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Episode05:Domestic Loadout Customization Chapter2-鍛造 フォージング・コンタクト

 町外れの小道を登った先、苔むした木の看板が静かに揺れていた。

《高梨鍛刀工房》──その名に反して、軒先に並ぶのは菜切り包丁や出刃、小ぶりな農具たち。

けれど空気には、どこか戦場を思わせる“熱”があった。静かで、張り詰めた気配。


周囲は杉林に囲まれ、音の抜けが悪い。金属の打音すら聞こえないのに、炉の存在だけが圧を放っていた。


「……ここ、か」


圭人が喉を鳴らすように言う。和維は頷き、無言で玄関脇の鐘を鳴らした。


しばらくして、奥から現れたのは灰色の作務衣に身を包んだ老人だった。

肌は煤け、目は火より鋭い。無駄な動きは一切ない。


「用件は」


「刃をひとつ。打っていただきたいんです」


老人──高梨敬三はわずかに目を細めた。


「何に使う」


「調理用です。でも──普通のではなく、“自分に合う”一本を」


和維の返しに、高梨はわずかに口角を上げた。興味を持ったらしい。


「こっちだ」


工房の中はまるで火薬庫のようだった。鉄と煤と、油の匂い。

壁には型紙、棚には鋼材。天井の梁には使い込まれたハンマーが並び、中央には自作の炉が鎮座していた。


炉の前に立ち、無言でトングを手にする高梨に、和維が切り出す。


「鋼材の在庫、何があります?」


「青紙一号、スーパー、白紙二号、SK材少々。あとは安来。粉末鋼ならSG2がちょっと。何を狙う」


「刃先硬度はHRC63あたりで。だけど全体は割れない程度に靭性を持たせたい。なので心材は青紙スーパー、外装は白紙二号で鍛接してもらえますか? 焼きは深め、でも刃のしなりは欲しい。芯温でいえば760度をピークに、温度降下での均熱保持を長めにとって、あとは自家焼き戻し──炉でやってるなら、対流方式がベストです」


「……ほう」


高梨の目が細く笑った。


「……包丁を選ぶ客の目じゃねえな、お前」


「道具は、“現場での役割”を基準に選びたいんです。刃物も例外じゃなくて」


圭人が口を開く。


「ごめん、今……どこの言語の会話?」


「日本語だよ」


「いや、知らない単語しか出てこなかったけど……?」


高梨は圭人に目を向けると、小さく呟いた。


「お前は?」


「え? あ、ぼくは、その、ついてきただけで……一応、旦那です……」


「なら、見ておけ。刃物は料理を変える。料理が変われば、生活が変わる。生活が変われば──女が変わる」


「うわ、なんか怖い名言きた……」


その横で、和維は炉の前にしゃがみ込み、鋼の束を指で弾いていた。


「この青紙、粒子が揃ってますね。製鋼工程、炉のコントロールが絶妙だわ」


「古いやり方しか知らんよ。炉は自作だ。酸素量も気圧も感覚任せだ」


「それでこの肌なら……火の音、聴いてるんですね」


高梨は頷いた。


「火は嘘をつかん。人間はすぐ嘘をつくがな」


「鋼は、嘘つけないですからね」


ふたりの間に、妙な静寂が流れた。

その中で、和維はさらに踏み込む。


「重心、柄元から3センチ先に置きたいです。実際にスナップで切る使い方が多くて。

あと柄材、手汗でも滑らないようにミカルタ、またはマイカルボン。合成樹脂だけど天然布地との積層で、手の中に収まりが良くなる。接着剤は熱可塑性じゃなくてエポキシ樹脂系がいいです。夏場にベタつくとテンポが崩れるので」


高梨が顎に手を当て、少し考える。


「じゃあ柄尻に重さ持たせて、バランスをやや後ろに振ってみるか? 疲れにくいぞ」


「いえ、それだと返しの動きが鈍ります。私はスナップで刃を“抜く”ように使うので、前重心の方が手に合います」


「刃元に厚みつけて、骨ごと落とす構造もありだな。砥ぎは甘くなるが」


「切断よりも繊維を断ちたいんです。厚みは中腹に緩やかに乗せて、刃元は薄めが理想です。刃渡りは180ミリ、先端はドロップポイント気味に」


「……面白い。まるで軍用設計だな」


「生活防衛用、ですね。生きるのに最適化した道具が、欲しいんです」


高梨は声を出さず、炉に火を入れた。

パチッという火花が跳ね、鈍い赤が灯る。


「三日だ。試作一本。砥ぎまでは自分でやれ」


「やります。下地だけ引いていただければ、あとは仕上げ砥で詰めます」


「砥石は?」


「天然青砥。硬めの巣板もありますが、仕上げに使うのは黒蓮華か伊予の古砥。滑走性が良くて、粒子が揃ってる」


「……よく喋る女だな。だが筋は通ってる」


高梨は鋼材を選びながら、ふと提案するように口を開いた。


「──お前さんに、ひとつ注文がある」


「はい?」


「その包丁が完成したら、一度、俺の前で使ってみせろ。手の動きと力の入れ方が見えれば、次はもっと“お前に合う刃”が打てる。刃物ってのはな、最後は“使う奴の癖”で仕上がるもんだ」


和維は目を見て、ゆっくりと頷いた。


「……了解しました」


それはただの注文ではない。

鍛冶職人としての信頼の提示であり、道具に人生を賭ける者同士の“共闘”の宣言だった。


圭人がふと、工房の隅に吊るされた一本の和包丁に気づいて呟く。


「……あれ、なんで銘がないんですか?」


高梨は火箸の手を止めた。しばし黙し、やがて低く言った。


「……使い道を間違えた刃だった。切るべきものと向き合わず、ただ鋭さを求めた。結果として“何でも斬れる”だけの刃になった。そんなものは、使い手を迷わせる」


「迷わせる?」


「力をくれる道具は、人を導くことも、狂わせることもできる。あれは後者だった。だから名前を刻まなかった。“自分”の作じゃないと思いたかったんだろうよ」


静かな語りだったが、その一言一言が鉄より重く響いた。


和維は言葉を挟まず、ただ一礼するように小さく頭を下げた。

それは共感でも、同情でもなかった。

過去を背負う者同士の、ごく短い敬意の交換。


「──ありがとうございます。よろしくお願いします」


「おう。……いい刃にしてやるよ」



帰り道。山道を下りながら、圭人はそっと呟いた。


「……なんかさ。俺、さっきの時間、ずっと気配だけで生き延びてた気がする」


「大丈夫。あなたは“観測支援兵”だったわ」


「よくわかんないけどそれって何か役に立ってるの……?」


「立ってたわよ。黙っていてくれて、ありがとう」


和維の声は穏やかだった。まるで、戦地で共に陣を張った僚兵に向けるように。


圭人はぽりぽりと頬をかきながら、ぼそっと付け足した。


「ていうか……さっきの会話、90%が“刃物の会話じゃなかったよ?」


「刃物の会話よ、ただし、“生活特化仕様”の刃物の話し」


「いやあれ、“生活”って言えるのか……?」


和維は笑って答えない。

山道の木洩れ日が、ふたりの背中を照らしていた。


火と鋼は、今、新しい“装備”を生み出そうとしていた。

それは戦うためではない──日々という前線を、紡いでいくための刃だ。


           鋼材は語る、意志のかたちを

     Status: Operation ongoing → Chapter3

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