら人生バラ色だろう。まぁ、元の世界でもバラ色になれたけどね。選ばなかっただけで。
冷えた空気のせいで否応でも出てしまう鼻水をすすった。
「…」
空虚な自信が寒さを助長する。もういい加減自分の実力と向き合わないと。
下限と向き合わないからあんな悲惨なゴミ人間になったんだと自分を責めた。
これを機に一からやり直そう。昔得た経験と後悔をうまく使えれば、これからの人生バラ色にできる。あんなみじめな思いからやっと解放されたんだ。
で。この体は誰なんだ?誰かの体を間借りしている状態なのか?メニュー画面で確認できるようにしてほしい。きっと後で神様的な存在に会えると思う。早くガイド役に会いたい。
ぐるぐると頭を働かせてどうにか今の状況を確認できる手立てを考える。
ごそごそとスラックスのポケットをあさった。
右手には薄くて固い板と紐の感覚がある。左手のこの感じ…きっとカギと財布だろう。
車の免許証や保険証だろうか。
引っ張ってみると名札が入ったフォルダーだった。その名札を見てもなんて書いてあるのかわからない。パスポート的なものだろうか。
どうしよう。これからどうやって生活していけばいいんだ?
「ねぇ。そんなに驚いてどうしたの?」
日本語が聞こえた。と同時に今まで聞こえていた音が外国語だったと理解した。もうわからない感覚が思い出せない。
そうだ。私は呼びかけられたんだ。
顔をあげるとガラスに映る僕を不思議そうに見ている女性が話しかけてきた。とっさに振り返って実像を見た。僕よりも二回り小さいけれど胸囲とヒップは僕以上だと確信するほど強烈だった。知らない女性との会話に動揺して目を地面に卸す。失礼だとわかっていても反射的に落としてしまった。
意図的に下に行く視線を胸元まで戻す。
襟にフリル付きの黒いニット。ワインレッドのひざ下スカートにヒール。かわいいベレー帽をかぶっている。現代でも通用するようなファッションだが右腕についた腕章に目が引っ張られる。キャプテンマークみたいだ。
彼女は僕のことを知っているようだが、僕は彼女を知らない。
『知らないうちに最強アバターに転生して世界最強』ということか。赤ん坊スタートより強くてコンテニューのほうが楽だもんね。
「」
彼女は僕の目をしたからずっと見てくる。僕の返答を待っている。
「い、いや。とくに」良く知らない世界に挙動不審な言動が出てしまう。
輪をかけて久方ぶりの女性との会話に気分と心拍数が上がり、言葉がうまく出ない。精神は僕のままなんだなと痛感した。
「今日は私を喜ばせる言葉はないの?」彼女吐く白い息が僕に当たる。
「その…ベルトかわいいね」容姿を褒めるのが恥ずかしすぎて装飾品を褒めてしまう。
「ありがと。最新の流行ファッションなのよ」
「フリルの襟もいいと思う」
「良く知ってるわね」
「常識だよ」
一時期暇すぎて女性物のファッション動画を見ていた。その時の知識が生きるなんて思いもよらなかった。
「今日は早く来たのね。いつも遅刻の常習犯なのに」
「そ、そうだね」
「さぁ。早く行きましょうよ。こんな機会二度とないんだから」
彼女が僕の手を引いて駆け出した。衝撃的なほど柔らかい手に股間が熱くなる。
「機会ってなんのことですか?」意識をそらすために彼女に聞いてみた。
「休みのことよ。二人がせーので取れるなんてもうないかもしれないわ」
上機嫌な彼女ならもしかしてこの体のことを教えてもらえるかもしれない。上機嫌?なんでそう思ったんだろう。
彼女の話だと僕はいわゆるきざ男。イケててクールな男性。幼少期から培ったエアコミュニケーション論を発揮する場所だ。今までの膨大な会話の失敗を研究して導き出したのが、ギャルゲーの主人公を真似ること。それが一番効果的だと僕は決めた。今僕の仮説を立証するときだ。
意を決して彼女に話しかけた。
「僕が一番好きな女の子は誰だと思う?」
「そんなの決まっているじゃない。私よ。アンフェミアよ」
「じゃあ君が一番好きな人は?」
「それはあなた。カズよ」
彼女はそう言って足を止めて僕のほっぺにキスをした。
急なキスに彼女の後を追って走る僕の位置は彼女と並列に走っていた。
「じょ、情熱的だね」変に緊張して声が上ずる。数年ぶりのキスにドキドキしていた。
すみません。嘘です。初めてです。
「そうでしょ。いけないことをしてるみたいでドキドキするわ」恥ずかしそうに帽子をずらして顔を隠していた。
「今日はどこに行くの?」
「思い出の場所」
「思い出の場所?」
「忘れたの?」
「着いたら思い出すさ」
「じゃあ案内は任せてね」
「お願いね」
「それから町で話題のレストランに行くんでしょ。今日は一日一緒よ」
「いつもと変わらないな」
「え?どうして」
「四六時中君のことを考えているからさ」
「まぁ」
「これはどうだい」
「いいわね。寒い冬とは大違い」
一緒に駆け出す僕らは人であふれかえるほど密集している広場に突き当たった。みな一様に同じ方向を見ている。何かを待っているみたいだ。
「これは何してるの?」
「不思議なことを聞くのね。いつものことじゃない」
近くなる大きな音。僕の後ろから前にすごい速さで通り過ぎる。塵が舞い上がり、誰かの帽子が飛んでいる。
遅れて地面に黒が落ちる。驚いて空を見れば小さな飛行機が空に這っていた。
今まさに飛行場から飛び立ったのかと思うほど低空で飛行していた。過去の世界大戦期に使用されていたものに近い。ジェットエンジンではなく、先頭についているプロペラで動いている。また両翼にでかでかとエンブレムらしきものが張り付けてあった。
「いつ見てもわが軍の戦闘機は美しいわよね」
「あれが…戦闘機」
「これから忌まわしい害悪国家エカチェリーナへ行くのよ」
彼女の顔が変わった。さっきまで帽子で赤らめたほうを隠していた人間とは思えない。
この国は戦争をしている。もしかしたら大切な友達や家族が死んでいるのかもしれない。戦争は憎しみや悲しみしか残さない。
なんて声をかけていいのかわからない。どのように声をかけるか迷っていた。
『てーてれっててってって』
いたるところから同時にかすれた音がし始めた。一斉に音が出たので輪唱のように聞こえる。
「これは?」
「戦況報告じゃない。今日おかしいわよ、遊ぶのやめようか?」
「二日酔いでね。気にしないでくれ」
「え?あ、そう」
『本日の―戦況報告です。わが軍は―敵国エカチェリーナに略奪された―地域奪還作作戦に―勝利―勝利しました』
いたるところから聞こえる狂乱の声。戦闘機が爆撃されて落ちてきたのかと錯覚するほどだ。
巨大な音に乗り遅れた僕は周りを見渡した。
さっきまで淑女のように礼儀正しくしていた女は頭を抱えて恐ろしいほど体を躍らせている。さっきまで新聞を読んでいた年を取った男はそれを破り捨て、口に押し込んでいた。さっきまでお利口に座っていた少年少女は喜んで壁画に掛かれた絵に落ちていたゴミを投げ反逆者と罵っていた。
みな一様に勝利の文字を聞いて発狂し始めた。
「なぁ、アンフェ」
僕は横を見た。彼女は首にかけられたネックレスを両手で包むように祈っていた。
そうか。戦時中の国民は一戦一戦の勝利を気にするものなんだ。確かに戦争の終わりが近づいている証拠だ。戦争なんて早く終わったほうが大切な人が死ななくていい。
僕も手を合わせて黙とうをした。
「それで勝利を祝っているつもり?」アンフェミアが冷たく僕に言ってきた。
「そうだとも。戦って散っていった男たちに感謝を伝えてるんだ」
「仲間に感謝?あなたってそんな人だったっけ?」
「えぇ。そうなの?」
僕は他人にあまり興味のない人間だったらしい。そんな奴が気障な言葉を使って女性を口説いていたなんて。根っからのレディーファ―スト野郎だったんだな。
頭がおかしいんじゃないのか。
だからこの体はここにいるのかもしれない。屈強な人間が戦地に派遣されないほうがおかしい。
社会性のない暮らしをしていた僕。何にも知らないこの状況。
不思議と不安はない。むしろ現代社会のしがらみがない分、気楽だ。
「いつもこんなに集まっていたっけ?」
「えぇ。国民の義務だもの。といっても家で聞く人や、職場で聞く人が大半だけれど。確かに今日は人が多いわね」
「何かあるのかな?」
急に人々の声が止んだ。人の大群が二つに割れ、一台のトラックがクラクションを鳴らして進んでいる。ただ群衆の首の隙間からではあんまり見えない。
「そうだった。今日は月に一度の特別な日よ」
「特別な?」
「行きましょう」彼女が僕の腕をがっちりと組み、集団とは少し離れた人が少ないところに連れていかれた。
「ここでいいの?」
「ええ。この木箱を使えば」そういってアンフェミアは置いてある木箱を重ねて、その上に立った。
「はやくのぼって。始まっちゃう」
彼女の言うがまま木箱に上って広場の中央に目をやった。
ご覧いただきありがとうございました。
この物語は完結済みのため、添削でき次第投稿します。
次回も皆様とお会いできるのを楽しみにしております!




