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ジュリアに懐柔されるカズ

「立ち止まってどうしたの?入らないの」買い物かごを持ったジュリアが扉の前にいる僕に声をかけた。

「え、、あ。うん。ちょっとね」僕はとっさ振り向いてドアノブを離した。

「入っていいわよ」

「扉の叩き方を忘れてね。困っていたんだ」僕は入室をジュリアに譲る。

「そう」ジュリアがドアノブに手をかけ開ける。鍵は開いていたようだ。

「どうぞ」

「お邪魔します」背中にある太陽は家まで入らない。扉が閉まるともう夜だ。台所の小さい窓が暗闇に抵抗していた。

 前よりもきれいになっていた。ガラスの汚れや床の埃がない。食器が整頓されている。

「仕事はどう?」ジュリアは椅子を引いて座れと促す。

「どうにかなってるよ。君は働いているの?」暗さに馴れない目を凝らして足元を見た。

「えぇ。厨房でね」僕は同じ椅子に腰かける。

「料理上手なんだ」水を入れたやかんをストーブにかける。

「そうなの。そんなことしか自信はないけどね」ストーブに薪を詰めるジュリア。

「編み物の才能があるじゃないか」

「そう?ありがとう。でもまだ。もう少し」

「そうだろうね。早く来ちゃったからね」僕の会話がふわふわしている。返答がおぼつかない。そりゃそうだ。僕のしたいこととしなければならないことが一致しない。

 ここに来たのは何のためか。この関係を終わらせることだろう。居心地が良いこの状態。

僕が始めたことを僕が終わらせる。そんな方法知らない。でもやらなければいけない。さもなくば荷台に投げられるのが彼女になる。

 僕はそれだけ特別でとても危険な存在なんだ。

 そんな方法を知らない僕は面前であたふたしている。

「ねぇ」

「ん?」

「何か嫌なことあったでしょ」僕に背中を向けたまま話す。すべて見透かされているようだ。

 どうしようもない強がりが僕を支配しきれていない。柔らかい言葉に甘えそうになる。

「どうして?」

「困った顔をしているから」

「そんなことない。気のせいだよ」

「そうね。少し待ってて。あと少しで治りそうなの」

「忙しかったよね。じゃあ」僕は玄関ドアへと向かう。しなくてはいけないことをから僕はまた逃げる。今の苦しさのその場しのぎをまた僕は続けている。

「嫌なことあったんでしょ」カチャカチャと音がやまない。ジュリアがかごに入っていた缶詰や調味料を棚に片付けながら言った。

「」

 僕の心が欲しがっている言葉。勝手に体が止まる。

「『僕の事情を知っている人に衝動的に会いたくなったけれど、実際会ったら言及されるのが鬱陶しくなった』そんなとこ?」

「違うよ」僕は逃げるようにドアノブを触る。懐柔された僕ができる最後の意地だった。

「黙って去るのはただのエゴよ」

「ジュリアはすごいね。僕ら出会って何日たった?」僕はジュリアを見て聞いた。

「昨日」

「はは」乾いた笑いが出た。

 僕は期待してここに来たのだ。僕からはできないと僕があきらめた。ジュリアに傷ついてほしくないけれど、僕もまた傷つきたくなかった。無様なものだ。

「…そんな人が身近にいたの?彼氏?」

「父親。もういないけどね。遠い場所で粉々よ」

「」

「いいわ、聞いてあげる。だから話なさい」

「いいのかい?でもじきに夕飯だろう。支度だってしなくちゃいけない」

「それ、聞いてほしいって言っているようなものよ」彼女はエプロンを付けて僕に座れと促す。僕は素直に従った。

「妹は?」

「学校に泊まる日だから」

「じゃあお願いする」

「コーヒーでも入れるわ」彼女はフィルターに手をかける。

「待って。」

「何?」フィルターに豆を入れる手が止まった。

「紅茶とかある?」

「あるけど」

「コーヒー飲めないんだ」

「お子どもね」僕をからかう彼女は嬉しそうな顔をしていた。

「そう見える?」

「見せてる?」

「全然。そんなつもりないよ」

「じゃあ、魔物ね」食器棚の奥から茶葉とソーサーを出した。

「どうしてさ」

「ここの国には豆には魔よけの効果があるらしいのよ。魔を滅するって」ジュリアはかがんでシンクの下の戸を開けた。

「僕の国の風習と似てる」

「記憶も、、」

『ガンっ』ジュリアが開けた食器棚の戸に振り向きざま頭をぶつけた。

「大丈夫?」

「えぇ。気にしないで。いつものことよ」

「うん」

「記憶戻ったの?」ティーポットを探しあてたジュリアが僕に聞いた。

「もともと記憶はあるんだ。その、心が違うみたいな。この体に押し込まれた感じ?って言うのかな…伝わる?」

「うーん」

「違う場所から来たみたいな?」

「?」

「脳みそを入れ替えた感じ」

「」空返事でポットに茶葉を入れた。

「伝わらないよね」

「あんまりわからない。風習って何?」沸いたやかんの水をポットにそそぐ。

「えっと。年の数だけ豆を食べる。あとは家の外と中に蒔くんだ」

「不思議ね。」

「ほんとさ。『鬼は外に、福は家に』って掛け声で蒔くんだ」

「家族と?」

「あぁ。僕が小さいころだけどね」

どうでもいい思い出が妙に懐かしく心が温かい。ただのイベントを懐かしく思うのだろう。

「楽しそうね」

「あぁ。その日と誕生日だけ父親が必ずいるんだ。家族でご飯を食べるんだ」

「覚えてるんだ」

 そうだ。家族が全員揃うんだ。端午の節句も七夕もクリスマス、大晦日だっていない父親がその日だけはいる。お母さんと一緒に恵方巻と落花生を買いに行く。いつもより楽しそうに運転するお母さんを見て僕は安心するんだ。そして僕は一生懸命父親と遊ぶ。一緒に絵をかいたり、テレビを見たり。いつもできない日常を、いつでもしたい普通を過ごせたんだ。僕は友達に負けないように大切な日を過ごす。僕はそれでいっぱいになれた。

「今豆の話で思い出した。どうでもいいことしか思い出さないよ」

「大切よ。ずっと一緒にいた人だもの」

「」

そんなことない。僕を捨てた人間だ。昔の僕ならあの部屋からそういっていた。ここにきて知った。家族から離れてようやくわかる。彼らは僕にやさしかったのだ。


ジュリアがキッチンから紅茶道具をテーブルに置く。紅茶の茶葉を茶越しで取り除きながら注ぐ。白い湯気とともに紅茶の香りが強くなる。

僕は家族に対して僕はひどいことを言っていた。うまく行かないことをすべて環境のせいにしていた。挙句の果てには生んだことを恨んでいた。それを聞いた母はすすり泣いていて、父親は黙って僕を見ていた。あの時は本当にそう思っていたし、言いたいことを言えてすっきりしていた。正しいことを教えて満足していた。捨てられて当然だ。

向こうでもここでも僕は正しさで人を傷つける。甘言にすがれる権利はもう僕にはないのだ。心地いい空間を彼女のためになら終わらせる踏ん切りがついた。

 僕はカップを持つのにもたついた。熱いティーカップを息で冷ます。知らない味がした。

「僕は魔物だ」僕はカップを置いてジュリアに伝えた。

「急にどうしたのよ」ジュリアの手が止まる。

「だからもう会うのをやめるよ」

「なぜ?」ジュリアがカップを手に抱える。

「君が思う以上に危ないんだ」

「そんなことないわ」

「さっきも一人何の罪もない少年を捕まらせた」

「何をしたの?」

「僕が金を落としてその金を拾おうとしたんだ」

「不可抗力でしょ」

「違う。貧しい少年が拾ってもいいと思った僕の優しさが金を追わなかった。少年に夢をみせた。機会と時間を与えた。僕の優しさはこの国にそぐわない」

「カズはどうするの?」

「今までの僕になるよ。昔の僕として生きていたほうがみんな幸せそうなんだ。悪いことじゃないだろう」

「カズはそれでいいの?」

「もちろん。幸せだよ」

「ここでは幸せになれないの?」

「違うよ。きちんとしないといけないんだ」

「誰のために?」

「…」僕はカップに目を落とす。

「カズ、優しいね」

「違うよ。全然違う」

「違わない。その子供みたいになってほしくないからわざわざ来たんでしょ。あなたは優しいのよ。見ず知らずの子や私にまで気を使えるの。あなたは昔のカズになれないのよ」

 過大評価を鵜呑みしたい。それと同じくらい責任を負いたくない。

「僕が誰かを傷つけていたこと、それが続くことが怖い。何もかも嫌になるんだ」

「女々しいのね」

「意気地なしだよ」

「…しょうがないわね」

「?」

「会えなくなったら私が傷つくわ」

「え?」

「カズみたいな面白い人間は好き。ジャケット治ればなくなる関係が寂しかったの」

「本当?」

「嘘よ」ジュリアはニヒルな笑顔を僕に向ける。薄暗い部屋でもよく見えた。

 言葉も表情も僕のための言葉。それが何よりもうれしかった。

「ジュリアはすごいね」

「今ジュリアって。初めて呼ばれた」

「そうだっけ?」

「女はそんな些細なことを忘れないの」

「そうなの?」

「男はすぐ記念日とか忘れるね」

「確かに」

「その代りに好きな女の笑顔は忘れられないのよ」ジュリアは笑顔でそういった。

「そうかもしれない」

「もうカズがここに来なくても私の名前を呼んだことを忘れないわ」

「」

「カズ。傷ついたり、悲しんだりするからこそ幸せを感じられるんだよ」

「ジュリアは幸せなの?」

「そうね」

少し悲しそうに言うジュリア。これが好機だと僕は思いこむことにする。飛行機の音が聞こえる。バタバタとガラスが踊る。

僕は紅茶を飲みほした。

「僕は昔の僕に戻るよ」

「そう。お別れね」

「けど」僕は一呼吸置いた。

「けど?」

「ここでは僕でいたい。僕と一緒に傷ついてほしい」

 震えた声は彼女にどう届くのか。不安で不安で仕方がない。このわがままをあるがままのそのままの僕をとどめてほしい。

「お好きにどうぞ」ジュリアが笑いながら言った。

僕は学生の時と同じように何の気なしに普通に笑った。誰かによく見られたいとか、笑わなきゃいけない場面とか周りに合わせて笑ったんじゃない、楽しいから笑ったのだ。

僕を見て彼女も少し笑った。それがうれしくて僕はまた笑った。何気ないこの会話が涙が出るほどにうれしい。ここにきて本当に良かったと思った。彼女と合わせてくれたこの社会が好きになれた。

小窓から差す光が次第に弱くなっている。ぱちぱちと鳴るストーブの揺らぐ明かりが部屋を照らす。

「ねぇ。あなたって死にたいの?」

 僕の空になったティーカップに紅茶を注ぐ。

「どうして?」唐突な質問に僕は少し驚いた。

「何となくよ。どことなく無鉄砲さを感じたから」

「僕は死なないよ」

「え?」

 僕の顔を見るジュリア。コップから紅茶があふれソーサーに溜まる。

「僕は死なない。死ねないんだよ」

「おかしなことを言うのね。不老不死なの?」

「僕は死なないけれど死体は一つできると思う」

「意味が解らない」あきれた声はしりすぼみに小さくなる。

「僕もだよ」僕はそそがれた紅茶を飲む。

「」

「なんだい?」

「おなかがすいてまともに考えられないのね。夕飯食べてく?」

「いいのかい?」

「いいよ。二人分の材料あるし」

「お相伴にあずかります」

「その言い方だと私のほうが年上みたいじゃない」

「年上じゃないの?」

「私十八よ」

「十八⁉見えなかったよ」

「そうだ」彼女が子声で言った。

「この国には成人男性が少女と夜一緒に過ごすのを咎める法律はあると思う?」

「え。あるの」

「さぁ。どうでしょうね」

「泊まらなきゃセーフでしょ?知らないけどね」

「とまらなきゃ…ね」

ジュリアはさっきとは違う意地の悪い笑顔を見せた。

ご覧いただきありがとうございました。

この物語は完結済みのため、添削でき次第投稿します。

次回も皆様とお会いできるのを楽しみにしております!

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