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過去のフラッシュバック 兵器工場視察

 夢を見ている。小さい僕だ。

 目の前に大きい扉がある。僕の家のリビングへの扉だ。何度も見ている。頭の高さにノブがある。心を強くして扉を開けた。夏らしい人工的な冷風が僕を迎える。ついていたテレビには朝の情報番組が映っていた。テレビの横にある卓上カレンダーは小学生時代の七月のページが見える。夏休みの初日。

 ダイニングテーブルにはお母さんがいる。いつも通りに親指サイズの人形で遊んでいる。僕には気づいていない。これを見ると僕はひどく落ち込む。この状態のお母さんは僕にご飯を作ってくれない。目の前で捨てる時もあった。原因は僕だ。僕がお母さんの理想になれなかったからお母さんの世界に閉じこもって出てこない。平日は給食があるから問題はなかった。ただ夏休み初日。この僕にとっては死活問題だった。だから僕は初めて嘘をついた。学校ではしてはいけないことをした。

「友達ができたよ」

 僕を見た。人形を箱に閉まった。

「ご飯食べなさい」お母さんがパンを焼き始める。二枚オーブンに入れた。良かった。僕安心した。


 

 雪がぱらつく正午過ぎ。昼休憩が終わり血糖値がジワリと上がる。瞼が重くなってきた。今日は一日中眠い。

 今日はいつもと違う夢を見ていたからだろうか。とても眠い。どんなものか覚えていないが心が温かくなったことは覚えている。

 パソコンが少し熱くなってきた。この部屋の断熱がないのもパソコンのためだろうか。珈琲でも入れに行こう。

「ちょっといいか?」

 課長が僕を呼びつけた。

「兵器工場視察の仕事が来た。今から行ってきてくれ」

「今からですか?」

「そうだ。予定数量よりも多くなりそうなんだ」

「過剰生産では問題があるんですか?」

「?。あぁ。来月分の納期が足りなくなるんじゃないか?」

「わかりました」

「車は手配してある。受付に言えばいいから」

「承知しました」

「くれぐれも会話には気を付けるように」

 課長は僕の背中を軽くたたく。

 受付に言うまでもなく豊作省の正面に車が堂々と横づけされていた。

 てっきり型落ちの社用車かと思っていたが要人を乗せるような車だ。素人目から見ても高級車であることがわかる。スーツを着こなした老人が僕と目が合うなり扉を開けた。

「よろしくお願いします」

 僕は一言言って車に乗り込んだ。

 車は左ハンドルの二枚ドア。背もたれは半分しかなくソファーのようだ。許せるくらいの堅さ。ただ頭上の窮屈さは嫌でも気になる。足元にはきれいな絨毯。雪で濡れた靴で踏むのに気後れする。

 老人が乗り込み鍵をまわしてエンジンをかける。棒のようなものを引いて車を発進させた。三つのペダルを駆使して車を操る。


 乗り心地は悪くない。車の性能は悪い。ベテランの技術が不快の原因を減らしている。やせた腕で舵輪みたいなハンドルを軽々と動かして目的地へと進んでゆく。

 奥まったフロントガラスのせいで視界は悪く、フェンダーミラーだってまともに見えないが、狭い道も対向車もお構いなしに進んでゆく。

 ただ、とてもうるさい。そこは運転手が原因ではない。平然とした顔で運転している。僕は今すぐに耳をふさぎたくなる。

「あの…」

「」

「あの!」

 運転手は僕の声を聴いていない。この騒音と振動では聞こえないんだろう。ましてやお年寄りだ。変わる景色を楽しむことにする。思えばここにきて初めての遠出だ。

 見慣れない土地に来た。盆地に構える工場群。それを分断するように黒光りするアスファルトが縦断している。形がバラバラの建物を見るに最初からここまで大きな工場になることはなかったのだろう。つぎはぎで大きな工場群になった。まるでジブリ作品のようだ。いたるところから煙が出ている。

 車が止まった。

「お帰りは別のものが来ます。いってらっしゃいませ」

 運転手は僕が出るためにドアを開けそう言った。

 軍の最高機密だと言っていい代物のはずなのに塀に囲われているわけでも軍人が常駐してるでもない。有刺鉄線が張り巡らされていない。まるでピクニックの時の塀のようだ。攻められる想定もないのだろう。重要拠点のはずなのに、なんて慢心なんだろう。

 煙突の数だけもくもくと黒煙が出ている。喘息持ちだった僕はあれを見ると気分が悪くなる。早々に帰りたい。

「申し訳ございません。お待たせしてしまいました。」やせた中年男性が灰色の作業着姿で走ってきた。

「いえ、今来たところです。本日はよろしくお願いします」僕は軽い会釈をする。

「ささ、中へお入りください」

 玄関の扉を開けてくれている。

「工場は初めてですか?」

「えぇ。緊張しています」

 案内されるがまま工場に入る。学校の教員棟のようだ。廊下にはこの国の歴史と兵器の進歩が飾られていた。ワックスがけされた木の床は外観と比べ新しい。広い廊下なのに寒さが和らいでいる。窓にはアルミと樹脂の二重窓。こんなの僕の部屋にもないぞ。

「お話の前に工場を少し回りますか」

「お願いします」

 カチャ。

 眩しいほどの明かりが僕らに降りかかった。奥まで戦闘機が陳列されている。ここにきて僕が見たプロペラ機ではない。ジェットエンジンの戦闘機だ。黒く塗装された戦闘機。インターネットで見た戦闘機の原型が垣間見えた。美術館のように静かできれいな空間。機械がけたたましく動く音も油の匂いもしない。真っ白の床を大量の電灯で煌々と輝いていた。建物では職員が戦闘機を磨いている。美術品のようだ。

「完成した戦闘機の最終確認と保管庫です」

「うつくしいですね」僕は淡々と答えた。案内役が僕のことをちらちらと見ていなければ子どものような無邪気な反応をしていた。

「そうでしょう?血と涙の結晶です」

「もう空に飛べるのですか?」

「来られた道路を滑走路にして飛び立ちます」

「そうなんですね。やはり飛ぶ瞬間にやりがいを感じるのですか?」

「えぇ。組みつけも見ますか?」

「お願いします」

 この人は言葉に色を混ぜない。淡白という言葉も似使わないほどに無駄を感じない。この人は今までこういう話し方なのだろう。それがこの国での処世術なのか。語るに落ちることはないし、会話を弾ませることなんてない。

 それを貧しいと思う僕。勝手にかわいそうの烙印を押している。秘めた差別意識は自己嫌悪につながらない。僕は生粋のレイシストだな。年上がへこへこしているのを見ると心があらわれる。

 人を殺す兵器を作っている人間に対して『いけない感情』をもってしまうのは仕方のないことだろう。そしてその工場見学に興味がある僕も同じだ。

 外廊下と階段を歩いた先にあるぼろぼろの建物に連れてこられた。

「ここが組みつけ工場です」

「壮観ですね」

 心からの言葉が出た。期待のハードルを下げておいてよかった。工場見学で見たことのある長い長いライン作業。もくもくと働いている労働者を見て心からの愉悦を感じていた。歩くよりもゆっくりと進む裸の戦闘機に飾り付けをしてゆく。労働者はせこせこと部品を組みつける。エンジンにメーター類、操縦桿、キャノピーを場所ごとにつけている。鉄と油の匂い。溶接の激しい光。エアコンプレッサーやインパクト、ウィンチが上がる音にあふれている。

 しかしさっきの建物と同じ技術水準とは到底思えない。

 錆びついた頑丈な鉄骨だけが建物を支えている。満足に電球もない。光を取り入れるために壁がない。冷たい風が通ってくる。屋根材に穴が開いているのも光量を入れるための工夫だろう。エンジンと同じくらい人間も濃い煙を出している。

 ただ肝心なものがない。

「肝心なものは取り付けないんですか?」

「肝心?」

「機銃や爆弾はここで取り付けないんですか?」

「それは勝利省の仕事ですよ」

「お恥ずかしい。無恥なものですから」

「」難しい笑顔が返ってくる。愛想笑いよりもひどい顔に僕は失敗を覚悟した。

 同じ作業着に身を包んだ労働者が集中した面持ちで作業をしている。監視員もいないのにここまで統制が取れているとは。愛国心のなせる業なのか。僕は冷たい手を擦るのをやめた。

 工場の年齢層は中年と青年が半分くらいだ。少年少女たちはここにいなかった。戦時中にも関わらず労働ではなく教育を優先している。技術だけではない。きちんとした近代的な国家だ。

 機械的な音が繰り返される中、初めて僕ら以外の人間の声がした。僕は反射的に向いた。

『おい。どうしてできないんだ』上司だろうか男が部下に対して怒っていた。

『すみません』部下は頭を下げたまま謝っていた。

『次はない』

『わかりました』

 そういうと上司はまた別の人に同じ謝り方をしていた。もっと偉い人のようだ。

 怒られている姿を見て周りの労働者は僕のように野次馬するわけでもなく、目もくれずにキラキラと目を輝かせて業務にいそしんでいた。一生懸命が一番合っている工場だ。命を燃やすほどの全力を出さなければ人生が終わってしまうのだろうか。そんな邪推さえしてしまう。

『工場長。すみませんミスがありました』急に案内役に謝罪をしてきた。

「おい、どうしてできないんだ」まったく同じ言葉を繰り返す。

『すみません』

「次はない」

『わかりました』

『次とは何でしょうか?』

「」

 形式上の謝罪を何回も見ているとこれは漫才なんじゃないかと錯覚するくらいにばかばかしかった。ただそれを全力で行っている現状を目の当たりにすると笑ってしまいそうになる。 

『ぶー』

 休憩の合図なのだろう。ブザーが鳴った。人がぞろぞろとストーブへと向かっていった。はつらつと働いていた労働者が緩んだ表情を見せた。汚れた手を自分の息で温めたり、汚れた衣服を払う。ようやく人間らしい部分が見えた。

「他の場所もご覧になりますか?」

「いえ。これ以上はお邪魔になるでしょうから」

「わかりました。お話は応接室にて」

「お願いします」

 彼らを横目に見た。みな火の前で肩を寄せ暖を取っている。それを見て外の寒さを思い出した。


ご覧いただきありがとうございました。

この物語は完結済みのため、添削でき次第投稿します。

次回も皆様とお会いできるのを楽しみにしております!

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