第3話 同室の友
コイントス勝負に敗れたニコライは、その日の午後、方々に電話をかけては頭を下げた。
「負けたから電話しているのではない。エレンを喜ばせるためだ」そう自分に言い聞かせながら。
なんとか猶予を取り付けることはできたが、胸の内には敗北感がこびりついて離れなかった。
それにしても、あのジャック・シェパードという男はなかなかの曲者である。
確かに、奴の言う通りイカサマを破る機会などいくらでもあったのかもしれない。
しかし、全てがジャックのペースにのせられて事が運んでしまった。
後出しルールにしてもそうだ、ゲームの進行をスムーズにするための処置だとしても、奴の言葉に唯々諾々と従ってしまっていた自分を恨めしく思う。
例え筋が通っていたとしても、主導権を渡さないために反対するべきだったのだ。 と、後になってからグダグダと考えてしまう。これはニコライ特有の負けず嫌いからくる反省の念だった。
とにかく、このままでは悔しくて夜寝れそうにない。
財布から硬貨を取り出して、みつめるニコライ。それにしても、あんなに表ばかり出る事があるのだろうか。
何かわかるかもしれないと思い、自分の部屋の机で十回コイントスをすることにした。
結果は、表三回の裏七回。今回は裏が多かった。
しかし、だからなんだというのだ。結局何もわからないままである。
「何やってんだ?」
昼寝をしていた、同室のルーカスがニコライの不審な動きを見て話しかけてきた。
「何でもない」
負けた勝負の話などしたいわけがなかった。
「ん、もしかして」
ニコライの背後から、表、裏と書かれたメモ書きと硬貨を見て、何か勘づいたらしい。
「ジャック・シェパードと何かあったか?」
「どうして、わかる?」
ルーカスはやっぱり、といった表情をした。
「コイントスと言ったら、奴の十八番だぜ」
どうやら、ジャックのことに関して詳しいらしい。
「あいつのコイントスは初見殺しだかんな、酷い目にあったろ?」
「思い出したくない」
それより、ルーカスとジャックはどういった関係なのだろうか?
「ジャックとは仲がいいのか?」
「仲がいいというか、麻雀する時のメンツに入ってるな」
「そうか、あいつとつるんでいると聞いただけで、おまえが嫌いになってきたよ」
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎いってか、そう狭量になるなよ、あいつのイカサマ破りを伝授して進ぜるからさ」
あの曲者を負かせるかもしれないと聞いただけで胸が熱くなってきたニコライ。
「どんなイカサマかわかってるのか?」
なんとなくな、と答えるルーカス。
「あいつは絶対話さないけど」
「どういうタネだ?」
「俺が思うに…」
身を乗り出すニコライに、少し退くルーカス。
「透視能力」
…沈黙。
「…聞いて損した」
ニコライは露骨に肩を落とした。
「おい、聞いておいてそりゃないだろ!」
「おまえがオカルト野郎だとは思わなかったよ」
酷い言い様である。
「ふー、例え透視能力じゃないにしても、それで説明つくことが多いんだ」
「というと?」
ニコライはあくまで仮説として参考にすることにしたようだ。
「例えば、そうだな、あいつの挙動で怪しい点は無かったか?」
ニコライが一番覚えている場面が蘇る。自分が先攻の時に間髪入れずに予想を言うジャックと、その後、必ず的中するコイン。
「ジャックが先に予想する時は必ず当てていた」
「だろう、透視でもしなけりゃそんなに当たらないって」
「しかし、俺が先攻の時は外すこともあったぞ」
「ああ、そりゃ遊んでたんだ」
遊ぶ?
あの時の奴はどんな顔をしていただろうか、いつも小馬鹿にしたように笑っていたのではないか。
思い出すと腹わたが煮えくり返ってきた。
「お、おい、落ち着けよ」
気がつくとニコライはルーカスの首を締め上げていた。
「悪かった。無性に腹が立ってな」
すぐに手を離し謝罪するニコライ。
「まあ、気持ちはわかるぜ、虚仮にされるとムカつくよな」
ルーカスは首をさすりながら、少し距離をとった。そして、ニコライに問いかける。
「イカサマ破りの方法だが、透視してると仮定してだな、どうすれば良かった?」
「うーん、あ、コイントスする前に予想を言えばいいんだ」
「その通り、先に予想を発言しあえば、後は運否天賦の話。透視していても関係がない」
そんな簡単な方法で本当に勝てるのだろうか。
「ちなみに俺はこの方法で、ジャックとの勝負には何回か勝った」
どうやら、透視能力説もあながち外れてはいないかもしれない。
だが、なぜ予想を先にするという単純なことも試さなかったのだろうか。
それは、ジャックが一度手本を見せたからだ。硬貨を投げた後で予想を言うという流れを手本として見てしまったせいで、その通りにやらなければいけないという固定観念に縛られてしまったからである。
兎にも角にも、あの場はジャックに支配されてしまっていたので、例えイカサマを見抜けたとしてもニコライに勝機は無かっただろう。
ニコライは固く誓った。次は必ず、この借りを返してやる、と。