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第26話

「────」


意識の覚醒は痛みと心地よさとがセットだった。


夢見心地で細目を開け、ぼんやり眼球を巡らせる。


「はい、ア~ンしてください」

「ワッフ」


隣のベッドで横たわるポコに、ベンが匙で粥のようなものを食べさせている。トアの寝惚けた脳がその意味を理解するよりも、二人がその視線に気づく方が早かった。


「──あ。良かった、目が覚めたんですね」

「ワフ! トア、オハヨ!」


そのあまりに穏やかな光景と笑顔にトアは一瞬言葉を忘れ、呻くように声を絞り出す。


「…………おお」


喉は乾いていないか、お腹は空いていないかと尋ねてくるベンに、かぶりを横に振って先にポコの食事を済ませるよう促す。


二人が長閑に食事を行う横で、トアは辺境に来て初めて包まれるベッドの柔らかさに身を委ね、ゆっくりと思考力を回復させていった。


食事が終わり、話を再開したのはそれから一〇分後。


「……あれからどうなったんだ? こうして生きてるってことはどうにかなったんだろうけど」

「う~ん、何から話したらいいんでしょうか……」


トアの疑問にベンは少し悩むように頬に手を当てて続けた。


「まず、トアさんがオーガと戦って、ポコさんを救出してから今日で四日が経っています。トアさんは全身の火傷もそうですが、無理な魔導の連続行使で相当神経系にダメージを受けていたらしくて、ずっと眠ってたんです」

「ああ、うん。それはいいけどポコの怪我は?」


ベンの説明を遮って、トアは手足に包帯を巻いて横たわっているポコの容態を尋ねる。その分かりやすい反応にベンはポコと顔を見合わせて苦笑した。


「ポコさんはオーガに捕まった時に逃げられないよう手足を折られてました。ただ、ちゃんと治療も済んでもう骨は概ね固まってるので、あと一週間もすれば元通り動かせるようになるだろうって薬師の先生も仰ってました」

「そっか、良かった……でいいのかな?」

「ワフ!」


安堵の息を吐くトアに、ベンはワザとらしくしかめっ面を作って付け加えた。


「良かった、じゃないですよ。言っときますけど、トアさんの方がよっぽど重傷だったんですからね? 僕が見つけた時は全身やけどだらけで呼びかけてもピクリとも反応しないし、本当に死んだのかと思って凄く焦ったんですから。診てくださった先生も『あと一度か二度魔導を使ってたら脳に障害が残ってた』って仰ってましたよ?」

「あ~……」


あの時は戦いで興奮してそれどころじゃなかったからな、と呑気に回顧するトアに、ベンとポコの責めるよう視線が突き刺さる。


無茶のし過ぎだと言いたいのだろうが、それこそ無茶だとトアは苦笑した。


「俺がオーガと戦って生き残ったこと自体が奇跡なんだし、その程度で済めば安いもんだろ」

「そういう問題じゃ──」


言いかけて、ベンはムスッとした表情を作って切り口を変える。


「……その程度だなんてよく言えますね? ポコさんはともかく、トアさんの治療費がどれだけかかったか分かってて言ってます? というか、入院費や生活費や利息で現在進行形で借金が膨れ上がってる最中なんですよ?」

「おぇ……?」


薄々気づいてはいたが目を逸らしていた事柄を指摘され、トアの口から変な声が漏れる。辺境で受ける本格的な治療が、安い筈がない。


「……結構かかった?」

「結構じゃないですよ!」

「ワフ!?」


ベンは憤慨したように言って、ポコを驚かせてしまったことに気まずそうに咳払い。気を取り直して続けた。


「……アルドさんが色々調整してくださって、結構割引はして頂きましたけど、それでもとても払える金額じゃなくて公社に借金することになりました。オーガの討伐報酬は認められたんですけど、正式な依頼で動いてたわけじゃないので、あくまで通常のオーガと同じ扱いってことで治療費の一部しかカバーできなくて……」


ベンは言葉ではアルドに感謝していると言いつつ、表情は開拓村の危機を救ったんだから治療費ぐらいタダにしてくれればいいのに、と不満をありありと語っていた。


トアにもそうした思いがないわけではないが、ベンが先に不満を表してくれた分、冷静に公社の判断を受け止めることができた。


「そこは仕方ないだろ。今回みたいな勝手を認めたら開拓者のグリップが効かなくなる。開拓村のピンチを主張して報酬の金額交渉してくる連中とかも増えるだろうしな」

「それは……まぁ」

「むしろいつ死ぬとも分からない新人開拓者ぺーぺーに借金を認めてくれたってことの方が驚きだね」


外界なら治療費が払えなければ奴隷落ち前提で借金を認めてくれるケースもあるだろうが、この辺境はそうした奴隷落ちした者たちが送り込まれる場所であり、これ以上落ちる余地がない。しかもほとんどの開拓者は明日をも知れぬ身なのだから、トアは自分たちが治療を受けるにあたって余程アルドが骨を折ってくれたのだろうなと感謝していた。


だがベンはまだ納得がいかないらしい。


「そんな呑気なこと言ってる場合ですか? 最近ちょっと余裕が出てきたとはいえ、いつまた何が起きるか分からないのに借金なんて──あと、これも!」

「ん?」


そう言ってベンが突き出してきたのは一枚の証文──雑貨屋の店主グスタフからの銀貨四〇〇枚の請求書だ。


「何なんですか、この請求額は!? そりゃあ、オーガと戦うに当たって魔導刻印の費用を前借りしたとは聞いてましたけど、相場の倍じゃないですか?」

「あ~……」


正直、あまり生きて帰るつもりがなかったから忘れていた。


通常の魔導刻印費用は呪文一つに付き銀貨一〇〇枚。一つ分の習得費用しか手持ちがなかったトアは、残る二つ分の費用をグスタフにツケにしてもらっていた。無論、これからオーガと一騎打ちに向かう新人にツケを認める馬鹿は普通いない。散々頭を下げて営業妨害寸前まで粘って、生きて帰ってきたら倍返しを条件に何とかツケをもぎ取っていた。


「治療費と併せたら銀貨一〇〇〇枚近い借金ですよ!? これじゃ装備の更新どころか碌にご飯だって食べられませんよ……う゛ぅ……」

「ワフ。ベン、ナイテル?」

「泣きもしますよ!」


悲観的に項垂れるベンに、しかしトアは朗らかに笑って見せた。


「ははっ。馬鹿だな~、ベン」

「はぁ……?」

「いいかい? 借金ってのは金が無けりゃ返しようがないんだぞ?」


いきなり当たり前のことを言い出したトアに、ベンは訝し気に顔を歪める。


「でもそれは()()()()()()()って意味じゃないでしょう?」

「そりゃそうだ。だけど覚えとくといい。借金ってのは借りてる額が大きくなればなるほど、主導権が貸してる側から借りてる側に移るんだ。貸主からすれば、無理に取り立てて俺らが死ぬようなことがあればそれこそ丸損だからね。できもしない返済を迫って追い詰めるようなことはしないよ」


借金はすればするだけ借りている側の立場が強くなる──その言葉は一面においては真実をついていた。


だがベンからすると、その言葉はダメ人間の言い訳にしか聞こえない。


「例えそうだとしても、生活や今後の活動が厳しくなるのは間違いないでしょう。お金がないんだから」

「生活費や装備の更新費用は開拓者として活動する上での必要経費だよ。それを確保して手元に金が残らないってんなら、当面返済を猶予してもらえばいい」

「そんな都合のいい話──」

「認めるさ。公社もグスタフのオヤッサンも馬鹿じゃない。俺らに金を貸す以上、それぐらいは最初から織り込み済みだよ」


勿論、誰にでもそれを認めることはないだろうが、トアたちはオーガを討伐し、彼らが投資するにたる価値を示した。返済を求められるとしても、それは活動に支障がない範囲のものになるだろうとトアは楽観視していた。


「まぁ、そうは言っても当面馬車馬のように働かされることになるだろうし、具体的に返済の話をされる前に、退院したら快気祝いか祝勝会か少し贅沢でもしとこうや。二人とも、食べたいものとか欲しいものがないか考えときなよ」

「ワフッ!? ポコ、パンケーキ!」

「ポコさんまで……」


すっかりその気になってしまったポコに、生真面目なベンは「借金まみれで贅沢なんて……」と頭を抱えた。


トアはそんなベンに「ククッ」と笑って続ける。


「考えたところで借金は減らないぞ~」

「誰のせいですか!?」

「さぁ? 何にせよ今回一番のお手柄はベンだ。君が俺とポコを運んでくれなきゃ俺らは間違いなくあそこで野垂れ死んでた。少しぐらい我儘言っても罰はあたらんと思うけどね──なぁ、ポコ?」

「ワフッ! ベン、アリガト!」

「へ、あ……? いえ、そんな──」


真っ向から二人に感謝の言葉を告げられ、ベンはワタワタと慌てふためいた。


「──あ」


ふとベンが思いついたように動きを止める。


「ん? どうした、何か食べたいものでもあったか?」

「あ、いえ、そういうわけじゃなくて、ですね……」


ベンは少し躊躇うようにもじもじする。


「あの、欲しいものってわけじゃないんですけど、我儘っていうか、したいことっていうか……」

「うん」

「その……僕、もう一度母さんに会って話がしたい、です。辺境に来るって決まった時、何も話せないままだったので、その──」


そこでベンは言葉を区切り、二人の真っ直ぐにみて自分の希望を告げた。


「凄い開拓者になれば外に出られるんですよね? そのために、僕ら三人で上を目指したい……っていうのは駄目ですか?」

『…………』


最後は自信なさげに俯いてしまったベンに、トアとポコは顔を見合わせる。


まさかベンの口からこんな言葉が飛び出すとは思わなかった、が──


「いいんじゃないか?」

「ワフッ」


ポコはどこまで分かっているのか分からないが、トアはあっさりと同意した。


「えと……」

「これから先、一生辺境暮らしってのも張り合いがないし、本気で上を目指すってのもありだろ」


特に気負うことなく、そう思う。


この三人で上を目指すなんてつい数日前なら笑い話にもならなかっただろうが、ごく自然にそう思えた。


それはオーガと戦い勝利した自信からか、あるいはいつの間にか頼もしさを増した仲間たちがいるからか──今ならきっと、どこまででも行ける気がした。


「どうせなら、俺も兄貴に寝取られた幼馴染がどうしてるか一度ツラ拝みに行こうかね~」

「ふあっ!? 何でこのタイミングでそんな情報をブッコンで来ますか!? え? 僕そう言うの超興味ありますし超聞きたいんですけど聞いていい話!?」

「ワフ? ネトラレ……?」

「別にいいけど面白い話じゃないぞ──」

彼らの辺境生活はまだまだ始まったばかりですが、本作は未熟な彼らが四苦八苦しながら成長していく姿を描きたいと筆をとったものなので、物語としてはここで幕を下ろさせていただきます。


最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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