本編
さて、前項で全くと言っていいほど自己紹介をしていなかったので、この場を借りて軽く自己紹介をさせていただく。
私、星野恵は普段は冒険小説や恋愛小説を好んで書いているが、『童話からBLまで』をモットーに、執筆の機会をいただけたらどんなジャンルの小説にもチャレンジすることにしている。そもそも、私は元よりホラーというジャンルがかなり好きなのだが、…好きであるが故に、私は「あの先生やこの先生のような優れた作品を生み出すことはできないし、それだったら寧ろ書かないほうがいいだろう」という思いから書くことを諦めていた。しかし、「はじめに」で触れた通り、ありがたいことにホラーを執筆する機会を頂いたので、恐れ多くもこうして筆を取った次第である。
…さて、これから私が筆を認めるのは、私がつい先日訪れた岡山の心霊スポット、『人形屋敷』で実際に起こった出来事を元にしたフィクションである。フィクション故、登場する人名や地名を一部実際のものから変更しているが、どうかご容赦願いたい。
『人形屋敷』は岡山市の西方に位置している廃墟で、…その中は大量の人形で埋め尽くされ、夜な夜な人形が「動く」ともっぱら噂されている、岡山有数の心霊スポットだ。私は2025年の6月に、作品のネタ探しの一環として、この場所への突撃を「異怪見聞録」の編集者である安井和志から提案された。
…だが、私は一度その提案を跳ね除けた。その理由はいたく単純で、怖いからだ。
オバケもそうだが…、心霊スポットにつきものの、虫、そしてヤンキーが、だ。
おまけに安井は当初の話だと私だけに人形屋敷に行かせて安井自身は行かないつもりでいたため、私はかなり強い口調でそれを拒絶した。しかし、再度安井から提案があった際、当スポットには何度か足を運んでいるが、知る人ぞ知るスポットであるためか全くヤンキーには出くわしたことがないということ、また安井自身も私に同行したいと申し出たので、私は渋々首を縦に振った。
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「いやーどうもどうも。ちょうど人形屋敷に行くっていう作家さんがいなくて困ってたんすよね。やっぱ岡山だと人形屋敷はマストっすからね、マジ感謝っす!」
「はあ、そうですか…」
当日、岡山駅の西口で落ち合った安井は、以前会った時と変わらぬチャラついた姿を私に見せた。金髪のメッシュに大きなピアス、ジャラジャラしたアクセサリーにクロックスという安井の風貌は、ホラー作品で真っ先にやられる、心霊を小馬鹿にした若者のそれであった。
「…そういや安井さん、お腹減ってないですか?その『人形屋敷』に行く前にどこかで腹ごなししませんか?」
「いや、別に俺腹減ってないんで先行きましょうや」そう言って安井は私の車の助手席に乗り込んだ。
「あ、はい…。…あの、よかったら私場所わかんないからナビしてくれると嬉しいんだけど…」
「あ、俺のスマホ充電22%しかないんで。星野さんのスマホのマップで見たらすぐにわかりますよ!」
「あ、はい…」
私は、安井に言われた通りに地図アプリを開いた。…目的地までの地図を見て、私は思わず「うわ」と声を上げた。…車で行けるのは途中までで、どうやら車を降りてからそれなりの距離を歩かなければいけないようだ。
「…こんなとこ行くんですか?」
「そうっす!あ、ここのACアダプター借りますね」そう言うと安井は私の充電器に自身のスマホをつなげた。
「…ん、どうしたんすか?とりあえず車走らせてもらえます?」
「はい…」
…ひょっとしたら一人で行く方が良かったかもしれないと、私は少し後悔した。
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私が車を運転している間、安井は煙草をふかしながら終始低俗な話をしていた。…その内容は、ここで記載するには憚られるような内容ばかりであるため、割愛させていただく。
私は、何事もなく目的地に最も近い駐車場(とはいえ、そこから人形屋敷までは20分以上歩かなければならないのだが)にたどり着き、私たちは人形屋敷へと向かった。
「あ、ここ登りますよ」
住宅街を5〜6分ほど歩いた私たちを待ち受けたいたのは、”獣道”という言葉が似つかわしい、荒れ果てた山道であった。
「…ここ、登るんですか?」
「そうっすよ、じゃないと人形屋敷に辿り着けないんでね」
「ええ…」
…お腹すいた。ご飯、食べてくれば良かったな。
…私は観念して、大人しく藪の中に足を踏み入れた。
山中の道の様子は、酷い有り様だった。というか、最早道と呼べるのか怪しいレベルで荒れ果てている。…流石にこの先に、一人で進みたいとはとても思えない。私は同行してくれた安井の存在に感謝した。
「…しかしすごい場所ですね、よくこんなところ何回も来れますね」
「んー、まあでも心霊スポットでもっとすごい所にあるのなんてザラなんで。これぐらいで音上げてたら他の心霊スポットに行けないっすよー」
「別に私はそこまであっちゃこっちゃ行きたくはないんですけどね…。まあ有名な所、犬鳴トンネルとかは興味ありますけどね」
「今は犬鳴トンネルは立ち入り禁止なんで、トンネルに凸する気ならブタ箱にぶち込まれるのを覚悟しなきゃダメっすよ〜。あそこの奥に『この先日本国憲法通用しません』って立て札があるみたいな噂がありますけど、そのエリアにたどり着く前に日本国の刑法で捕まることは必至っす!」
「なるほど…。…でも立ち入り禁止じゃなかったら安井さんも突撃してるんじゃないの?興味はあるでしょ?」
「いや、俺立ち入り禁止になる前に犬鳴に行ったことあるんすよ!別になんてことない場所でしたよ。まあだけどあそこはヤンキー関連でエラい目にあったんでもう二度と行かないっすねー」
「あ、ああ、そうなんですね…」
ふと、スマホの地図アプリを覗く。…あと5分ほどで、件の人形屋敷に辿り着きそうだ。
その時。
スマホから目を離した私の視界に、獣道の傍にぽつんと佇む、一本の木の柱が映った。
…まさかとは思うが、……これは、
「安井さん、これってま、まさか、朽ちた鳥居、じゃないですよね…?」
随分と年季が入って色褪せてはいるが、黒い土台に赤い柱という”それ”の配色は、日本の神社で見られる一般的な”鳥居”と同じものだ。
「ん?そうっすよ。どこだったか忘れましたけど、前来た時に鳥居の破片みたいなんも見たんで間違いないっすね」
…私の頬を、嫌な汗が伝った。
私は”それ”から目を逸らし、俯きながらも足早に目的地に向かった。
…前日に雨が降っていたこともあって、足元のコンディションは最悪だ。おまけに例年の異常気象により、6月とはいえ、かなり暑い。
私は既に、心身ともにかなり疲弊していた。
あれから5分以上歩いたのに、一向にたどり着く気配がない。
…さっきの”柱”はかなりインパクトがあったのだが、…それはそれとして、本当にこんな藪の中に人形屋敷なんてものがあるのだろうか。あったとしても、こんな自然の中では朽ち果てて、もうとっくに自然に還ってるんじゃないだろうか。
私がネガティブな意見を自問自答してた、次の瞬間、
「あ、あれっすよ。あれが人形屋敷っす!」
…『人形屋敷』の姿の一端が、私の目に飛び込んできた。
…私は、『人形屋敷』という仰々しいフレーズから、『大量の人形を蒐集している狂った資産家が建てた洋館』のような姿をイメージしていたのだが、その実態は私の想像とは大きく異なっていた。
…ここに来る前にあの”柱”を見ていたから余計にそう思ったのかもしれないが、そこには神社の社務所ほどの大きさの、…かつて何かしらの宗教施設であったろうと思われる廃墟があった。そして…。
…私はそこにある”ある物”を見て、一瞬固まった。
「賽銭箱がある…」
「…ああ、そんなん別にヤバくもなんともないんすよ。本丸はこっちっす。どうぞ」
安井に案内されるがままに人形屋敷の中を覗いた私は、その光景に度肝を抜いた。
建物の中には祭壇と、…夥しい数の人形があった。
それも、全て、違う人形だ…。
心霊スポットに関する噂がものすごく膨らんで誇張されて伝わるなんてのはよくある話だが、…ここまで凄まじい光景が広がっていると、噂が広まることなどごく自然なように思える。
…人形が動き出すんだったっけか。
ぞわぞわと全身の毛が逆立つのを感じ、私の緊張は最大限に達した。
「ククッ、そんなに縮こまっちゃってまあ…。…そこの人形、裏見てみてください。面白いものが見れますよ」
なんなんだこいつは…。
安井は、私の足元の人形の裏を覗くように提案してきた。
…この男が面白いというものが、私にとって面白かった試しは一度もないのだが、…これも経験だ。
私は意を決して、人形の裏を懐中電灯で照らした。
私は、それを見た事を一瞬で後悔した。
人形の裏には、住所と生年、そして個人名が書かれていた。
「…これ、なんですか?」
私は恐る恐る安井に問うた。
「クククッ、何なんでしょうねえ?」
…法律が許すのであれば、私はこの男を殴り飛ばしていた。だが、私はそのような蛮行に及ぶ事はせず、怒りを押し殺し、言った。
「…帰りましょう」
「え!もう帰るんすか⁉︎まだ全然オバケ見てないじゃないすか!あ!やっぱ怖いんすか⁉︎大丈夫っすよ、オレがついてますから!」
「…いいえ、帰ります。別に好きなだけここにいてくださったらいいですよ、私は一人で帰りますから」
「え⁉︎…やだなあもう、冗談すよ冗談。まあ目的も達成した事だし、いいっすよ、帰りましょう!」
「…はい、そうですね」
よっぽどこの男を置いて帰りたかったが、私は安井とともに山を下り、車で帰路についた。帰りの車中で、安井は盛大にいびきをかいて寝ていた。
…私はといえば、ずっとあの人形屋敷の事が頭をよぎっては、その度にどうにか頭の中からその思考を取り除こうとしていた。
…しかし、排除しようとすればするほど、それは私の心の中に楔となって深く突き刺さっていった。
…まさか、あの人形が意味するものは、あれなのでは…。…いや、しかし、鳥居だから、違うのか…?…いや、でも…。
…そんなことを自問自答している間に、いつの間にか私は岡山駅に到着していた。
寝ている安井を起こしてその日はお開きになり、私は無事に帰宅した。
その日は何もなかったのだが、…問題はその三日後。
私は、夏風邪をひいてバイトを休んだ。
…その時に見た夢がどうにも気がかりであるため、ぜひ読者の皆様に判断していただきたいと思う。
夢の中で、私は大きな舟に乗って夕暮れの川を対岸へと向かっていた。
やがて私は、この舟に乗っていてはダメだ、降りて戻らなければと思い、舟から川へ降りようとした。
だが、私は川に降りることはなかった。その時、誰かに足首を強く掴まれたからだ。
見ると、私の足首を掴んでいたのは、…裸の赤子だった。
「ダメだよ」
耳元で女の子の囁く声がして、私は目を覚ました。
…足首に触られた感触が残っており、見ると、…赤子の手ほどの大きさの小さなアザが、私の足にあった。
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以上が、人形屋敷を訪問した私の一部始終である。人形屋敷について気になったことや、夢の内容についての解釈など、ちょっとしたことでも何でもコメントしていただけるとありがたい。
勿論、ただ単に感想を送ってくださるだけでも執筆の励みになるので、もしよければ送ってくださると幸いである。
あなたの側に怪異が訪れないことを切に願います。
終わり