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19/30

カズ初めてのごめんなさい

 木製の両開きのドアを工場長が開ける。温かい風が僕を迎えてくれた。

 赤い絨毯が敷かれた気品ある部屋に案内される。学校の校長室のようだ。革の二人掛けのソファーにガラスのテーブルが挟まれる。窓の光を背中で受け止めるように革の椅子と豪華なデスクがセットになっている。壁には戦闘機の模型と男のポスターが張られている。

「お座りください」ソファーに案内された。柔らかくお尻が沈む。乗用車とは大違いだ。

「お話とは何でしょう」工場長は椅子に座る。

「予定よりも数が多いのです」僕は前置きなしに本題を伝える。

「そうですか。それは重大ですね」

「それほど重大なのですか?」

「?」

 上司と同じ顔をする。そっくりなほどに一緒の反応だった。

「おかしなことを言っていますか?」

「そう、ですね…上官からの命令を守っていないということです」

「戦地に多くの武器を渡したいと思う愛国心は否定されていいものなのでしょうか」聞いていい内容でないのは解かっている。貧しい少年を思い出す。駄目なことくらい知っている。彼らに情が出たわけじゃない。少しでも戦争が早く終わればと思うのは不自然じゃないだろう。

「上官からの命令で出ていないことをする必要がありますか?」

「戦況が好転した今こそ物量で押し切るべきじゃないですか」

「それは私に言うべきことではありませんよ」

「…ですが」

「この会話はなかったことにしましょう」

「…ありがとうございます」

 踏み込み過ぎた。どうでもいい国のことに熱くなってしまった。

「」工場長が少し笑った。

「何か?」

「懐かしいと思いましてね」

「」

「もう懐かしむ仲間もいませんからね」

「最期に良いでしょうか」過去に浸る工場長を僕は引き戻した。

「何でしょう」

「過剰生産をしたものはどうなるのですか」

「」何も答えなかった。工場長はポケットから出した煙草に火をつけた。

 一息。煙を肺から出して言葉を発した。

「吸わないのですか?」

「えぇ」

「羨ましいですよ」

 嫌味だろうか。みじめな私どもに同情して喫煙を許せと言われているようだ。

「良かったらほかの場所も見学していきますか?」至福の時間に僕は邪魔らしい。

「よろしいのですか?」

「ぜひ。案内はいりますか?」

「いいえ。お忙しそうなので」

「わかりました。食堂もありますので是非」

 僕は副流煙から逃げるように部屋を出た。

 僕は工場長の言葉が気になって食堂を探す。

 文字が読めない僕はにおいと感覚を頼りに食堂を探す。きっとあっちだ。扉から出てくる割烹着を着た人。僕は声をかける。

「すいません」

「何か?」マスクと衛生帽をかぶった女性に話しかけた。

「あの食堂ってどこにありますか」

「あぁ、ここの先ですよ」

「ありがとうございます」

「」じっと見てるく女性。

「何か?」

「…私のことわからないの?」

「…」

「私よ、ジュリア」彼女がマスクを外して言った。

「え?なんでここにいるんだ」

「しっ。声が大きい」口の前で人差し指を立てた。

「あ、うん。わかった」

「どうしてここにいるのよ」

「仕事だよ。視察で来てるんだ」

「食堂も見ていくの?」

「工場長に言われてね」

「案内するわ」

「よろしく頼むよ」

 僕はジュリアの後についていく。地下の階段を下りた。道理で解らないわけだ。

「ここが食堂よ」

「いい匂いだね」

 暗く冷たいコンクリートの壁に囲われた空間があった。六人掛けの机と背もたれもない簡素な椅子が並べられた部屋で労働者がご飯を食べていた。

「ご飯食べていく?」

「いいの?」

「視察なら食べても大丈夫よ。私が保証する」

「じゃあ遠慮なく」

「座って待ってて」

 ジュリアが厨房に入っていった。座席のわりに食事をしている人は少ない。周りに誰もいない、労働者が見える位置に座った。僕は和気藹藹と話をする労働者を見て柔らかい気持ちになった。彼らはきちんと人間なんだと安心した。

「」

 僕は心の中の黒い物を考えるのをやめた。自分と彼らを比べたところで何になる。

「はい。食べな」コトンとお盆に乗せられた。料理が来た。

 パンと薄い肉のはいったスープ。小皿にはマッシュポテトが乗っていた。

「いいのかい?」

「最後の一個だよ。人数分しか作らないんだよ」

「こんなにいいものが出るんだね」

「え?どうゆうこと」

「え?あ、地下の厨房だから喚起とかうまくできなさそうだからさ」

「そんなことない。むしろうちよりも進んでいるわ」

「いただきます」

「どう?」食器を持った僕に彼女は感想を聞いてきた。

「いいスプーンだ。銀の味がする」

「ステンレスよ」

「…」

「どう?」

 僕は湯気が昇るスープを飲む。

「あったかい気持ちになる」

「外は寒いもんね。で、どう?」

「え?おいしいよ」

「ありがとう」

「さぼってていいのかい」

「接待と言ってくださらないかしら」

「そんな態度で言われましても」僕はちぎったパンを口に入れる。

「食事の時間は交代制だからね。もう忙しくないの」

「こんな仕事してたなんて意外だったよ」

「そう?」

「服関係の仕事していると思ってた」

「手で縫うのは得意なんだけどミシンがうまく使えないの」

「機械音痴なんだね」

「そうみたい」

 ジュリアは手をもじもじしている。珍しい。何かあるのか?

「何かある?」僕はパンを割りながら聞いた。

「妹のこと。ありがとね」

「気にしないでいいよ」

「本当に助かったんだよ」

「そんなにかい?」

「えぇ。」

「無恥が役に立ってよかったよ」

「ありがとう」

 デブリアは姉にすべてを打ち明けたのだろうか。それを聞く場所が国営の工場なのはまずいだろう。また今度にしよう。

「いい工場だね。男の夢が詰まっている」

「あら、私は男なのね」

「そんなことない。えっと…」

「女は料理を煮詰めるだけよ」

「うまいね」

「」

「どうかした?」

「…何でもない。食べ終わったらあそこに戻しておいてね」

「わかった」

「ごゆっくり」ジュリアは去っていった。何かまずいことでも言ったかな。

 テレビもラジオすらない地下室でもくもくと食べた。

「ごちそうさまでした」

「僕の食事は?」遅れてきたグループの最後の男が不安な声をあげた。

 厨房に緊張が走る。だが誰も食料を探すそぶりはない。互いが互いの顔を見ているだけだった。責任の所在を探しているようだ。

 不思議だ。きっと僕の目の前にあったこの食料が彼の物だ。なぜこちらを見ることも、ましてそのそぶりさえない。犯人は僕だ。この食堂に入ってジュリア以外と目が合わないのもなぜだ。幽霊になった気分だ。怠け者だったが除け者にされたのは初めてだ。

「申し訳ございません。違う人に渡してしまいました」ジュリアがそう言って謝っていた。

「えぇぇ。僕今日お昼なし?」

「しょうがないから僕が分けてあげるよ」

 食べようとしていた人たちが声をかけていた。

「僕も」

「一緒に食べようよ」

「私も」

「少しずつ分けようよ」その声に合わせるように周りも同調していく。

「みんなありがとう」自分のご飯がない男が皆に感謝していた。

 良かった。どうやら丸く収まったようだ。だが男はジュリアへと首を動かした。

「どうしてこんなことができないんだ」優しそうだった男がジュリアをなじる。その言葉から男の形相が読める。

「本当に申し訳ございませんでした」

 ご飯がなかった労働者は空の食器をもらってみんなのいる席に座った。

「今回の件、報告する」厨房の女性がジュリアに行った。

「わかっています」

「」

 僕のせいで怒られたジュリアをかばうよりも、見下していた人間にむげにされていることが受け入れられそうにない。僕は食器を持たず席を立った。

 彼らは楽しそうに話している。

「」

 暗い階段を一人で上がる。これはしょうがないことだ。だって僕に悪いところはないだろう。

「」

 僕に悪いところがなかったと言い切れるだろうか。

 責任転嫁をする僕を見てジュリアはどう思うだろう。僕はまた一人になる。

 僕は謝り方がわからない。学校の窓ガラスを友達とふざけ合って割ったときも、池にボールが落ちたときも黙っていた。頭の中ではごめんなさいもちゃんとした言い訳もあるのに口が動かなくなってしまう。ただ一方的な僕を責める言葉が耳を通って心に刺さる。

 状況を説明しようにも悲しさが先にきて泣いてしまうんだ。

 悪いことをして謝るふりも反省の色も見えない僕を見て、さらに怒られる。

 何も言えなかった僕の不甲斐なさで涙が止まらなくなる。

 僕が悪くないことを知っているのは僕だけなんだ。僕だけが悪いわけじゃないんだと本気で思わないと苦しかったのだ。

 逃げていたことを向き合わないといけない。謝る機会が降ってきたこの状況を生かそう。僕は泣いていない。泣きたいのはジュリアだ。昔の記憶を引っ張り出す。僕の中で謝っていた人を必死で探す。

 そうだ。母さんだ。何も言わない僕の代わりに学校まで来て謝ってくれた。何にも悪くないのに僕のために謝ってくれた。あの時のやさしさを思い出す。

 ほんの少し勇気が出た。

 僕は階段を駆け下りた。

「すまない。僕が勝手に食べてしまったんだ。彼女のせいじゃないよ」厨房に言った。思ったより大きな声が僕から出た。口が乾く。

「」「」「」「」

 給仕係もご飯がない男も誰も何も言わない。グループの話だって止まった。初めて彼らが僕を見た。

 僕は何か間違えたのだろうか。謝罪の作法なんて知らない。もしかして謝罪方法を間違えたことも謝らなくてはいけないんだろうか。それも間違えていたら永遠と僕は謝ることになる。沈黙に負けそうになった時。

「ぶっふ…」ジュリアが噴出した。

「」「」「」「」「」

「何か問題がありましたでしょうか」僕は笑い声に聞いた。額に汗を感じる。

「」「」「」「」「」

「も、問題、、ふっ。」

「」「」「」「」

「」意味の解らない状況に愛想笑いも出ない。今何が起きているんだ。

「ふー」ジュリアが笑うのをやめて深呼吸をした。続けてジュリアは言う。

「謝罪を確認しました。ですがこれは私の問題です。もう行っていただいて結構です。お手数をおかけしました」

「あ、うん。こちらこそお騒がせして誠にごめんなさい。これで失礼する」

 僕は言われるがまま食堂から出る。真っ暗な階段。足取りが軽い。

 冷汗を吸ったワイシャツに寒さが通る。風が心地いい。

 楽観的だが僕は禁忌を犯したのではないだろう。自分たちの範囲外のことが起きたから彼らはフリーズしたんだ。人間ごっこのロボットたちには力仕事がお似合いだろう。

 不思議な気分だ。デブリアを助けたときよりも心が熱く、足がふわふわしている。善行だけでは到底味わえないようなエクスタシーを感じた。

 僕が大手を振って階段を上がっている。今食堂はどんな空気になっているんだろう。見に行きたい気持ちよりも、太陽の下を歩きたい。

 窓の外は凍った雪を黒い煤がぽつぽつとデコレートしていた。太陽は雲のおかげで僕の肉眼でもしっかりと輪郭が見える。

 真っ当な人間になっている。夢見がちな引きこもりデブでもなく希望に満ち溢れた馬鹿でもない。社会人になった。謝罪をした。責任を取った。当たり前な儀式を初めて体験した。自分の悪いところを僕が認めて、ジュリアに理解してもらった。本当にうれしい。


ご覧いただきありがとうございました。

この物語は完結済みのため、添削でき次第投稿します。

次回も皆様とお会いできるのを楽しみにしております!

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