Episode01:非対称戦とお弁当 Chapter1-暁の起床戦線-
0430時:潜入任務、開始。
外はまだ暗く、民間の世界は深い眠りの中。だが、私にとっては**High Alert(高度警戒状態)**だ。
「対象とのコンタクトまで残り九十分……」
私はソファから静かに立ち上がる。
**Situational Awareness(環境認識)は既に完了している。リビング、廊下、キッチン──全てのAO(Area of Operation)**は夜間偵察済み。視覚障害物、障害音源、動線リスク、すべて排除済み。任務遂行条件、良好。
目標地点:台所。
任務内容:弁当製造。
想定敵性勢力:焦げ、過熱、調味料忘れ、冷凍庫に潜伏する凍死兵。
戦場は、補給線の脆弱な状況下での局地的対処戦である。
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【フェーズ1:偵察・物資確認】
冷蔵庫を開け、戦力状況を確認。
ウインナー×5、冷凍ブロッコリー×4房、卵×2、梅干し、乾物類、予備味噌。
主食である米は、前夜の浸水処理を経て、現在は土鍋での炊飯作業中。
音を立てずに蓋を外し、わずかに蒸気を嗅ぎ取る。香りの立ち上がり、湿度、火力、すべて問題なし。
「兵站、作戦進行に耐えうる水準。補給計画、問題なし」
私は電子レンジに手をかける。音を消した**ステルス加熱モード(チャイム音OFF)**は、初期配備時に独自改造済み。
民間用電子レンジにサプレッサーを付けたのは、私くらいかもしれない。
加熱音ゼロ、振動最小化。敵(=夫)に気づかれる要素なし。
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【フェーズ2:調理作戦本番】
Step A:ウインナー調理
ウインナーは、味覚火力の即応兵器。
**短距離対地攻撃兵器(SGA)**として即時展開可能。
同時に、見た目の戦意高揚効果も期待できる。
私は包丁を右手に取り、僅かに刃を弾いて重量バランスを確認する。
PMC時代、刃物の感覚は命と直結していた。いまは違う。それでも──癖は消えない。
3本は斜めスライス、端部角度30度。断面露出範囲広く、熱伝導と見た目の両面に対応。
残り2本は「戦術ウインナーアート」用。小動物型に飾り切りして、心理兵器として配置する。
この5本が放つ**“視覚火力”**は、単なる弁当では到達し得ない。弁当の存在そのものを“戦場”から“聖域”へと昇華させる。
Step B:玉子焼き調理
卵2個を静かに割る。まるで爆薬処理のように慎重に。
TCCC基準に基づく糖質設計。昆布出汁、三温糖少量。
熱の入りはギリギリまでコントロール。
巻きの工程は、まるでスリングショットを手繰るような集中が必要だ。
層状構造を維持しながら、ふっくら仕上げる。視覚的な信頼性と食感の安定性──このバランスが鍵だ。
Step C:冷凍ブロッコリー投入
解凍は無音モードで1分15秒。
ここでの作業は視覚的な“緑の防壁”構築に相当する。
彩度・配置バランスの両面で、味の飽和を防ぐ意味がある。
Step D:おにぎり製造
ご飯は炊き立て。土鍋の蓋を外した瞬間に立ちのぼる香りが、戦場とは真逆の温度と湿度をもたらす。
私は手袋を外し、素手でご飯を握る。
指の先には、かつて7.62mm弾の熱で火傷した感覚が残っている。だが、今は違う。
今握るのは命を削る兵器ではなく、命を満たす補給物資だ。
中心には梅干しを配置。pH制御型天然防腐剤。保存性能に優れ、心理的安定にも寄与する。
おにぎり2つ、卵焼き3切れ、ウインナー5本、ブロッコリーを彩り配置。
すべての兵站構成、配置戦術、心理効果──その全てが、計算と経験によって成り立っている。
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【フェーズ3:完了と移行】
0600時。2階から微かな物音。
夫・圭人、起床準備フェーズに入ったと判断。
私はキッチンカウンターに目をやる。
完成した兵站(弁当)は、朝の光の中で静かにその姿を見せている。
赤、黄、緑、白──配置された構成色が、視覚的カモフラージュと同時に士気を高める意図を果たしている。
「戦術配置、完了」
だがこれは“終わり”ではない。
作戦は、第二段階に移行する。
手早くまな板を洗い、包丁を拭く。油飛びの跡はすでに排除済み。
ブロッコリーを解凍に使った耐熱皿、玉子焼き器、使用済みの調味スプーン──全てを沈黙のうちにシンクへ。
朝食作戦、発令まで残り15分。
冷蔵庫の扉を開き、次の資源を確認。
昨晩の炊き込みご飯の残弾、鮭、漬物。
目標:0615時、補給完了。
「AO(戦域)、継続確保。戦闘継続」
私はエプロンの紐を締め直す。
まだ、外すわけにはいかない。
これは撤収ではない。次の作戦までのインターミッションだ。
朝食任務、即時再編成――
台所には、再び火の気配が戻り始めていた。
弁当の数だけ、作戦はある。
Status: Operation ongoing→Chapter2