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Episode02:家庭菜園のカウンター・インサージェンシー Chapter2-接敵(Counterinsurgency)

 陽が中天に達し、夏の蒸し暑さが庭先を包み込む頃、東雲和維はひと息ついていた。午前中に雑草や虫の駆除を終え、畝に整えられた土を前にして、彼女の目は鋭く周囲を見渡す。


 「目標区域:第2作付帯(仮)。作戦名『菜園安定化作戦・第二段階』。任務、再開」


 彼女は腰を落とし、指先で丁寧に畝をなぞる。土は適度に湿り、播種に最適な状態だ。朝に予備潅水を済ませてある。残るのは、反乱の芽を断つだけ――病害虫や野鳥、外敵からの攻撃を未然に防ぐ「制圧構築」だ。


 耕作面積は約3平方メートル。元は芝生だった場所を掘り返し、重心移動を活かしながら土壌改変を施したエリアに、和維はレタスミックス、ミニ大根、ベビーリーフ、サンチュの種を慎重に並べる。


 「小口径種子の分散散布。風速、東南から1.2メートル。許容範囲」


 種は風上から風下へと、まるでスモークグレネードを投擲するかのような角度で撒かれ、掌で軽く圧着。鳥の目を欺きつつ、地表との接触面積を最大化する。防鳥ネットはまだ展張しない。位置が割れれば逆探知されるからだ。今はあくまで偽装優先。


 「……次は制圧構築」


 折り畳みスコップを手に取り、ラディッシュの隣に穴を掘る。土質は柔らかく、スコップは抵抗なく沈み込む。


 「この深さで根が分岐。成長過程で下層に栄養が集中する」


 和維の頭の中では、病害虫や乾燥、鳥類、猫など、想定される全敵情に対する対抗策が立案されていた。土壌は中性に近く、苦土石灰を施したのは一週間前。窒素系肥料は控え、リン酸を重点的に与えている。根張りを促す初動型の養分設計だ。


 これが趣味の園芸ではない。彼女にとっては作戦だ。


 菜園の平和は、ただ草を抜くだけでは守れない。小さな虫や鳥の侵入は、まるで拠点へのゲリラ的奇襲(insurgency)そのものだ。ゆえにこの作業は、「接敵(Counterinsurgency)」――すなわち、静かに潜む反乱勢力を先回りして制圧し、再発を防ぐための戦術行動と定義できる。


 庭仕事は先制的な平和維持行動であり、戦場を再発させないための措置だった。


 「……次、支柱補強と展張」


 午前中に調整したトマトの支柱に、今度は上部にポリエチレン製ネットを張り、隣接するナスとピーマンの区画まで連結。横風による倒伏防止と、カラスやスズメの襲撃を防ぐ複合防御陣地だ。


 地面に杭を打ち、ロープワークでテンションを保ちながら固定する。単なるガーデニング作業に見えるが、その一手一手は輸送ヘリの荷下ろしに似た精密さを持っていた。


 「よし。仮設完了。再点検まで60分」


 敵影なし。風速安定。気温は29度。和維は台所から持ってきた水筒を傾け、麦茶を一口含んだ。


 そのとき、ポーチのスマートフォンが震えた。


 通信の到着時刻は15時42分。画面には圭人からのメッセージが表示されている。


 『今日、ちょっと早く帰れそう』


 内容は簡素だが、和維にとっては十分な警戒信号だった。


 「……“早く”の定義によるけど……まあ、18時より前には来ないな、あれは」


 彼女はそう自分に言い聞かせながら、すぐに返信を打つ。


 《そう。無理せず。帰ったらシャワー先に入ってね》


 数秒後、返事が届いた。


 『おっけー!今日こそ負けねえからな! ※ゲーム』


 和維はくすりと笑う。ゲームに熱中する圭人の姿は、日常のささやかな平和の象徴だ。


 「ゲーム……」


 本物の戦場とは違う。撃ち合いの前に土を触る余裕など存在しない。いや、それができる今の方が、何よりも得難いのだ。


 彼女は空を見上げる。夏雲がゆっくりと流れていく。


 張られたネットは風に揺れ、作物を優しく撫でていた。



             畝の深さは愛情の深さ。

      Status: Operation ongoing→Chapter3

              


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