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第3話

「よお、坊主。お前さん、今日こっちに着いた新人だろ?」


雑貨屋を出て再び開拓公社に向かおうとしたタイミングで、待ち構えていたように背後から声がかかる。


「…………」


声のした方を振り返ると、開拓者と思しき三人の男の姿があった。


二十代半ばから後半と思しき軽装の男と槍を背に担いだ巨漢、その後ろにはもう一人見覚えのある青年が控えている──馬車で一緒だった内の一人だ。


「……何か用ですか?」

「おいおい、そう警戒すんなよ」


愛想よく話しかけてきたのは軽装の男。


「お前さん、これから狩りに行くんだろ? 良かったら一緒にどうかと思ってな」


言われてトアは眉を顰める。後ろの青年はともかく、前二人は装備や振る舞いからして新人ではなさそうだ。そんな彼らがこのタイミングでトアを誘う理由は何か? 装備や支度金を狙った新人狩りの可能性がトアの脳裏をよぎった。


「だから警戒しないでくれって」


トアの強張りを感じとり、男は大仰に肩を竦めて苦笑した。


「俺はユベル、こっちのデカいのがミロ。後ろはお前さんと同じ新人だ。俺らは最近組んでた仲間が死んじまってな。どうしても二人きりじゃ受けれる仕事も限られるってんで、こうして新人に声かけて回ってるのさ」

「……使えるかどうかも分からない俺みたいな子供ガキに、ですか?」


ただでさえ新人は実戦で使えるかどうか分からない上に、トアはとても強そうな見た目をしているとは言えない。こうした誘いには裏を警戒し慎重にならざるを得なかった。


「あくまでお試しだよ。使えると分かってからじゃ、他の連中と競争になっちまうだろ?」

「……なるほど」


一先ず納得したフリをして、トアはどうしたものかと思考を巡らせる。


何となく同じ新人同士でパーティーを組むものと思い込んでいたが、経験豊富な先達と組めるなら、それ自体は決して悪くない選択肢かもしれない。


メリットは辺境での経験や知識とそれに伴う安全。


デメリットは新人狩りや都合よく利用されるリスク。


利用されるのはまぁ、仕方ない。新人狩りに関しては、辺境という閉鎖的な空間では足がつくリスクが高く実入りも少ないわけで、まともな判断力を持った人間ならやろうとはしないだろう。だが、まともでない人間が最後にやってくるのがこの場所だ。警戒を緩めることはできない。


──でもそういう意味じゃ、新人同士組んだところで裏切られるリスクが無いわけじゃないんだよなぁ……


警戒を緩めることはできないが、そもそも安全な選択肢自体が存在しない。


しばし悩んだ末にトアは一つの条件を付けた。


「……一先ず、日帰りできる範囲の狩場であれば」


開拓村の近くの狩場なら他の開拓者と遭遇する可能性が高い為、あからさまな犯罪行為は避けるだろう、と。


「よしきた! ガッツリ安全に狩らせてやるから任せとけ!」


そんなトアの警戒に気づいているのかいないのか、ユベルは自信満々に胸を叩き、ミロは微笑みながら無言で頷いた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「そっち、三匹いったぞ!」


辺境での初仕事はユベルの保証に反して──あるいは辺境に来る前覚悟していた通り、非常に激しいものとなった。


遭遇したのは大狼ダイアウルフに率いられた灰色狼グレイウルフの群れ。群れは全部で七匹と小規模だが、魔素に侵され魔物化した狼は油断すれば一撃でこちらの喉元を食い破りかねない危険な相手だ。


大狼は巨漢のミロが一対一で対処。灰色狼六匹の内半分をユベルが、残りをトアともう一人の新人──コビーの二人で請け負うこととなった。


二対三、自分がタンク役として二匹を引きつけている間にコビーに一匹ずつ処理してもらえば何とかなると判断したトアだが、そこで一つ残念な事実が判明する。


「ぐぐぐ……っ!」


何とコビー、開拓者は魔物との戦いがメインにも関わらず、選んだ武器は短剣二刀流。間合いも殺傷力も魔物との戦いには全く向いておらず、あっという間に灰色狼にのしかかられ、牙と短剣で鍔迫り合いをする泥沼展開に陥ってしまっていた。


その残念な展開に呆気にとられるトアだが、二匹の狼を相手している彼には罵声を吐き出す余裕もない。


──ああ、もう! 初っ端からこれかよ!!




トアは故郷の自警団で最低限の訓練は受けていたものの、体格、センス、いずれにおいても戦士として決して恵まれているとは言えず、本人もそのことを自覚していた。


それでも辺境で戦士として戦う道を選んだのは、単純に斥候としての技術も動く敵を射抜けるほどの弓の腕も持ち合わせていなかったから──ただの消去法だ。更に言えば最前線で敵の攻撃を受け止めるタンク役になることを決めたのも、自分の筋力では魔物を倒す決定力に欠けるからに過ぎない。


自分のような取り柄のない子供が過酷な辺境で仲間として受け入れてもらうには肉壁として身体を張る以外にない。トアの自己分析は極めて正しいものだった。


一方で、自身を何の取り柄もないと評価しているトアにも一つだけ戦士として恵まれた才能があった。


それは極限状態でも限りなく普段通りに近い思考・行動を行うことができる精神性──安っぽい言葉で言えば“度胸”というやつだ。




間合いを維持して死角をとられないよう防御に徹していれば、二匹相手でも耐えることは決して難しくない。トアはそうして援護が来るまで時間を稼ぐつもりだった。


攻めに転じ踏み込めば、どうしたって隙は増える。そして一度灰色狼に組み付かれれば、トアはあっという間にその爪牙の餌食となってしまうだろう。


だがコビーがあの様子では、もはや自分が敵を倒してこの状況を打破する以外にない──トアの決断は早かった。


『ギャンッ!?』


トアは距離をとる防御主体の動きから唐突に間合いを詰め、一匹を円盾で思い切り殴りつける。変化に不意を突かれた灰色狼は悲鳴を上げて地面を転がった。


すぐさまもう一匹が側面から飛び掛かってきたが、攻撃を予期していたトアはその動線に小剣を突き出すように置く。カウンター気味に放たれた刺突は狙い通り灰色狼の胸部に吸い込まれた、が──


『グルルゥ……ッ!』

「ぐ……ぬぅ!」


致命傷を与えた手ごたえは、あった。しかし灰色狼は小剣を胸に突き立てたままグイグイと身体を押し込み、トアを噛み砕こうと牙を剥き出しにして暴れる。トアは全身の筋力を使ってそれをいなしながら、更に深く小剣を突き立てた。


更に立ち上がって飛び掛かってきたもう一匹を、左の盾を振り回して牽制。腰が引けてみっともない姿勢だがトア本人は命懸けだ。


十数秒ほどの格闘の後、ようやく小剣の刺さった灰色狼の力が弱まり息絶える。これでもう一匹を仕留めれば状況は一気に好転する──そう安堵しかけたタイミングで、緊迫したユベルの叫び声が聞こえた。


「悪い! 後二匹そっち行った!!」

「──はぁっ!?」


どうやらユベルもトアと同様、鉈を振るって防御に徹していたらしい。トアと異なり一対三でも崩れる様子のないユベルに業を煮やしたのか、あるいは仲間を殺され激昂したのか。ユベルが相手をしていた三匹の内、二匹がトアに向かって駆けてきた。


トアの腕では一対三は荷が重い。


かといってコビーは全く当てにならないし、ミロと大狼との戦いはまだまだ決着がつきそうになかった。


いずれユベルが目の前の一匹を倒して援護してくれるとしても、最低数十秒はトア一人で耐えねばならない。


接敵される前に目の前の一体を倒せるか? いや、灰色狼の生命力を考えれば倒しきる前に残る二体に接敵される。そしてその時、小剣が刺さって振るえない状態なら最悪だ。


「ああ、くそっ!」


トアは大声で毒づき、押し出すように円盾で目の前の一匹を突き飛ばす。


とにかくどんなにみっともなくとも、灰色狼を近づかせず、時間稼ぎに徹するしかない。型も策もない大振りの剣で灰色狼を牽制しながら、トアはシンプルに『死ぬかもしれない』と思った。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「……死ぬかと思った」


開拓者向けの安い食堂で水っぽく風味も何もない麦酒を飲み干し、トアは震えながら安堵を漏らした。


「ガハハッ! まぁ、無事だったんだから良いじゃねぇか!」


ユベルは麦酒一杯を奢ったことでもう詫びを済ませたつもりなのだろう。まるで気にした様子もなくバシバシとトアの背中を叩いた。


結局、灰色狼たちとの戦いは一対一になったユベルが一分近い格闘戦の末に目の前の一匹を仕留めると、その後トアを追い回す三匹を弓で安全圏から攻撃。均衡が傾いてからは驚くほどあっさり決着がついた。


代償は涎まみれになったコビーの服と縮み上がったトアの心臓。すり傷や打ち身はあちこちにできたものの、ほとんど大したケガもなくトアの初日の狩りは幕を下ろした。


狼は食肉としては使えないが、毛皮など使える部位が多いため強さの割に実入りはまあまあ。


苦労して七匹全てを開拓村まで運搬し、大狼が銀貨一〇枚、灰色狼が一体銀貨二枚、四人で銀貨二十二枚の収入。先輩であるユベルとミロが多めにとり、トアは銀貨五枚を分け前としてもらった。正直、戦闘中のトラブルや貢献度を考慮すればもっと貰いたい気持ちはあったが、それを口にしても揉め事になるのは明らかだ。一杯奢りで大人しく手を打った。


夕食は黒パンとモツ煮込みっぽいシチューで銀貨二枚。差し引き銀貨三枚で明日の朝、昼の飯代くらいはギリギリ残る。もう少しペース配分を掴んで何度か狩りをこなせるようになれば、安宿に泊まるぐらいの事はできるかもしれない。


「俺はもっと出来るはずなんすよ! ああいう獣の相手に慣れてないだけで、対人戦は自信あるんすから!」


トアが明日からの懐具合を心配していると、席の向かいでは今日全くいいところの無かったコビーの弁解が始まっていた。スラムのコソ泥上がりだったらしい彼は、その短剣の技で官憲をぶちのめした武勇伝を赤ら顔で語っている。ミロはニコニコと、ユベルはニヤニヤ意地の悪い顔で、その聞き苦しい弁解をチャチャも入れず聞いていた。そしてコビーが喋り疲れて麦酒に口を付けたタイミングで、ユベルがポツリとツッコんだ。


「ま、取り敢えず明日は狩りに行く前に、長物の一つも買っとくんだな。まだ支度金は余らせてんだろ?」

「…………っす」


気まずそうに俯くコビーに、ユベルはまあ食えと背を叩き、ミロは並々と注がれた麦酒のジョッキをコビーの前に差し出した。


「くそー! 明日はもっとバリバリやるぞー!」

「おお、そうだやれやれ!」


麦酒を一気するコビーをやんややんやと囃し立てる先輩たちに苦笑しながら、トアは黙々と腹の中に食事を詰め込んだ。




その後の流れは、一杯だけとはいえ何が混ざっているのか怪しい麦酒を飲んだこともあり、少し記憶が曖昧だ。


ハッキリ言葉で確認したわけではないが、明日もこの四人で狩りをするのかな、と考えていたトア。食事を終えてお開きとなり、昼間受付のアルドに教えてもらった公社裏の納屋に向かおうとしたところで、ユベルから声がかかった。


『公社裏の納屋? やめとけやめとけ。あそこは狭くてとても寝られるような場所じゃねぇよ。特に今日は新人の馬車が二台も入ってきてるからなおさらだ。俺らが使ってる小屋があるから、お前らも来いよ』


そう誘われれば特に拒否する理由も思いつかない。トアはすっかり酔っ払ったコビーに肩を貸して、ユベルたちの小屋で眠ることにした。


良く分からない空き箱や荷物が積まれた空きスペースに適当に藁を敷いて各々横になる。命がけの戦闘を経験した精神的疲労感もあり、トアはすぐに眠りに落ちた──言い訳しようのない油断だ。




「──────ぁ」


深夜。身体に何かがのしかかる気配と顔にかかる荒い息遣いにトアの意識が覚醒する。


薄暗闇の中、目に飛び込んできたのは何故か下半身を露出し、トアの服に手をかけるユベルの姿だった。


「────!?」

「──おっと、静かにしな」


咄嗟に悲鳴を上げようとしたトアの口を左手で押さえ、ユベルは小振りな短剣を突き付けてきた。意味不明な状況にトアの思考がフリーズする。


「へへ、大人しくてろよ? 別にひどいことをしようってわけじゃねぇ。ただ仲間同士、ちょっと仲良くしようってだけさ」


その言葉を聞いて、トアの脳裏に昼間アルドから聞いた忠告が蘇った。


『辺境じゃ女は娼館以外じゃほとんどお目にかかれない』

『だからまぁ……気を付けるんだな』


──そういう意味!?


分かり難い忠告をしたアルドに胸中で罵声を浴びせる。それと同時に空き箱で死角になっている場所から苦しそうな息遣いとパンパンと何かをリズムよく叩く音が聞こえてきた。


──アッ! アアァ……アッ!?


「へへ、ミロの奴はしゃぎやがって……俺が使う前に壊しちまうんじゃねぇのか?」


ユベルの意識が逸れた瞬間を狙ったわけではない。恐怖か、嫌悪感か、ユベルのニヤケ面を見た瞬間、トアは枕元に置いてあった小剣を鞘ごとユベルの顎に叩きつけて仰け反らせ、その胴体を思い切り蹴り飛ばしていた。


「ぐあっ!?」


ユベルがどうなったかを確認する余裕はない。トアは枕元にひとまとめにしてあった背負い袋、鎧、盾の荷物一式を腕に抱え込み、腹を抱え蹲るユベルの横を駆け抜けると一目散に小屋から逃げ出した。


「────────!!!」


言葉にならない悲鳴を上げ、転げそうになりながらただひたすらに足を回転させる。


背後から投げかけられた罵声は脳が理解を拒んだ。


死の恐怖とは全く別種のナニかに背中を押され、トアは目と鼻から汁を垂れ流し暗い夜の街を走り続けた。

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