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Episode05:Domestic Loadout Customization Chapter1-ブレード・ドロップポイントに異常あり

 朝の光が、窓から差し込む。キッチンに立つ和維は、まな板の横に置かれた包丁の刃先を見つめていた。

切るのは野菜。けれど、手に取ったその瞬間、彼女の指先に微かな違和感が走った。


「……逃げるわね」


まな板の上で、人参が刃のわずかな鈍りに合わせて滑った。それはほんの数ミリ、されど見過ごせないズレ。

彼女は静かに包丁を研ぎ石に当て、角度を整えながら刃を滑らせる。


「切断時の抵抗値が微妙に上がってる。うっかりすると軌道が逸れるわ」


その独り言に、後ろから声が飛んだ。


「なに?何に逃げられた?」


振り返ると、夫の圭人が寝癖混じりの髪でトーストを齧りながら立っている。


「……野菜が、よ」


「え?」


「この包丁、もう限界。調理時の刃物は火器と同じ。精度と信頼性が命よ」


「ええと、それ……家庭の話?」


「ええ。わたしにとっては、ここが戦場だから」


「そっか……がんばってね…?」


圭人は何もわかっていないが、うまく着地させたつもりのようだ。和維は、ふっと笑ってトマトを一つ手に取る。

だが、スッと切ったはずのその断面に、わずかに皮が残っていた。微細なバリだ。そこに全神経が集中する。


この包丁は、和維が選んだものではない。


圭人が独身時代にホームセンターで「料理するなら、たぶん要るよね」と、深く考えず買ったもの。

量販品のステンレス一体成型。

悪くはないが、特別良くもない。

それを和維が刃角を調整し、バランスを取り、砥石を使い分けながら今日まで整備してきた。


(包丁の刃角が甘くなってる。砥ぎ直しても回復しないのは、鋼材の芯が劣化してる証拠。ここまで来たら──更新、ね)


“任務で与えられた装備”ではなく、“自分で選ぶ装備”。

戦闘用ではない、“生活を支える刃”としての最適解。


刃渡り、重心、グリップ形状、素材、耐久性、研ぎやすさ、応力分布。


──そのすべてを選び取る、真剣な調達。


「ちょっと行きたい場所があるの」


「ん? どこ?」


「キッチン用品専門店」


「……あ、包丁見に行く流れか」


「そう」


和維は真顔でうなずいた。


「敵地に突入する覚悟で、よろしくね」


「敵地なの!?」


その日、和維は着替えた圭人と並んで、駅前の商店街にあるキッチン用品専門店へと足を踏み入れていた。


「へえ……ここ、初めて来た」


「知識があれば、戦闘は避けられる。道具選びも同じ。目的を明確に、性能を見極めて。そうすれば、戦わずして勝てるわ」


「キッチン道具の話だよね? 今の」


頷く和維の横顔は真剣そのもの。専門店の棚にずらりと並ぶ包丁を、まるで銃火器のような目で眺めていた。


「和包丁、洋包丁、セラミックにダマスカス……鋼材だけで十種以上あるわね」


「そんなにいる?っていうか、そんなに違うの?」


「銃の口径を見れば火力と用途がわかるのと同じ。包丁も、材質と設計でまるで違うわ」


「うん、やっぱ話が飛ぶなぁ……」


和維が向かったのは、“プロ用”のゾーンだった。

棚には、各種鋼材と木柄・積層樹脂柄の包丁がずらりと並ぶ。

鋼の成分表示、焼き入れ方式、硬度スケール。情報量の塊だった。


「これはどうかな……SKD12、焼戻し温度が浅いか……あ、こっちは青紙一号? 複合材で硬度65って、刃こぼれしない?」


圭人はすでに置いていかれていた。


「そもそも“青紙”って何?」


「高炭素鋼。切れ味はいいけど錆びやすいの。ステンレスと積層してるやつなら手入れが少し楽」


「へえ……(そういう話ってどこで習うんだろ……)」

苦笑する圭人の横で和維は店員を呼び止めた。


「この製品についてお聞きしたいんですけど」


「はい、どのようなことでしょう?」


「この鋼材、焼き戻し温度は何度ですか? 靭性値と構造粒度も教えてください。あと焼入れは油冷?水冷?それとも真空ですか?」


店員が一瞬固まった。


「え……えっと……焼き戻し……ですか……?」


「そうです。靭性は特に気になります。硬度がHRC60を超えているように見えますが、研ぎにくくなっていませんか?それとも表面焼き?」


店員の顔が明らかに引きつっていた。

──そして、逃げた。


「す、すみません……ちょっと担当の者呼んできますねっ!」


早足で店の奥に消えた背中を見ながら、和維は棚の前で立ち尽くした。


(……駄目ね。市販モデルの限界。形だけ“それっぽく”してあっても、中身が伴っていない。道具に嘘がある。これじゃあ──)


心の中で、ふとよぎる。


(──これはもう、“玩具”よ)


その表情に緊張感を覚えた圭人が、横からそっと声をかけた。


「……あのさ。もし普通の売り物じゃダメなら、いっそ鍛冶屋とか……そういうとこでオーダーメイドできるんじゃない?」


「鍛冶屋?」


「いや、なんとなく。昔、包丁って職人さんが打ってたって聞いたことあるから」


和維はその一言に、はっと目を見開いた。


「……職人。そうか、“火と鋼”に直接触れてる人間なら──この要求にも応えられるかもしれない」


その瞬間、彼女の思考は切り替わった。

目の前の専門店ではなく、もっと奥深い場所へ。工業製品ではなく、“鍛えられた刃”の世界へ。


和維はバッグからスマートフォンを取り出すと、すぐに検索を始めた。

──『刃物 鍛冶屋 関東』『手打ち包丁 注文』『刃物職人 面談可能』。次々とタブを開き、条件をチェックしていく。


圭人は少し心配そうに聞く。


「まさか、本当に行く…の?」


「ええ。わたしは、信頼できる刃を求めてる。生半可な工業品じゃなく、“思想を持った鋼”がほしいの」


「思想を持った……」


「言葉どおりよ。刃物は、人を切るか、人を活かすか。その思想が、鋼に刻まれてる」


「うん、やっぱ飛んでるよ、話が……」


圭人が肩をすくめる間にも、和維は検索結果のひとつに視線を止めた。


『──高梨鍛刀工房たかなしたんとうこうぼう──

創業50年。包丁・農具・和式刃物全般の注文製作可。見学可・対面相談制。』


そこには、町外れの住宅地にひっそり構える工房の外観写真が添えられていた。木の看板に焼き印のような文字。

表情に浮かぶのは、和維にしては珍しい“高揚感”だった。


「ここにしよう、ここがいい。まずは、火の音を聞いてみたい」


その言葉は、あくまで静かに──けれど、どこか誓いのように響いていた。


圭人は苦笑しつつ、「俺、ついてくだけでいいよね?」と確認した。


「もちろん。あなたは補給線なんだから」


「……そういうの、たまに便利に使うよね」


和維は何も答えず、ただスマートフォンの地図アプリを確認していた。

彼女の目に映るのは、新たな“装備調達任務”の出発地点──火と鋼の世界だった。



     その切れ味、ターゲット逃してませんか?

     Status: Operation ongoing → Chapter2

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