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第1話 プロローグ
「考えてみると世間の大部分の人はわるくなる事を奨励していると思う、わるくならなければ社会には成功しないものと考えているらしい、(中略)いっそ思い切って学校で嘘をつく方法とか、人を信じない術とか、人をのせる策を教授する方が、世の為にも当人の為にもなるだろう」
夏目漱石『坊ちゃん』より
私の名はゴーシュ。今年三十になる男だ。
社会に放り出されてからというもの、陸軍の兵士になったり、日雇いの人足をしたりと、ろくでもない仕事ばかりを渡り歩いてきた。
そして今は、ひょんなことから寄宿学校で音楽教師をしている。
なぜ、こんなふうに物々しい調子で文章を書いているのか。理由は二つある。
ひとつは、自分の頭の中がごちゃつきすぎて、整理するためだ。
もうひとつは、この記録が、どこかの誰かにとって多少なりとも「得」になるかもしれないと思ったからだ。世の中、損ばかりでは気が滅入る。せめて読んだ人に、少しでも得した気分になってもらえたら、私も本望である。