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第24話

『グッ!?』


──マタ……ッ!


カウンター気味に放たれたトアの刺突に脇腹を浅く抉られ、黒いオーガは忌々しさに歯噛みした。


牽制の攻撃を凌がれ、大振りの攻撃にカウンターを合わされる──先ほどからずっとこの繰り返しだ。


しかし都合八回のカウンターを受け、魔導を知らぬオーガにもようやくトアのやっていることの仕組みが理解できていた。


──イタ、ウゴキノジャマ……!


トアがやっていることは俯瞰して見れば極めて単純。本来攻撃を()()用途で空中に展開される【シールド】を敵の攻撃を()()()()ために使っているのだ。


攻撃に直接【盾】を当てるのではなく、攻撃する敵の腕の付け根部分に極小の【盾】を展開し、動きを阻害。攻撃が一瞬遅れたり鈍ったりした隙を突いて、カウンターを放つという流れだ。


これがもし()()ではなく直接()()用途で【盾】を使用していれば、最低限の強度しかない【盾】は黒いオーガの攻撃で紙屑のように切り裂かれただけで終わっていただろう。だが最低強度の【盾】であろうと、一瞬動きを阻害する程度のことはできる。オーガの怪力であっても、力が乗る前にてこの原理を使って【盾】を差し込めば、カウンターを入れる隙程度は十分に作ることができた。


状況を把握した黒いオーガは後ろに跳んで距離を取り、仕切りなおす。


『グルル……ッ』

「はぁ、はぁ……はぁ」


傷は黒いオーガの方が多いがいずれも軽傷。一方、この【盾】を使った攻防は慣れないトアに相当な集中を要求するのだろう、息は荒く滝のように汗をかいていた。


このまま行けば体力勝負で黒いオーガが押し切れる可能性が高い──が、宿った知性とプライドがその安易な展開を否定した。


敵の手の内は割れた。黒いオーガは既にその攻略法を思いついている。


『フシュゥ……ッ』


深く息を吐き、全身に力を込める。


槍を腰だめに構え、トアを鋭く見据え目標を定めると──


『シネ!!』


──ドンッ!!


地面を抉って力強く大地を蹴り、黒いオーガはトア目掛けて突進した。


これまでの攻防でトアが【盾】を使ってきたのは、いずれも槍を払った時だけ。恐らく動作の構造上、突きに対しては【盾】の妨害を差し挟むことが難しいのだろう。


とは言え半端な刺突では先ほどまでのように距離を取られて躱されるだけ。身体ごと突進し、小細工を差し挟む余地なく轢き殺さねばならない。


──タブン、コレヲ、ネラワレテル。


そして同時に、黒いオーガは自分の行動がトアによって誘導されていることを感じ取っていた。


半端な突きは躱され、回避しにくいようにと薙ぎ払えば【盾】で邪魔をされ、残る選択肢は突進突撃。


であるならば、トアは当然そこに罠を用意している筈だ──つまり、カウンター。


全力で突進すれば当然防御面は疎かにならざるを得ない。さらに非力なトアがオーガの防御を貫き致命傷を与えるために、敵の勢いを利用しようとするのはごく自然な発想だ。


それでも普通ならリーチでも反応速度でも勝る相手にカウンターなどそうそう合わせられる筈がない──が、トアには【盾】がある。


──カオ、カ、アシ。


恐らく突進中の顔面か足元に【盾】をぶつけ、怯ませたり足をすくってその隙を突こうとしている、と黒いオーガはトアの狙いを予想した。


幸いにも【盾】の強度はさほどでもない。来るかもしれないと分かっていれば驚くことはないし勢いで十二分に押し切れる。


『────ッ!!!』


奥歯を噛みしめ、亀のようにグッと首に力を込める。突進の一歩一歩、例え片足を払われようと、すぐに体勢を立て直せるようグッと力強く地面を踏みしめた。


小細工でこの突進は止められない。


この速度にカウンターを合わせられるほどの技量はトアにはない。


例え横に回避しようと、即座に方向転換し轢き殺してやる。


この上ない力技だが、それもまた優位を相手に押し付ける一つの戦術。


身体能力と体格に圧倒的な差がある以上、貧弱な槍と盾しか持ちえないトアには防ぐ手段がない。


叩きつけるように大地を踏みしめ黒いオーガは勝利を確信した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ポコさんっ!!」


大蜘蛛ジャイアント・スパイダーの糸に全身をグルグル巻きにされ何処かに運ばれるポコに呼びかけるも返事がない。


──まさか……馬鹿ッ! そんなこと考えている暇があったら動くんだっ!!


ベンはかぶりを振り、嫌な想像を頭から振り払った。


高台の上にはまだ一〇匹以上の大蜘蛛がいる。生理的な嫌悪感を催すフォルムと動きにベンは恐怖心から胸の奥に狂戦士化の兆候が湧き上がってくるのを感じ、足が竦んだ。




辺境にやってきた当初、自分の背丈の半分ほどもないゴブリンに怯えて動けなくなり、追い詰められれば暴走し狂戦士と化していたベン。


今ではいくらか戦闘にも慣れ、魔物を前にしても蹲って頭を抱えるようなことはなくなったし、滅多なことでは暴走もしなくなっている。


だがベンは相変わらず戦えない。敵が強い弱いに関係なく、誰かを傷つけるという行為が彼にはできなかった。


つまるところベンが病的に戦いを怖がるのは臆病だからではなく一種のトラウマだ。彼は愚かではない。自分の身を守るためならば、戦う方が安全で確実だときちんと理解している。


だが幼い彼が戦えば、そこには必ず傷つく者がいた──彼の母だ。


どんな理由があれハーフオークの自分が戦い誰かを傷つければ、周囲はそのことで母を責め立てる。


例えベンが理不尽に攻撃され反撃しただけだとしても、母の名誉を守るために威嚇しただけでも、彼が戦うという行為自体が人間社会において母を傷つけた。


だからベンはどれほど追い詰められても戦えない。


自分の身を守るためであっても。


大切な仲間を助けるためであっても。


戦い誰かを傷つけるという行為が悪であり大切な人を不幸にするものだと深層心理に刷り込まれている。


そして狂戦士症候群はそんな彼に神が与えた祝福だった。戦士としてこの上ない才能を持ちながら戦いを忌避するベンを解放し、生かすための言い訳。


そんな自分の歪さを、ベンは少しずつ自覚し始めていた。




「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


絶叫し、頭の中を真っ白にして恐怖と狂乱から目を逸らす。


ポコという獲物を捕らえて何処かへ運び去らんとする一際大きな大蜘蛛と、彼我の間に立ち塞がる群れ。


多少大きく数が多いとは言え所詮は蜘蛛だ。一、二匹なら素人でも余裕を持って対処可能だし、ベンの体格であれば力任せに突進すれば容易に群れごと吹き飛ばし、ポコに追いつくことが出来ただろう。


──なん、で……っ!?


だがベンの身体は動かない。例え相手が虫であっても。傷つけるという行為をベンの心に刻まれた傷が拒絶し、足は張り付いたように地面から離れなかった。


──動け……動けよっ! ポコさんが危ないんだ! 怖いとか言ってる場合じゃないだろ!?


理性では理解している。自分が戦わなければポコは死ぬ。トアの信頼を裏切ることになる。大蜘蛛を潰したところでベンを非難する人間はいないし、辺境ここには護るべき母もいない。


戦うべき理由も、戦っても構わない理由もあり、そうすべきだと分かっているのに、身体が動いてくれない。


──何で……何で……っ!?


トラウマとはそういうものだ。追い詰められて克服できる例がないとは言わないが、大抵は余計に症状が悪化する。残念ながらベンの場合は後者だった。


──何で僕は……こんな時まで……っ!


ポコを運ぶ大蜘蛛がどんどん遠く離れていくが、ベンは悔しさに涙を滲ませることしかできない。


恐怖に身を任せ、狂戦士と化せば大蜘蛛たちを駆逐することはできるだろう。だが、その場合まず間違いなくポコまで巻き込んで殺してしまう。それでは何の意味もない。


カサカサと自分を狙い近づいてくる大蜘蛛たちに震えながら、ベンは悔しさに咆えた。


「あ゛あ゛あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


大音量。空気を叩く振動に、大蜘蛛たちの複眼が警戒するようにギョロリと動く──が、それだけ。


「止まれっ! 止まれよぉぉぉっ! ポコさんを、放せぇぇぇぇっ!!!」


ベンはそれでも叫び続ける。それしかできないから。胸の内から湧き上がる狂乱の衝動を堪えて、必死に。


だが当然、そんな言葉が大蜘蛛に通じる筈もなく──


『────』


「──え?」


一瞬──ほんの一瞬だが、大蜘蛛たちの動きが不自然に止まった。


偶然ではない。群れ全体が何か──いや、ベンの叫びに反応して、確かに。


──何、が……?


ベンの頭脳が高速で今の現象を考察する。


──蜘蛛に言葉は通じないし、叫んだところで意味なんて理解できてやしない。でも確かに今、蜘蛛は何かに反応して動きを止めた。音に驚いた? いや、それで動きを止めるならもっと早くそうなっていた筈だ。何が違う? 僕の叫びの何が違った?


ふと、ベンの脳裏によぎるあの黒いオーガの姿。


──ひょっとして……!


それはイチかバチかの賭けだった。


「『いと猛き破壊の王よ 闘争と憤怒を司る御身の恩寵を矮小なるこの身に授けたまえ──【狂乱ファナティック】』」


それはベンが破壊神から授かった精神を高揚させる【狂乱】の奇跡。狂戦士化による暴走の引き金であり、その暴走の更に狂化する呪文だ。


その内容が故に、これまでベンはこの奇跡を忌避してきた。だがこの時、ベンは敢えて【狂乱】の奇跡をその身に使用し、勢いを増して湧き上がる衝動を理性でもって強引に蓋をする。


「ぐ……っ、が、ぁ……!」


全身に満ち、精神を侵す狂乱の衝動。それをベンは必死に堪え、溜め込み、そして──


「グァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」


──咆哮と共に一気に解放した。


一部の魔物が発する咆哮ハウルは聞く者に精神異常を引き起こす効果がある。もちろんベンは魔物ではないが、狂戦士としての気を持つ彼は同様の現象を起こし得るだけのポテンシャルを秘めていた。


先ほど大蜘蛛たちが動きを止めた時、ベンは叫びながら湧き上がる狂乱の衝動を必死に抑え込んでいた。もしや大蜘蛛たちはその漏れ出た狂気にあてられたのではと推測したベンは、正気のまま意図的に【狂乱】の奇跡を願い、自らの狂気を増幅させ咆哮と共に大蜘蛛たちにぶつけた。


自分の咆哮にこの状況を覆す力があるのか、そして狂気に耐えることができるのか──分の悪い、いや無謀な賭けだった。


『────!!?』


しかし、ベンはその賭けに勝利する。


狂乱の魔力がこもった咆哮を浴びた大蜘蛛たちは、ある個体は怯えて逃げ出し、ある個体はショックで動きを止め、またある個体は狂気にあてられ近くにいた別の個体を無差別に攻撃した。


グルグル巻きのポコを抱えた個体は怯えてその場から逃げ出す、が──


「ト゛マ゛レ゛ェ゛ェ゛ェェェェェェェッ!!!」


再度指向性を持って放たれたベンの咆哮の直撃を受け、ショックでスタン状態に陥り動きを止める。


大蜘蛛の群れの隙間を駆け抜け、ポコの身体を奪い返すベン。そして意識がなくグッタリしているポコに呼びかけた。


「ポコさんっ!? 返事してぇっ!!」

「………………ゥ」


意識は戻らないが息はしており、わずかに反応があったことでベンはホッと安堵の息を吐く。一先ず最悪の事態は避けられたようだ。


だがポコは顔色が目に見えて悪く、油断はできない。また奪い返して分かったことだが糸にくるまれた彼の手足は有り得ない方向に曲がっている。一刻も早く安全な場所で治療をしなければ。


──傷薬はあるけど、この状態で飲ませたら折れた箇所がおかしな形で固まって後遺症が残るかも……うぅ、せめて賦活剤でも持ってきてれば……


後悔はあるが、無いものねだりをしても仕方がない。一刻も早くポコを連れてこの場を──


「──いだっ!?」


背中に鋭い痛みが走る。


ポコを取り戻したことで完全に油断していた。振り返れば無差別に周囲を攻撃していた大蜘蛛が三匹、ベンに狙いを定め襲い掛かってきていた。どうやら走り回ったせいで注意を引いてしまったらしい。


「ぐぅっ、だ……っ!」


続いて腕、肩へととりつかれるが、今ベンはポコを抱えていて大蜘蛛を振り払うことができない。また、走って逃げようにもここはトアとオーガが戦っている隘路を除けば崖を飛び降りる以外に脱出路がなかった。この状態のポコを抱えてそんな危険な真似はできない。


もう一度咆哮を──


「グァァァァァァァァァッ!!」


しかし狂乱の気は吐き出したことで薄れ、ほとんど効果を及ぼさなかった。改めて【狂乱】の奇跡を願おうにも、噛みつかれ痛みで精神集中が乱れた状態ではそれもままならない。


残された手段は意図的に狂気に身をゆだねること。もちろん、完全に狂戦士化してしまえばポコを攻撃してしまいかねないので、ギリギリのところでコントロールしながら。無茶で危険ではあるが、他に選択肢はなかった。


「ヴ、ヴ──ヴガァァァァァァァァァッ!!!」


ベンの瞳が紅く染まり、再び狂気の籠った咆哮が響き渡る──しかし、既に狂奔の狂気に堕ちた大蜘蛛たちは、皮肉にもその狂気が精神を守る鎧となって一瞬動きを止めるのみ。すぐにベンへの攻撃を再開した。


──足りない……も、モ……ット゛……ッ!


その視界が更に紅く、濃く染まっていく。


「ガ、ギィァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」


三度の咆哮──先ほどより更に濃密な狂気を宿した咆哮は、大蜘蛛たちの精神を限界を超えて削り、その意識を完全に絶ち切る。動きを止め、大蜘蛛がバタバタとベンの身体から落ちていった。


しかし──


「ヴ、ヴ、ア゛、ア゛……エ゛ェ……ッ」


一度引き出した狂乱の気はそう簡単に引っ込められるものではない。ベンの視界は完全に血の色に染まっており、その喉からは抑えきれぬ狂気が漏れ出ていた。


このままでは狂気に堕ち、暴れ回って力尽きるまで止まれない。


ベンは唇を噛みしめ必死に狂気に抵抗しているが、それは相手を殴りながら冷静になれと諭すようなものだ。もはや彼自身にはこの狂気は止められない。そう──


──ペチャ……ペチャ


「────」


腕を撫ぜる湿った感触に、ベンの瞳からほんの僅かに血の色が引く。


充血してぼやけた視界に、腕の中の何かが映り込んだ。


「ワ……フゥ、ダイ、ジョ……ブ?」

「ア゛……ア、ぁ……」


ポコが目を覚まし、手足を動かせない中、ペロペロとベンの腕を舐めていた。優しい瞳で、落ち着け、大丈夫だと訴えかけている。


「よ、か゛っ……た……っ」


喜びと安堵が、ベンの狂気を塗りつぶした。

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