第6話
「さぁ、今日も安全第一で狩っていくぞ」
「ワフゥ!」
朝起きて尻に異常がないことを確認したトアは、ボリュームだけはある硬いパンを二個、銀貨二枚で購入。内、一個を朝食にポコと二人で分けて食べた。
食事の質は昨日より確実に下がっているがこれも貯蓄のため。ポコは誰かと一緒に食事ができること自体が嬉しいのか特に不満は無さそうだ。
「今日はグレムリンや大蜥蜴を探すのもそうだけど、それよりも他の魔物に遭遇しないように気を付けてもらえるかな?」
「ワフ? カリ、シナイ?」
首を傾げるポコに、トアは今日の方針を説明する。
「もちろん狩りはするけど、午前中はこの開拓村周辺の地形の確認を優先したいんだ。危ない場所とか戦いやすい場所とか、いざという時の逃げ道とか。開拓公社にもざっくりした地図はあったけど、実際に見て確認しておいた方がいいでしょ?」
「???」
「ん~……朝はこの辺りを探検して、本格的な狩りは午後からにしよう」
「タンケン!」
探検という言葉に目を輝かせ、トアを急かして開拓村の街壁をくぐろうとするポコ。トアは「魔物に気を付けるのを忘れないでね」と釘を刺し、苦笑しながらその後に続いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
朝の宣言通り魔物との戦闘は避け、午前中いっぱいを周囲の地形の確認に費やしたトアとポコ。二人は見晴らしの良い高台にある大岩の陰で、昼食休憩を取っていた。
「ワフッ!?」
「ほら、固いからあんまり焦って食べると喉につまるよ。水飲んで」
「(ゴクゴク)……ワフゥ」
喉を詰まらせたポコに水袋を渡して介護しつつ、トアも口に水を含んで石のような硬いパンをゆっくりふやかして喉に押し込む。故郷で母が焼いてくれたパンを懐かしく思い──すぐその馬鹿馬鹿しさにかぶりを横に振った。
トアは思考を今現在自分が直面している問題に戻し、午前中の成果を整理する。
当初の目的であった地形の把握については既に八割方終わっていた。特に不意打ちを受けるリスクが高そうな場所、また逆に待ち伏せがしやすそうな場所はある程度目星をつけ、午後からの狩りに活用するイメージができている。
また風向きを意識しながら実際に魔物を避けて動く経験が積めたのは大きい。実際にポコの索敵能力の程度を理解しているのといないのとでは精神的な疲労度がまるで違った。
──後はポコの鼻と合わせてどこまでこっちに有利なシチュエーションで戦えるかだな。
理想を言えば弓を使って間合いの外から攻撃したいが、残念ながらトアは弓に関して正式な訓練を受けておらず、腕前は二〇メートル先の止まった的に辛うじて当たるかどうかといったところ。今後のことを考えれば弓の習得を目指すべきだろうが、今は手持ちの武器で戦うことを考えなくてはならない。
「………………よし」
しばし脳内でシミュレーションを行い、午後からの狩りの方針を固める。
初めての試みで分からないこと、運頼りの部分は多いが、自分に出来ると言い聞かせて気持ちを落ち着かせた。
「ポコ」
「ワフ?」
「午後からはポコにも戦ってもらうぞ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「クンクン……トア、アッチ」
高台に身を伏せていたポコが何かを見つけ、トアに小声で呼びかける。ポコの指の先に視線をやると、三〇メートルほど離れた茂みの向こうを四体のゴブリンが歩いているのが見えた。
──微妙な数だな。
ゴブリンは最弱の人型魔物とも呼ばれ、個体としてはとても弱く、成人男性であれば素人でも一対一で負けることはほとんどない。
だが問題となるのは敵の数。一人で複数の敵を相手にするのはとても難度が高い。二体までなら立ち回りもイメージしやすいが、数が増えるほどに意識が分散され、背後を取られやすくなり、その難度は指数関数的に上昇していく。
また人間の身体は多くの人が考えている以上に繊細で、ダメージを負えば確実に動きは鈍るし、当たり所によっては死なないまでも大きく戦闘能力が削がれてしまう。死角、意識の外からの攻撃というのは、どんなに非力な敵でも軽視すべきではなかった。
──だけどこの程度の敵を倒せないようじゃ、どのみち先はないよな。
「……ポコ、段取り通りにお願い」
「ワフ……!」
トアはポコに呼びかけると、覚悟を決めて高台からゴブリンたちとは反対側に飛び降りる。そしてトアが配置についたことを確認したポコはその場で立ち上がり一吠え。
「ワフゥ!!」
──ヒュン!
同時に予め準備していた握り拳大の石をゴブリンたちに向けて投げ下ろした。
『グギャ?』
石は重力の助けを得て勢いよく飛んで行ったものの、ゴブリンたちに当たることなく音を立てて地面に衝突した。突然の飛来物に戸惑うゴブリンたちに向け、ポコは合間を空けることなく次々と石を投げ込んでいく。
──ガッ!
『ギィィ!』
その石の一つが、避け損ねたゴブリンの肩に命中する。ダメージはほとんどなかったが、ゴブリンは瞬間的に激昂した。
どうやらあの愚かなコボルトは高台にいて自分が安全だと勘違いしているようだ──ゴブリンたちは報復のため、コボルトがいる高台目掛けて駆け出した。
コボルトがいるのは巨大な一枚岩と土壁が一体となった崖の上。近づいても登れそうな場所は見当たらない。
『ギャヒッ……?』
しかしそこでゴブリンの一体が一枚岩のすぐ横のスペースに不自然な茂みがあることに気づく。偽装──しかもただ空いた隙間に折った木の枝を嵌めこんだだけの雑な偽装だ。
『グッヒヒ』
木の枝を取り除いてみれば、ちょうど人一人がギリギリ通れそうな程度の通り道。あのコボルトはここから登ったに違いない。目にもの見せてやろうと、ゴブリンたちは列になってそこへ飛び込んで行った。
そして隘路を通り抜けた瞬間。
──ドガッ、グサッ!
『ギ、ギィィィィィィ!?』
突如現れた影に先頭を行くゴブリンが横殴りの衝撃と共に岩壁に押し付けられた。そして一瞬遅れて腹部を貫く熱い感触──ゴブリンは激痛と共に刺されたことを理解する。
『グギャァァァァッ!!!』
先頭のゴブリンは必死にもがき逃れようとするが、押さえつける力の方が圧倒的に強い。
その悲鳴に後続のゴブリンたちは助けに入ろうとするが、道幅が狭く悲鳴を上げるゴブリン自身が邪魔で正確に状況を把握することさえできなかった。先頭のゴブリンは十数秒ほどもがき苦しんだ後、力尽きてパタリと動かなくなる。
「…………ふぅ」
不意打ちによりゴブリンを仕留めることに成功したトアはゴブリンの腹部から小剣を抜き、その死体を蹴り飛ばして横にのける。そこでようやく視界が開け、目の前で起きたことを理解した後続のゴブリンたちが敵意と警戒の叫び声をあげた。
トアとポコがやったことは単純だ。後背を気にする必要のない地形を出口とする隘路を見つけ、ポコの投石を囮にゴブリンをそこに誘き寄せ、待ち伏せしていたトアが仕留める──ただそれだけ。まだゴブリンは三体残っているが、隘路の出口に陣取っている限り、基本的に相手をするのは一体ずつで良い。
「ほら、来いよ。こっちは一人だ」
『ギィ、ギギィ……』
ゴブリンたちは戦うべきか逃げるべきか逡巡するが、一番後ろの個体はともかく、前の二体は逃げるにあたって後ろの個体が邪魔になる。逃げれば背後からトアに斬られるのではと、ヤケクソ気味にトアに突貫した。
『ギィィァァッ!!』
一対一では勝てない。そう判断したゴブリンたちは小柄な肉体を利用して岩に身体を擦りながら隘路を横並びに走り、二体同時にトアに襲い掛かる──が、それは明らかな悪手だった。
数の優位を活かすには敵の意識を分散させる必要がある。正面から二体同時に突撃してもほとんど意味はないし、むしろ仲間の身体が邪魔になるだけだ。
「よっこい──せっ!」
加えて横幅一杯に並べば攻撃されても避けようがない。トアはカウンター気味に円盾と小剣をそれぞれゴブリンたちに突き出すと、突進の勢いそのままに殴りつけ、一方を串刺しにする。そしてそのまま技も何もなく体格差と腕力差を利用してゴブリンたちを何度も壁に叩きつけた。
もはや戦いでもなんでもない、ただ命を刈り取るだけの作業。自分が狩られる側であることを理解し、唯一逃げる選択肢を与えられていた最後尾のゴブリンは、仲間を見捨て這う這うのていで隘路から逃げ出した。
「ワフ!」
けれど逃げ出すことが予想できていれば、それに備えておくのが狩りというもの。
──グシャ!!
隘路を抜け出しゴブリンが安堵の息を吐いた瞬間──高台の上からポコが落とした子供の身体ほどもありそうな岩が頭部に衝突し、赤い花を咲かせた。
それに遅れること数十秒後。トアが相手をしていた二体のゴブリンもその後を追うことになる。
「ポコ~」
「ワフ!」
腕を上げて狩りの成功を喜ぶトアとポコ。
結局その日、二人は更に二度、小規模の魔物の群れを誘き寄せて撃破することに成功。食肉などに利用可能な魔物がおらず討伐報酬のみではあったが、二人で銀貨十三枚の報酬を得ることができた。