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完結『あの夏、甲子園の裏で──名門野球部暴力事件の真実。甲子園常連校の暴力問題 腹が立つので書いてみました。』  作者: カトラス


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第十七話『尾上監督一族の闇と過去の暴力事件』

【スクープ第一弾】 「東雲学園に巣食う“監督王国”──暴力と沈黙の構造」


 選抜優勝4度、夏の甲子園でも優勝こそないものの準優勝2回。東雲学園を全国区に押し上げた最大の功労者、それが尾上哲史監督である。名門の看板は彼によって築かれ、野球界での存在感を一気に高めたことは紛れもない事実だ。だが、その輝かしい実績の裏に、長年見過ごされてきた暗部があると複数の関係者は証言する。


 尾上監督の権力は絶大であった。授業中に野球部員が堂々と居眠りをしても、一般教師が注意することはなかったという。反抗的な態度を取る生徒も少なくなかったが、「相手が野球部員である以上、下手に触れれば監督の逆鱗に触れる」という空気が学校内に蔓延していた。ある元教員は「野球部は特権階級でした。私たち一般教師は見て見ぬふりをするしかなかった」と語る。


 さらに、甲子園出場のたびに学校側から監督や部員へ“ボーナス”と称した金銭が支払われていた、との証言も複数寄せられている。金額は明らかにされていないが、学校経営においても野球部の功績が突出していることを示す構造的な象徴だろう。


 また、尾上監督は部員の進路にも深く関与していた。プロ野球選手を数多く輩出し、大学野球部への推薦枠を握る存在でもあるため、進路を左右する“絶対権”を持っていたとされる。「尾上監督の一声で進学先が決まる。保護者にとっても監督の意向に逆らうことはできなかった」と、あるOBの親は語った。


 東雲学園の野球部は、まさしく尾上監督の“王国”だった。その象徴が、家族による強固な支配体制である。寮母を務めるのは監督の妻。そして部長兼コーチを任されているのは監督の息子・翔であり、時期監督候補として既に既定路線と目されている。関係者は「尾上一族で固められた野球部は、誰も逆らえない閉じられた世界だった」と口を揃える。


 栄光の陰に潜んでいた“監督王国”の実態。それが今回の暴力事件の土壌となったのではないか──。


 週刊文潮の記事はさらに深い告発へと踏み込んでいた。誌面には匿名を条件とした元部員や学校関係者の証言が次々と並び、その中には監督・尾上哲史が日常的に行っていた“指導”の実態が赤裸々に描かれていた。


 その一つが「鼻ピン」と呼ばれる行為だった。額にするデコピンを鼻に加える形で行い、監督は規律を破った生徒や練習態度が気に入らない生徒を呼びつけては、人前でこの罰を加えたという。証言者の言葉によれば――


「最初は軽いものだったんです。でも、だんだん強くなって、鼻血が出るまで続けられることもありました。みんな恐怖で声も出せず、ただうつむくしかなかった」


 誌面に踊るこの告白は、単なる規律指導の域を超えていた。監督の権威を示すための暴力が、半ば儀式のように繰り返され、それを当然とする空気が部内に蔓延していたのだ。


 記者はこう結論づけていた。


「監督の“鼻ピン”をはじめとする行為は、部員たちにとっては恐怖の象徴であり、従属を強いる手段であった。その光景を日常的に目にして育った部員たちが、同じように弱い立場の後輩に暴力を行う土壌が醸成された可能性は否定できない」


 紙面を見つめる読者には、監督個人の暴力と、そこから派生した部内の暴力構造が一本の線でつながっていく様子が、ぞっとするほど生々しく伝わってきた。


 前号の第一弾スクープが波紋を呼んでから一週間。文潮編集部には、読者や関係者からさらなる情報提供が相次いだという。その中には、かつて東雲学園硬式野球部に在籍していた元部員からの、衝撃的な告発も含まれていた。


 ──「私は数年前に野球部を辞めました。けれど、あの時代に寮で受けた仕打ちは今でも夢に出ます」


 誌面にはそうした匿名証言がいくつも並ぶ。


 ある者は、寮のトイレで上級生から便器をなめさせられた屈辱を語った。

 ある者は、浴室で水中に押さえつけられ、死を覚悟するほどの恐怖を体験した。

 また別の者は、無理やり下着を剥がされ、陰部を触られる屈辱的ないじめを受けたと声を震わせた。


 記事は冷静に言葉を選びながらも、その描写には圧倒的な生々しさがあった。


 ──「これは今回の“コンビニ弁当夜食事件”とはまったく別の時期に行われていたものである。だが、こうした行為が複数の世代にまたがって存在していた事実は、“偶発的な不祥事”ではなく、構造的な暴力文化が長らく寮に根付いていたことを示すものではないか」


 記事の結びは、読者の胸を突き刺すような一文で締められていた。


「名門校の輝かしい戦績の裏には、長年にわたる沈黙と恐怖が積み重なっていた。今回の事件は、その“歴史”がついに顔を覗かせたにすぎない──」


 東雲学園の公式ホームページが更新されたのは、平日の夕刻だった。

 トップページに赤文字で「重要なお知らせ」と表示され、クリックすると校長名義の長文の声明が現れる。


 ――週刊誌記事およびSNSにおける誹謗中傷の投稿については、断固たる姿勢で臨みます。本校関係者や在校生に対する根拠のない流布に関しては、顧問弁護士と連携し、法的処置を検討しております。


 事務机の蛍光灯に照らされた職員室で、広報担当の教師たちは固い顔をしてモニターを見つめていた。

 ある若手教員が小声で漏らす。


「……これ、本当に載せてしまって大丈夫なんでしょうか。逆に火に油を注ぐ気が……」


 ベテラン教員は、疲れた顔をして眼鏡を外し、ため息をついた。

「校長の決断だ。俺たちがどうこう言えることじゃない」


 その頃、SNSでは別の光景が広がっていた。

 夜のコンビニのイートイン、大学生風の二人がスマホを突き合わせて笑っている。


「ほら見ろよ、東雲の校長、弁護士つけて訴えるってよ」

「はは、図星だから慌ててんだろ。隠す気マンマンじゃん」


 笑い声はやがて真顔に変わる。

「てかさ、高野連の広島支部の副会長だろ? そりゃ処分が甘くなるわけだよな」

「うわ……繋がっちゃったな。これ、完全に忖度だって思われるやつだ」


 SNSのタイムラインは、赤い炎の絵文字で埋め尽くされていた。

《かん口令とか昭和かよ》

《被害者を守るんじゃなくて、学校のメンツ守るのか?》

《副会長の立場利用してるんだろ、ズブズブだな》


 スマホを握りしめながら画面をスクロールしていた真理子の胸は、冷たい手で締めつけられるように重くなっていた。

 思わず声に出す。


「……やっぱり、こうなるのね」


 彼女の指先はかすかに震えていた。SNSで流れる文字のひとつひとつが、拓真の存在にじわじわと影を落としていく。

 守るべき生徒を盾にし、沈黙を強いる学校。その姿は、真理子にとって恐怖でしかなかった。


 告発の投稿から数週間が経った。

 真理子は、夜の自宅の居間で一人、薄暗い照明の下に座っていた。窓の外では秋めいた風がカーテンを揺らし、時折、近所の犬の遠吠えが聞こえる。テレビは点けてあるものの、内容はほとんど耳に入ってこない。画面のテロップに流れる「東雲学園」「暴力事件」「甲子園辞退」という言葉だけが、胸に重く沈み込んでいた。


 あの日、自分が書いたSNSの投稿が引き金となった。記事は拡散し、世論を動かし、ついには甲子園二回戦の辞退という大きな結果を呼び込んだ。確かに、自分が望んだ「見過ごされるべきではない真実」は表に出た。けれど、その代償もまた、あまりに大きかった。


 数週間が過ぎてもなお、息子の拓真の名前こそ伏せられているものの、学校関係者や野球部を知る者であれば、被害者が誰であるか容易に想像できる。匿名であるはずの線は、じわじわと侵食されていた。真理子自身もまた、近所での視線や、耳元で囁かれるような噂に晒されていた。


「……これで良かったのだろうか」


 小さく声に出してみる。返事は当然返ってこない。胸の奥には、正しさと痛みが幾重にも絡み合い、解けないまま沈殿している。


 もし告発をしなければ、拓真も自分も、ここまで世間の矢面に立つことはなかったかもしれない。けれど――。あのまま沈黙していたなら、第二、第三の被害者が生まれていたかもしれない。その可能性を思うと、どうしても「声を上げなければ」という衝動は抑えられなかったのだ。


「正しかったのか、間違っていたのか……。答えは、まだ出ない」


 ぽつりと呟いた言葉は、静かな居間の空気に溶け、消えていった。テーブルの上には読みかけの週刊誌が置かれている。ページの端には、尾上監督の写真と「王国」と揶揄される体制についての記事が載っていた。


 真理子はその紙面に手を伸ばす。指先に触れたザラリとした質感が、不思議なほど現実味を帯びて胸を締めつけた。


 だが真理子の心の中には、まだ答えを見つけられない暗い迷路が広がっていた。

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