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Episode02:家庭菜園のカウンター・インサージェンシー Chapter4-食後の間接火力運用 (Domestic Fire Support: Post-Dinner)

「おお……これは、勝ち確のやつだ……!」


入浴を終えた東雲圭人が、タオル片手にダイニングに現れる。鼻をひくつかせながら、湯気の立つテーブルに目を輝かせた。


「この鶏肉、うまい! 梅がサッパリしてて、あとこの……紫のやつ? これもうんまい! なにこれ?」


口いっぱいに頬張りながらモゴモゴと喋る夫に、和維は苦笑しつつ答える。


「それ、紫蘇。菜園から今朝採れたやつ。あと、サンチュも自家製」


「この緑?サンチュ?シャキシャキで、なんか……“生きてる”って感じする」


「朝に収穫して、冷水で締めたからね。葉脈の締まりが良いと、食感も違ってくるの」


「締めた!? ……なんか格闘技みたいな言い方だな……でも、うん、たしかにシャキシャキしてる。野菜って締めると美味しくなるのか……?」


「まあ……ある意味では、そう」


「家庭菜園、マジで最強だな……!」


何に感動しているのかよくわからない圭人を見て、和維はふわりと笑う。自分が施した“火力投射”が、目の前で確実に効いている。正確な味覚効果範囲。命中率、ほぼ百パーセント。


「卵焼きもうまい。なんだろ、こう……落ち着く甘さ」


「三温糖を使ってるの。まろやかな甘みになるから」


「三温糖……? それって……砂糖? いや、もしかして“3倍甘い糖”……?」


「違うよ。精製度の問題。甘さは普通。3倍じゃない」


「なるほどな〜、でも、美味しいから……全部ヨシ!」


和維は軽くうなずく。言葉の内容よりも、表情と反応が大切なのだ。


夕食を終え、食器を流しへと運ぶと、圭人はいつものルーティンでテレビ前に陣取った。


「じゃ、ちょっとだけゲームしてくる!」


その背中を見送りながら、和維は台所に戻り、水音の中で思う。


 “火力支援要請、間もなく”



画面に映るのは、見覚えのあるTPS風ゲーム。どうやら今日は、戦闘というより探索系らしい。


「えっと、ここで物資探して……ってうわ、敵!? いた!?」


敵の気配に反応し、慌てて方向転換。なぜか壁に向かって全速力で突っ込む圭人。和維は静かに、しかし核心を突いた一言を放つ。


「遮蔽に入って。そこ、クリアリング前のエリア」


「シャヘイ? ……あ、この物陰のこと? あーなんか出てきた出てきた!」


「前進禁止。挟撃される」


「いやでもなんか行けそう……あ、ダメだった」


仰向けに倒れるキャラクター。敵の弾を前面からしっかり受領。


「えっ……もう一回だけ! 今度はいけるかも!」


「そういう人、現地で最初に倒れるタイプだよ」


「現地って…?うおっ、始まるっ!」


コントローラーを握り直し、再戦。今度は慎重に物陰に隠れながら、ちらちらと敵の影を探す圭人。


「えっと……ここをこうして、で、この……なんだっけ、なんか言ってたやつ……?」


「クロスカバー。射線分断を意識して」


「クロス……カバー……? ん、でもなんか、それっぽい! いけるいける!」


が、すぐさま敵の増援が到着し、再び瓦解。


「えー!? もうちょいだったのに!」


「“もうちょい”で終わる戦場は、ないよ」


「……名言っぽい!」



和維は、彼の横顔を少しだけ見つめる。


かつての戦場では、一瞬の判断が命を左右した。撃つか、引くか、伏せるか。ひとつの選択を誤れば、誰かが倒れた。


でも、ここは違う。撃たれても、誰も死なない。失敗しても、やり直せる。


ふと漏れた彼女の声は、ほとんど独り言だった。


「……でも、それでいいの。ここでは、撃たれても死なないから」


「ん? いま何か言った?」


「ううん、なんでもないよ」


和維は静かに首を振って、リビングの照明を少し落とす。


カーテンの向こう、夜の帳がゆっくりと降りていく。

庭のネットがわずかに揺れていた。きっとまた、明日も手入れが必要になる。


だが、それでいい。


今日という一日が、穏やかに終わるのなら。



報告者:c/n Release(東雲 和維)

報告日:本日(標準時省略)


■ 作戦名:庭域巡回・資源収集および家庭内間接火力支援任務(夕食戦域)


■ 概況・戦況報告:

•午後、庭域の警戒および撤収作業を完了。支柱、ネット、土壌水分の再確認実施。

菜園状況:虫害・鳥害なし。収穫対象:紫蘇、サンチュ。特記事項なし。

•夕刻、調理フェイズ移行。

主菜:梅紫蘇巻き焼き鶏むね肉、副菜:小松菜入り卵焼き、汁物:しめじと青菜の味噌汁。

使用資源:三温糖、紫蘇(自家製)、サンチュ(自家製)。

全品、戦闘食としての精神安定性および味覚満足度高。

対象(東雲圭人)の味覚索敵は不発。「紫のやつなんかうまい」「三温糖って3倍甘いの?」との発言あり。情報遮蔽は維持。

•夜間、対象は入浴後、家庭用ゲーム機にて電子戦へ移行。

プレイ状況:敵情把握および遮蔽意識に著しく乏しく、正面突破傾向顕著。

当方より戦術支援(遮蔽誘導・射線指示)を実施するも、理解度は限定的。

ゲーム内死亡多数。ただし、対象は撃たれても平然としており、メンタル回復早。


■ 戦術的観察:

•対象は自家製野菜の差異を口内で即時識別不可も、「うまい」の感想により効果は十分。

「家庭菜園最高か!」との発言あり、補給線維持の士気向上に寄与。

•ゲームプレイ中、戦術用語の理解度は皆無だが、命令調の語気には素直に反応。

無理解ながら“なんとなく動けている”ような錯覚を自発的に獲得しており、現実戦闘では致命的。

ただし、環境的平和の証左とも言える。


■ 状況評価:

•家庭内異常兆候なし。菜園、台所ともに補給ライン安定。

•対象による正体探知行動なし。擬態(主婦プロファイル)は現在も有効。

•任務持続に必要な戦力・環境は整っており、明日以降の作戦行動に支障なし。


■ 総括:

本任務は、対象の精神安定・栄養補給・娯楽支援を兼ねた複合フェーズにおいて

・完全秘匿状態のまま遂行。

・戦術的正確さよりも、「失敗しても死なない」空間に身を置くという安全保障

が、いかなる意味で価値を持つか──その検証は継続中。


    ——Episode2:Mission complete

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