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第5話

「…………どうしたもんか」

「ワフ?」


辺境生活二日目の正午過ぎ。トアは開拓者のほとんどが狩りに出かけ、めっきり人気の少なくなった広場のベンチに腰を下ろし、途方に暮れていた。


隣に座るポコは半分こしたパンを昼飯に頬張り、トアとは対照的にご満悦だ。


ポコを説得し、引き剥がすミッションは難航を極めた。無理筋だったと言い換えてもよい。未だ人並みの良心を放棄できていなかったトアにとって、あんなにもキラキラ輝く眼を曇らせるのは不可能だった。


極力ポコを無視し、午前中を仲間探しに費やしたトアだが、これもまた難航した。そもそもまともな新人なら初日で既にパーティーを見つけている。メンバーを失った連中はいたが、彼らはもはや再起不能。流石に一日中支度金で酒を飲んでいた連中とは組む気になれない。


何とかタンク一人ならメンバーに加えてもらえそうなパーティーもあったが、ポコを突き放せないでいるトアの姿に、気の毒そうなものを見る目でスッと離れていった。


現状パーティーを組むのは絶望的。何とか今ある手札で金を稼ぐことを考えなくては今晩の飯代もない。飯が食えなければ体力が無くなって余計に選択肢が狭まり、最後は野垂れ死ぬが尻を捧げるか──


「~~っ!(ブルブル)」


トアは両腕で身体を抱えて悍ましいに未来予想図に身体を震わせた。


「トア? ドウカシタ?」

「……何でもないよ」


心配そうにこちらを見上げるこのコボルトこそがトアの悩みの原因の一つなわけだが、彼は『突き放せない自分の心の弱さが悪い』と割り切って、ただ乾いた笑みを漏らした。


──パァン!


「ワフッ!?」

「おし! 悩むのは後回しだ」


自分で頬を叩き強引に気合を入れ直したトアは、突然の奇行に目を白黒させるポコを尻目に今後の方針について思考を巡らせた。


大前提としてこのままジッとしているのは論外だ。何としても今日中に金を稼ぐ必要がある。開拓村内で安全を確保した上でいくらかでも金を稼ぐ方法はあるか? いや、アルドの話を聞く限り、魔物と戦うために送り込まれた開拓者にそれ以外の仕事を割り振ることは開拓村では御法度。魔物と戦って倒す以外に生きる手段はない、と考えるべきだろう。


だがトアが倒せるのはトアより格下でしかも一、二体で行動している個体だけ。そんな獲物に遭遇することを期待するのは運任せが過ぎた。昨日の狼にしたって斥候スキルのあるユベルがいたからまだ不意打ちを避けられたのだ。魔物の感覚は人間より鋭敏。有利な敵を選んで戦えるなら苦労はない。つまり今必要なのは戦闘力よりも索敵能力なのだが、それはトアに決定的に欠けているものだった。


「ワッフゥ……?」


黙り込み自分の世界に入り込んでしまったトアを心配そうにポコが見つめる。


放っておけばポコもついてきてしまうだろうからその対策も必要だ。もはや口で言い聞かせてどうこうできる雰囲気ではないし、本気で引き剥がしたいならどこかに縛り付けるぐらいのことはしなくてはなるまい。その間のポコの安全は保障できないし、トアが帰ってこれなければそのまま野垂れ死んでしまうかもしれない。そう考えると、ついてくること自体はもう諦めるしかないのだろうか?


だが連れて行くとなるとポコの安全をどう確保したものか。トア自身が庇うことは難しい。敵が出たら距離を取って離れているように言い聞かせるぐらいしかないだろう。危機意識が低いのは問題だがきちんと教え込めば…………ん? 教え込む?


ふとあることを思いつき、トアは顔を上げてマジマジとポコを見つめた。


「…………犬、か」

「ワフゥ?」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「クン、クンクン」


背負い袋を背負い、キョロキョロと周囲に顔を巡らせるポコ。そこから三歩距離を空け、トアがその後に続く。


ちなみにポコの背負い袋は羨ましそうに見ていたのでトアのそれを持たせてやった。決して荷物持ちをさせたいわけではない。


「クンクン……クン」

「…………」


要塞化された開拓村の外に広がる鬱蒼とした森の中を慎重に進む。狩りに出るのは今日で二度目だが、安全が保障されていない環境にはまだ慣れることができず想像以上に心細く感じた。


昨日はまだ先輩開拓者の存在があったが、今日はポコと二人きり──戦闘面においてはソロより枷があるのだから尚更だ。


「クンクン、クン──! ワン!」

「見つけたかい?」


立ち止まり、尻尾をピンと立ててポコが振り返る。


「ミツケタ!」

「よし、いい子だ」

「ワフゥ~。ポコ、イイコ!」


トアはワシャワシャとポコの頭を撫でまわし、よくやったと褒めてやる。しかし本番はここからだ。


「それで、見つけたのはどっち? グレムリン? 大蜥蜴ジャイアントリザード?」

「リザード!」

「よし……他の匂いはある?」

「! クゥ~ン……ナイ!」

「よしよし、よくやったぞ」


トアはポコの耳の裏や顎を撫でながら、どうやら第一段階は上手くいったようだと安堵の息を吐く。


ポコという足手まといを抱えてしまったトアが思いついたのは、ポコのコボルトとしての五感を利用することだった。


犬の獣人であるコボルトの五感は、犬同様にヒューマンとは比較にならないほど高い。特に嗅覚は一〇〇〇倍以上。勿論、そうは言っても『弱くて単独行動している魔物を探せ』などと複雑な指示してもそれに対応することはできまい。だが、予めそうした種類の獲物の臭いを覚えさせることができたなら?


幸いにもここは開拓村。開拓公社に行けば近隣に出没する魔物の情報と現物が揃っている。


開拓公社にとってかえしたトアは、アルドに頼んで開拓村周辺に出没する主要な魔物の討伐部位の現物を見せてもらい、ポコにその臭いを覚えさせた。そしてその中でも二種類の魔物の臭いを『獲物』として選別し、ポコにそれを探させていた。


ポコが探していた魔物は「グレムリン」と「大蜥蜴ジャイアントリザード」──新人でも狩る事が可能な比較的弱い魔物だ。


グレムリンはコボルトと同じぐらいのサイズ、体長一〇〇センチ強の醜い人型の魔物で、様々な武器道具を使うのが特徴。


大蜥蜴は文字通り体長一五〇センチ前後の四足歩行の蜥蜴だ。


個体としての強さはゴブリンや昨日戦った灰色狼グレイウルフの方が下だが、この二種類の魔物には「群れることが少ない」という特徴があった。


「いいかいポコ。これからその大蜥蜴のいる場所まで案内してもらうわけだけど、見つけたら後ろに下がってて欲しいんだ」


一通りポコを撫でまわして褒めた後、狩りに出る前にも伝えた段取りを再度ポコに言い聞かせる。予想通りポコは聞いたことをすっかり忘れて首を傾げた。


「ワフ? ポコ、タタカワナイ?」

「ポコはまだ武器も防具もないからね。戦うよりも他の魔物が近づいてきてないか見張っていて欲しいんだ。大切な役目だけど、できる?」

「ワフ! デキル!」

「よしよ~し、じゃあ行こうか」


張り切って尻尾を振るポコの頭を一撫でし、トアはポコの案内で大蜥蜴の臭いがする方へと歩き出した。




──ドドドドドドドドッ!


「ワフゥゥ!?」

「下がれ!」


トアたちと大蜥蜴との遭遇において、彼我の発見はほぼ同時だった。


ポコを発見するなり凄まじい勢いで突進してきた大蜥蜴に、ポコは慌ててトアの後方に逃亡。代わって前衛にスイッチしたトアが円盾を大蜥蜴の鼻っ面に叩きつけ──その衝撃で一メートルほどふわりと後ろに飛ばされた。


──ドォン!!


「うぉ……っ!」

『グギャァァ!?』


その衝撃で受けた左腕が痺れる。だがトアも、体重差のある大蜥蜴に正面からぶつかればそうなることは理解していた。左腕を固め、踏ん張ることなく自分から後ろに跳んだこともあり、痺れを除けばダメージはほとんどない。


一方、カウンターで鼻っ面に打撃を受けた大蜥蜴は、悲鳴を上げて頭部を仰け反らせる。


「うるぁぁぁ!」


トアは怯みそうになる足に喝を入れ、今が好機と円盾を構えた左半身を前にして突進。大蜥蜴の視界を押し付けた円盾で塞ぎながら、超接近戦クロスレンジでフック気味に小剣をその頭部に突き立てる。


『ギィィァァッ!?』


悲鳴を上げて身体を激しく振るわせる大蜥蜴に何度も小剣を突き刺すが、盾越しのトアの攻撃は踏み込みが浅く、致命傷にはほど遠い。


それでも何とかチマチマダメージを与えていたが、業を煮やした大蜥蜴はその口をガバリと大きく開け、円盾を両顎で咥えこんでしまった。


「うぉっ!?」


円盾が支えになってトアの腕に牙は届いていないが、大蜥蜴の強靭な顎が円盾をミシミシと軋ませる。このままではマズいと判断したトアは、更に一歩踏み込んで勢いよく大蜥蜴の右目に小剣を突き立てた。


『ギィィヤァァァッ!!?』


深々と脳まで達した刺突に、断末魔にも似た大きな悲鳴を上げ円盾を口から離す大蜥蜴。トアは止めを刺さんと小剣を身体の後ろに弓矢のように引き絞り──


「──トア! アブナイ!」


ポコの警告の叫びとそれに続く一瞬の攻防に、トアはついていくことができなかった。


トアの右側面から目の前の大蜥蜴より二回り以上小さな個体──目の前の大蜥蜴の子供だろうか──が突進してくるのが見えた。


警告でそのことに気づくも、止めを刺そうと大振りになったことが災いし対応が間に合わない。


一撃を覚悟した──次の瞬間。


「バウ!」


背後から突進してきた白い影が小型の蜥蜴にぶつかり、もつれるように地面を転がる。


「────!?」


その影がポコだと気づいた瞬間、トアの身体は突き動かされるように小型の蜥蜴に向けて駆け出し、その頭部に小剣を突き立てていた。


『グギィ!!』


小剣は大型の個体と比べ強度の弱い蜥蜴の頭部をあっさりと突き破り、地面に縫いつける。蜥蜴はバタバタとしばらく暴れていたものの、一〇秒ほどで力尽きて動かなくなった。


「────ッ!」


そして一息つく間もなく大蜥蜴に視線を戻す──が、大蜥蜴は右目への一撃が致命傷になっていたようで、止めを刺すまでもなく既に死に体でビクビクと痙攣を繰り返していた。放っておけばじきに息絶えるだろう。


それからようやく蜥蜴の下敷きになって転がっているポコに視線を落とす。


「ワフ~……」


目を回してはいるが、目立った怪我は見当たらない。


再度顔を上げて周囲を見渡し、周囲に敵影がないことを確認──深々と息を吐く。


「………………ふぅ」


ギリギリではあったが、何とか生き残ることができたらしい。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


──さて、明日はどうしたもんかね……


トアは開拓公社裏の納屋で藁にくるまって眠るポコの頭を撫でながら、今日の反省と明日からの方針ついて思考を巡らせる。


昨晩は諸々の事情で利用しなかった納屋は、予想していたよりはずっとマシな環境だった。使わなくなった古い机や椅子などが雑に積まれていて足を伸ばして寝ることは難しいが、適当に丸まって寝る分には十分な広さ。荷物が互いの視界を遮る障害物になっていて逆に過ごしやすかった。加えて周りは人の気配が多く、差し当たって尻の心配をする必要は低そうだ。


とは言え昨日あんなことがあった以上、すぐに眠る気にもなれない。トアは周囲がすっかり寝静まり、おかしな動きをする者が現れないかを確認してから眠るつもりでいた。


──今日は何だかんだ運が良かった。


大蜥蜴ジャイアントリザードの成体一匹、幼体一匹を開拓公社に持ち込んで得られた報酬は銀貨六枚。この内、夕食代にポコと二人で銀貨三枚を費やし、残りは銀貨三枚。明日の朝昼の飯代を切り詰めてギリギリ、ほぼ今朝と同じ状況を維持した形だ。


運が良かったのは見つけた獲物が大蜥蜴だったこと。


もう一つのターゲットであったグレムリンは、食用や道具に使える部位が無いため討伐報酬は一体につき銀貨一枚。遭遇したのがそちらであったなら、夕食をとることができたかも怪しい。一応、グレムリンは彼らが使用している武器・道具が売れる場合もあるそうだが、可能性としてはとても低かった。


またロープで大蜥蜴を引きずり運んでいる間に他の魔物に襲われなかったことも幸運だった。血の匂いに釣られた魔物に襲われていれば、獲物を放棄して逃げるしかなかっただろう。


──ただそれでもホントにギリギリだ。明日からも同じような幸運が続くとは考えない方がいいかな。


元々、開拓村の近辺はあまり魔物が多くない。ああした魔物に都合よく遭遇できる可能性は決して高くないだろう。


それに食費分しか稼げないようでは開拓者の活動は本質的には赤字だ。装備は使えば消耗し、いずれ破損する。今日だって、まごついていれば円盾は大蜥蜴にかみ砕かれていたかもしれない。また怪我をすれば傷薬を使用することだってあるだろう。そうした事態に備え、ある程度の積み立て・貯蓄ができてようやく収支トントン。


──ポコの装備もどうにかしてやらないとなぁ。いくら後ろに控えさせとくにしたって、革鎧ぐらいは着せとかないと危なっかしくてしょうがない。


今日トアは足手纏いだと思っていたポコに助けられた。ポコと行動を共にすることで他の開拓者と組みにくくなるという問題はあるにせよ、既にトアはポコを仲間と考え、引きはがすことは諦めていた。


──武器は……持たせた方がかえって危険かな。


今日の様子を見る限り、ポコは妙に勇敢というか向こう見ずなところがある。下手に武器など持たせたら魔物に向かって突進しかねない危うさがあった。


だが警戒以外にも役割を持たせておかないと素手で前に出てきかねないので、距離をとって攻撃できるように投石器スリングでも持たせるべきか。だが前衛が一枚しかいない現状では、下手に攻撃させると敵のヘイトがポコに向きかねないためあまり賢いやり方とは思えなかった。


──それに問題はポコだけじゃない。


差し当たって不安なのはトアの体力。昨日も今日も諸々準備に時間がかかったため、実際に狩りに使えた時間は半日足らず。明日からはもっと長く狩りに時間を使えるから収入も増えるだろう──とはなかなか言えそうにない。昨日も今日も一戦しただけで疲労困憊だったのだ。もっと効率的に動かないと、丸一日狩りをするのは難しい。


──疲労は精神的なものが大きいから慣れれば少しはマシになるだろうけど、それにしたってもっと効率的に、数をこなせるようにならないとなぁ。


一々魔物と『戦って』いたのでは身も心も持たない。もっと効率的に『狩る』ためのスタイルを確立しない、と……


「……………………ぐぅ」


まだまだ眠るつもりのなかったトアだが、昨日今日と溜まった疲労、昨夜の睡眠不足も相まって、考えごとの途中でポコの身体に寄りかかりいつの間にか眠りに落ちてしまっていた。

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