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ドナドナ辺境開拓記  作者: 廃くじら


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第8話

その変化はゆるりと、しかし確かな実感を伴って表れた。


辺境生活五日目、隘路での狩りを始めて四日目。前日までと比べて目に見えて分かるほど、周囲から魔物の気配が減った。


「ワフゥ……」


ポコもあまりの手ごたえの無さと退屈さに耳がヘタッと萎れてしまっている。


前日に倒したグレムリンの死骸を囮に臭いに釣られた灰色狼グレイウルフの群れを仕留め、辛うじて坊主は避けられたものの、その日の報酬は銀貨六枚。食費を差し引くと辺境生活初めての赤字となってしまった。


それでもトアは前日までの成功体験が忘れられず、その日は偶々魔物が近くにいなかっただけだと翌日も隘路での狩りを続行する。しかし粘ってみても獲物の気配はなく、逆にとんでもない大物に見つかってしまった。


『ウガァァ! ガァ! グアァァッ!』


体長二五〇センチはあろうかというオーガがトアたちを発見し、雄叫びを上げて襲い掛かってきたのだ。


幸いにもオーガの巨躯は隘路を通り抜けられるサイズではない。狭い岩の隙間に身体を無理やり押し込み通り抜けようとしているが、流石にそれは無理が──


『ウグァァァァァァァッ!!』


──ガラガラガラッ!


訂正。オーガの怪力によって固い岩盤に罅が入り、隘路が大きく崩れた。この様子では遠からず隘路そのものが破壊され突破されてしまうだろう。


「うわ……え、何? あそこまでして俺らを狙うとか、何か恨みでも買ったっけ?」

「ワフゥッ!? トア! ハヤク、ハヤク!」


トアは高台からオーガの様子を伺い、顔を歪めて冷や汗を流す。ポコは早く逃げようと催促してくるが、トアはポコの頭を撫でてそれを宥めた。


「まだ早い。もうちょい待ちな。あっちの方が足が速いから、あんまり早く逃げると追いつかれる」

「ウゥ……」


トアはポコそして自分自身の恐怖を誤魔化すように、敢えて軽口を放つ。


「にしてもあいつ、やけに目が血走ってるというか、余裕がないよな。ほら、ポコも見てみろよ」

「…………!(フルフルフル)」

「ああ、ごめんごめん。怖がらせるつもりはなかったんだ」


しかしポコはトアの身体に顔を押し付けて震えており、とてもオーガを目視する余裕などない。よしよしとポコの身体を抱きしめさすりながら、トアはオーガを観察した。


──あのオーガの雰囲気……飢えてる?


周辺に餌となる魔物がおらず、腹が空いて襲い掛かってきたということだろうか?


──ビキビキビキ、ガラッ!


『グォォォォォォッ!!』


そんなことを考えていると、とうとうオーガは狭い隘路を潜り抜け、岩壁のこちら側にやってきてしまった。トアたちのいる高台に到達するまで、あと一分もかかるまい。


「トア! トア!」

「ああ、はいはい。そんじゃ荷物はこっちで運ぶから、ポコは先に下りな」

「ワフ!」


後背を襲われる心配のない地形。言い換えれば高低差による行き止まりに陣取っていた以上、トアたちも当然、今回のような強力な魔物に見つかった場合の備えはしていた。


崖の上の木に結びつけられた細いロープを垂らし、ポコは岩壁からするすると八メートルほどの高さを降下。荷物一式を背負ったトアもそれに続いた。


予め岩壁からの降下は練習していたので、トアたちの動きに逡巡はない。


『ウゴァァッ……グァ?』


オーガが岩壁に上がって来た時にはトアたちの姿は影も形も見当たらなかった。飛び降りれば追いかけること自体は可能だったが、流石にこの高さを獲物の姿も見えない状況で飛び降りるのは例えオーガであっても躊躇われる。そしてトアたちが使ったロープは、その巨躯を支えるにはあまりに頼りなかった。


結局オーガは元来た道を戻り、再び苦労しもがきながら隘路を潜り抜ける羽目になる。




「ワフ。トア、ニモツ、モツ?」

「ああ、いいよいいよ。あんなのが近くにいたんじゃ今日はもう狩りにならない。荷物はこのまま俺が持つよ」


辺境の森の中を駆けていたポコは、オーガを撒いてそろそろ大丈夫だろうというタイミングで速度を緩め、背負い袋含めた荷物一式を運ぶ背後のトアに声をかけた。


トアは魔物との遭遇に備えて身軽になることよりこの場を離れることを優先し、その申し出を断る。


「ワフゥ……」


しかしトアの役に立ちたいと張り切っているポコにとって荷物持ちは自分の大切な仕事だ。役割を失った寂しさに尻尾がシュンと萎れた。


そんなポコの様子に苦笑してトアは付け加える。


「今日はもう村に戻ろう。戦闘は極力避けたい。走りながらで大変だろうけど、索敵をしっかり頼むよ」

「! ワフ、マカセル!」


役割を与えられたポコは元気を取り戻し、周囲をキョロキョロ見渡しながら駆け足で開拓村までの道を先導する。


トアも索敵をポコ任せにはせず周囲を警戒していたが、その思考の大部分は先ほど遭遇したオーガへと向けられていた。


──昨日から急に魔物が減ったこととあのオーガは何か関係があったりするのかな? 流石にアレが魔物を喰いつくしたってことはないだろうけど、オーガに怯えて逃げ出したってのは普通に有りそうな気がする。いや魔物が減ったのは別の要因で、そのせいでオーガが飢えたってパターンも有り得るか。


だがトアは辺境の魔物事情については素人だ。オーガが現れたことも近隣の魔物が少なくなったことも、ふわふわとした想像を巡らせることしか出来ない。


開拓村周辺は基本的に危険な魔物が出現することは少ないと聞いていたので、オーガが現れたことが異常とまでは言わないが、珍しい状況だということぐらいしか分からなかった。


──ん? というか、そもそもどうして開拓村周辺は危険な魔物が出ないなんて話になってるんだ? 別に結界が張られてたり棲家がハッキリ分かれてるわけでもないんだから、村の近くに強力な魔物が現れてもおかしくはないよな?


状況を分析しようにも前提となる知識や経験が不足していることを自覚し、トアはかぶりを横に振った。


──駄目だな。これ以上考えてもドツボにハマりそうだ。専門家に相談するしかないか。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「オーガについちゃ判断材料が少なくて何とも言えんが、この近辺から魔物が減った理由なら分かる──狩り過ぎだよ」


トアとポコが開拓村に帰還し、担当のアルドにオーガ発見の一報を入れつつ狩りが上手くいかないことについて相談すると、あっさりそんな答えが返ってきた。


「狩り過ぎ……ですか?」

「いくら辺境に魔物が溢れてるとはいえ、湯水みてぇに際限なく湧き続けてるわけじゃねぇ。同じ場所で狩ってりゃ減りもするさ」


それはそうかもしれないが、目に見えて減るほど狩った覚えは──ああ。


「ひょっとして、僕らが原因ですか?」

「そういうこった」


トアが辿り着いた答えを、アルドは頷き肯定した。


「段取りが悪いとはいえ、新人共が狭い狩場で魔物を狩り続ければそりゃ減りもする。だから新人が到着した直後は、大抵開拓村周辺から魔物の姿がなくなるのさ」


言われてみれば当然の成り行きだった。


「例年なら魔物の数が戻ってくるまで大体二か月。稼ごうと思えばリスクをとって遠出するしかねぇ」


つまり比較的安全な場所で細々狩りを続けていこうというトアの目論見は、最初から破綻していたわけだ。


八つ当たりとは分かっていても、つい恨みがましい声が口を突いて出る。


「……分かってたなら最初から教えといてくださいよ」

「知ったところで何が変わるよ? どうせ近場で狩りができなくなる前に稼いどこうとか考えて無理して自爆する馬鹿が増えるだけだろ」

「それはそうですけど……」


あっさり言い返されて撃沈する。


そんなトアに肩を竦めてアルドは付け加えた。


「一応、あと二、三日したら警告してやるつもりではあったんだがな。例年なら近場から魔物が姿を消すまで一〇日前後はかかる。今回はいつもより生き延びてる奴が多いようだし、お前さんらを含めて優秀な新人が多いってことかもな」

「……皮肉ですか?」


トアはやり取りの意味が分からず呑気に尻尾を振っているポコに一瞬視線をやり呻く。


「そんなつもりはねぇさ。生き延びたことを素直に誇れよ」

「コソコソ待ち伏せして雑魚狩りしてただけですけどね」

「それでもだ。どんなやり方だろうと結果が全て──そして辺境ここじゃ生き延びる以上の結果はねぇ」

「…………」


そのやり方が今後通用しなくなりそうで困っているわけだが、トアはそれ以上反論しなかった。しても意味がないし、過度な謙遜は自分だけでなくポコの頑張りを否定することにもなりかねない。


一先ず近場から魔物が減った原因については理解し、話題を変える。


「オーガの方はどうなります? 流石にあんな大物にうろつかれちゃ、俺ら新人は狩りどころじゃないですよ」


暗にどうにかしてくれと伝えるが、アルドの返答は素っ気ないものだった。


「そうかい。まぁ、俺らとしては気を付けろとしか言いようがねぇな。一応、他の連中にも情報は伝えておくから、運がよけりゃ誰か見つけて狩ってくれるんじゃねぇか?」

「公社から個別に討伐依頼を出したりとかは?」


トアの言葉にアルドは馬鹿にしたように鼻を鳴らす。


「オーガごときに?」

「ごときって──」


言いかけて、トアは反論の言葉を呑み込んだ。未熟な新人が亡くなるのは開拓公社にとっても損失ではないか──そうした発想が的外れなものであることは、まだ辺境に来て一週間と経っていないトアにも理解できていた。


新人でも大事に育てて成長すれば戦力に──そんな甘い話はないのだ。少なくともこの辺境では。


どれほど大切に育てても死ぬ人間は結局死ぬ。この程度のことで死ぬような人間に開拓公社は最初から興味がない。


彼らが欲しているのは生き延びるという結果を出せる人間だ。その過程は知恵でも運でも、先達に媚びる術でも、飛び抜けた強さでも何でもいい。


一つ確かなことは、そのための実力とは指導して身につくようなものではない、ということ。熱心に教え育てれば何とかなる程度の問題なら、人類が辺境開拓を諦める必要はなかっただろう。


そんなトアの理解を見て取ったアルドは肩を竦めて付け加えた。


「……まぁ、オーガがこの辺りをうろついてたんだとしても、碌に食うもんも無けりゃその内どっか行くだろ。魔素濃度の問題もあるしな」

「魔素濃度……ですか?」


魔素というと辺境に充満する瘴気の一種で、動物を魔物化したり狂暴化させる性質があるというアレだろうか。


「ああ。魔素は辺境内でもエリアによって濃淡があって、開拓村は比較的それが薄いエリアにある。で、詳しい理由まではよく分かってねぇんだが、強力な魔物ほど魔素濃度が高い場所を好む習性があるんだと。別にそこを離れられないってわけじゃねぇから、あくまで目安程度だがな」


なるほど、開拓村周辺で強力な魔物の目撃情報が少ないのはそういう理屈か。


強力な魔物が魔素を好むのか、あるいは逆に魔素の濃い場所を好むから強力な魔物になったのか──そこまで考えてトアはふと嫌な想像に思い至り、顔を顰めた。


「ひょっとして、魔素って人体にも悪影響があったりしません?」

「かもな」


アルドは肩を竦めてあっさり認めた。


「実際、魔素の濃い辺境で活動してる開拓者は、外の連中より成長が速いなんて話は良く聞くし負の影響が無いとは言えん──が、まぁ気にするな」


続くアルドの言い分は、トアも思わず納得せざるを得ないものだった。


「どうせそんな長生きできやしねぇよ」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ワッフ~♪」


その日の夜。いつもの食堂で夕食を終え、機嫌よさそうに歩くポコの後ろをトアが考え事をしながらついて行く。


懐具合は節約すれば後三、四日は持つだろうが、あまり余裕はない。明日からまたどうしたものか、とトアは漏れ出そうになる溜め息を堪えた。


──他の連中はともかく、僕とポコの二人じゃ遠征なんてただ死にに行くようなもんだ。何とかやり方を考えないと。


遠征をするとなれば問題となってくるのは単純な戦力だけではない。狩場の情報を集めるところから始める必要があるし、開拓村から離れれば離れるだけ獲物の運搬をどうするのかという問題も出てくる。


──既存のベテランパーティーに頭下げて下働きでもさせてもらうのが一番賢いやり方なんだろうけど……う~ん。


初日の苦い経験が先輩開拓者と組むことを躊躇わせていた。更に付け加えるならその場合ほぼ間違いなくポコは数から弾かれてしまう。最悪ポコとセットで一人分の賃金で経験を積ませてもらうという選択肢がないでもないが──



「──っだよ! ホントに図体だけで役に立たねぇな、お前はよ!」

「ひぃ! ごめんなさいごめんなさい!」



通りの反対側から何かが盛大にぶちまけられるような音と男の怒声、それに平謝りする情けない声が聞こえた。


揉め事に巻き込まれないようチラとだけ視線を向けると、地面に身体を抱えて蹲る巨体に向けて、誰かが罵声を浴びせている光景が視界の端に映る。


「だぁ! 固まってる暇があったらとっとと拾え! 俺をこれ以上苛立たせるんじゃねぇ!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

「だからぁ──」


恐らくは開拓者同士のいざこざ。会話の内容から推察すると、新人開拓者が何かやらかして先輩開拓者に怒られているといったところだろうか。


──あの感じだとどっちもどっちって感じか……やっぱベテランと組むのは最後の手段だな。


トアはそれ以上特に感想も興味もなく、関わり合いになるまいとポコを促し足早にその場を離れる。


「…………」


けれどポコはその時、背中を押されながらジッと声のする方に視線を向けていた。

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