第2話
「こいつは支度金だ」
西方辺境に全部で一〇存在する開拓村の中で、トアが連れてこられたのは第六開拓村。
各村を統括する開拓公社の一室で、トアはアドルと名乗ったスキンヘッドの中年男から辺境領域内でのルールについて一通りの説明を受けていた。
「……王国銀貨じゃないんですね?」
トアは布袋に包まれた銀貨一〇〇枚の支度金を覗き込み、首を傾げる。
「ああ。開拓村でだけ使える専用通貨だ。中身は混ぜ物だらけで銀なんざほとんど入っちゃいねぇ」
あっさりと言うアルドに、意味が分からず眉を顰めた。
「何でそんなものを使うんです? 一々専用通貨を作る方が手間でしょうに」
「商売や仕事の依頼をするには金が必要だが、お前らに本物の金なんぞ持たせたらすぐ逃亡する奴が出てくるからな。そいつはこの辺境でしか使えないが、商人や外部の人間は申請すれば王国銀貨に交換できるようなってる」
「……なるほど」
理に適っているとトアは納得した。要はこの辺境は通貨においても外界と分断されているということだ。
トアたち開拓者には開拓村が窮地に陥った際などに発せられる強制依頼を除き、特に義務のようなものは課せられていない。極端な話、辺境から外に出なければ何をして過ごしても良かった。
ただ実際に開拓者が生きて行くためには開拓公社から出される仕事をこなし、金を稼がねばならない。言い換えればこの辺境で生きることこそが開拓者の責務であり、開拓公社に対する貢献となるわけだ。
昔はもう少し厳格にノルマが課されていたそうだが、辺境の荒くれ者たちをルールで縛ることは難しく、また既にこの辺境に期待している者がいないということもあって、今のような緩やかなルールに落ち着いたらしい。
「取り敢えず、そいつで装備を整えて仲間を探せ。近場で大ネズミやゴブリンを一人頭三体も狩れば、今日の晩飯代ぐらいは稼げるだろ」
「……宿代や消耗品代は?」
「公社裏の納屋は自由に使っていい。消耗品は消耗しないように気を付けろ」
「…………」
あまりに適当な説明に閉口する。不満そうなトアにアルドは表情を変えず続けた。
「不満そうだが、お前ら新人はどれだけ丁寧に説明しても初仕事で三割は死ぬ。俺らも一々手間かけてられねぇんだよ」
「……近場の狩りだけで暮らしていけるんですか?」
「贅沢しなけりゃな。どのみち今のお前らじゃ他の仕事は任せられん。まともな仕事が欲しけりゃ、まずは一か月生き延びてみろ。お前の担当は俺だ。俺が使えそうだと判断したら仕事を割り振ってやる」
「……分かりました」
要は試用期間のようなものか、とトアは納得する。
開拓公社側からすればトアたちの代わりはいくらでもいる。コストをかけて手取り足取り育成して死なれるより、適当に振るいにかけた方が効率が良い、ということなのだろう。
それは言い換えれば、適性のない者が辺境で生き残ることがどれだけ難しいかの裏返しでもあった。
「説明はそれだけですか?」
なければもう行く、という意図を込めてトアが問いかける。するとアルドは意外そうに片眉を上げ、いくつか追加の忠告をしてきた。
「装備はこの建物の東にある雑貨屋で買え。中古品ばかりでモノはあまり良くねぇが、その分安いから支度金だけで一式は揃えられるだろ。ああ、後多少値は張るが、お守り代わりに傷薬と毒消しは買っておけ」
「分かりました」
それからアルドはトアを上から下までジッと見つめた後、
「……それと、見て分かる通り辺境じゃ女は娼館以外じゃほとんどお目にかかれない」
「はぁ」
それは言われずとも分かる。開拓者は基本的に男ばかりだ。まともな女ならこんな辺境にはやってこないし、例え奴隷でも女なら他にいくらでも使い道がある。現にトアはこの開拓村に到着して開拓公社で説明を受けるまで、ただの一人も女の姿を見ていなかった。
「だからまぁ……気を付けるんだな」
「…………はぁ?」
トアはアルドが何を言っているのか理解できず、その時は曖昧に返事をするしかなかった。
彼が忠告の意味を理解するのは、それから約半日後のことになる。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
大陸西部──今は西方辺境と呼ばれるこの地域は、かつては魔王とそれに率いられた魔族の支配する領域だった。
二〇〇年以上も続いた人類と魔族の熾烈な大戦。魔王を倒し、それに終止符を打ったのが勇者レーヴェ一行だ。
生き残った魔族は大陸に散り散りとなり、大戦は終結。人々は新たに人類圏に加わった新領土の開拓に嬉々として乗り出した。
しかし希望に満ちた日々は長くは続かない。開拓に乗り出して間もなく、人類は大陸西部がどれほど過酷な魔境であったかを思い知ることになる。
狩っても狩っても無尽蔵に現れ、人を襲う魔物の群れ。
魔王が存命の際はある程度の秩序を持って行動していた魔物たちも、魔王の死と共にその規模を膨張させ、開拓に乗り出した人類を食い荒らした。
勇者一行も開拓に加わり強大な魔物を何体も討伐したが、魔物の群れは一向に減る気配を見せない。
ことそこに至って、ようやく人類は「奪う」ことと「統治」することは全くの別物であるという事実を理解する。
魔王討伐後約六〇年間、勇者レーヴェの存命中は開拓を続けていた王国も、勇者の死を契機に大陸西部の開拓を事実上断念することとなった。
だが一方で、大陸西部をそのまま放棄してしまえば溢れ出る魔物たちによって王国が多大な被害を被ることは火を見るより明らかだ。最悪の場合、再び魔族が集結し新たな魔王が生まれないとも限らない。
苦渋の決断として人類は大陸西部を巨大な長城で覆い、西方辺境として隔離。辺境内の魔物を間引くため開拓公社を設置し、その管理下に置かれた『開拓者』たちを辺境に住まわせた。
当然、過酷な辺境に住もうとするもの好きな人間などそうそういる筈もなく、王国は奴隷や犯罪者など訳ありの人間を奴隷身分や罪からの解放を条件に辺境に送り込んでいった。
流刑地、棺桶、あるいは人類の掃き溜め──それがこの西方辺境に与えられた外部からの評価だ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……新人か」
アルドから紹介された雑貨屋に足を踏み入れると、カウンター越しに店主らしき初老の男がギョロリとした目でトアを睨みつけてきた。
「はい。公社のアルドさんから装備をここで買えと言われてきました」
物怖じせず応じるトアに、店主はその身体を上から下までジロリと観察し、口を開く。
「……全くの素人じゃなさそうだが、何が欲しい?」
「小剣と盾……あとできれば軽い革の鎧が欲しいんですけど」
「……小剣でいいのか? 中古ならもっとリーチのある武器を買えんこともないぞ」
「いえ。盾を使うので取り回し優先で」
店主の試すような言葉を、トアはキッパリ否定した。店主は鼻を鳴らし、どこかバランスの悪い足取りでトアに近づくと、無造作な手つきでべたべたと肩や腰を撫でまわす。恐らく採寸してくれているのだろうと、トアは反射的に顔を歪めそうになるのを堪えた。
「……取り敢えず、剣と盾はそこに中古があるから適当に漁っとけ」
そう告げると、店主はトアの返事も待たずそのまま店の奥に引っ込んでしまった。
「…………」
トアは若干呆気にとられつつも、気を取り直して顎で示された一角に視線を向ける。樽には多数の剣が無造作に突っ込まれ、壁と棚には様々な形状、サイズの盾が所狭しと並べられていた。
ざっと見た限り剣はどれも数打ちものであまり質には期待できそうにないが、最低限の手入れはされており、ほとんど新品に近いものも幾つか見受けられた。トアは剣に関して村の自警団の訓練で多少振るったことがある程度で、物の良し悪しはほとんど分からない。一先ず重さが手に馴染んで、刺して使うのに支障が無さそうな物の中から比較的新しそうな六〇センチほどのサイズの小剣を手に取った。
盾に関してはあまりサイズが大きなものは値が張りそうな上、持ち運ぶのに難儀しそうだったため、標準的なサイズの円盾を物色する。トアが習った剣術は盾で攻撃を受けて、カウンターで攻撃するタイプのものなので、軽さよりも強度優先。中央部と縁が鉄で補強された直径五〇センチほどのものを選んだ。
小剣と盾を両手に持ち、店内で軽く振って違和感がないかを確認していると、奥に引っ込んで行った店主が肩当てと前垂れのついた薄めの革鎧を引っ張り出してきた。
「着てみろ。サイズは合うはずだ」
「は、はい……」
そう答えてはみたが、実はトアは鎧の着方など分からない。何となく背中のところにある紐を緩めて着るのだろうと見当をつけ、下の方から頭を突っ込み穴から首と腕を出す。その後、紐を結ぶのに難儀していると、店主が手を貸しギュッと腰のあたりをしめてくれた。
「どうだ。動きにくくはないか?」
「……大丈夫、だと思います」
恐らく裏でトアに合わせて微調整してくれたのだろう、サイズはピッタリだった。鎧は着慣れないと動きにくいと聞いていたが、薄めの革だったので違和感はさほどない。将来的にはもっと強度のある鎧の購入を検討すべきかもしれないが、活動に慣れるまではこれで十分だろう。
「これ、全部でおいくらですか?」
「……小剣が二〇、盾が三〇、鎧が三〇、合わせて銀貨八〇枚ってとこだな」
正直、武器の相場は分からないが、トアはまあ良心的な値段なのだろう、と感じた。
しかしここで銀貨八〇枚を支払うと残りは二〇枚。棚に並んだ傷薬と毒消しの値段を見るとそれぞれ銀貨一〇枚なので、両方買えば支度金を全て使い果たしてしまう。できれば水袋やロープ、火起こしの道具、魔物の討伐証明を入れる袋ぐらいは準備しておきたいし、更に可能なら食事一食分程度の小銭は手元に残しておきたかった。
──でも盾も鎧も生存率を考えれば買わないわけにはいかないし……値引き交渉とかしていいのかな?
農村育ちであまり現金を使う機会に恵まれなかったトアは交渉して機嫌を損ねることを恐れ、結局言われた通りの値段で購入することを選ぶ。
「……買います」
すると店主はつまらなそうに目を細め、鼻から吐いた息で髭を揺らしながら口を開く。
「そうか。後は傷薬と毒消しだな?」
この辺境では、基本的に僧侶などの希少な呪文遣いが開拓者として投入されることはない。そのため緊急時の備えとして傷薬と毒消しの購入は開拓者にとって必須のものとされていた。
だがその両方を購入してしまうと手持ち資金はゼロ。他の物を全く購入できなくなってしまう。トアは傷薬と毒消し、どちらかを諦めようと考えていた、が──
「こいつでいいだろ」
店主はトアの返事を待たずにカウンター下から傷薬と毒消しを取り出し一つずつ並べる。そしてトアが口を挟むより早く、その横にドンと膨らんだ背負い袋を置いた。
「え、と……」
意味が分からずカウンターの上の背負い袋と店主の顔とを交互に視線を彷徨わせる。
「……装備一式購入した新人への初回サービス品だ」
「はぁ……」
言われて背負い袋の中を確認する。そこにはロープや楔、水袋や戦利品を収納するためのズタ袋、火打石や小型ナイフ、松明、包帯など野外活動に必要な雑貨が一通り収まっていた。これら全てを購入したら銀貨三、四〇枚は下るまい。とてもサービス品とは思えない内容に、トアは困惑の視線を店主に向けた。
「……どうせ全部中古品だ。準備万端整えて外に出て、そのまま帰ってこなかった馬鹿な新人のな」
「…………」
「まともに物も買えねぇ田舎者に下げ渡すにゃちょうどいいだろ」
そう言って、店主はカウンターに頬杖をつきソッポを向いた。
なるほど、いくらか値引き交渉をするのが正解だったらしい。トアはそれ以上何も言わず一度だけ黙って店主に頭を下げると、開拓公社から渡された支度金を全てカウンターに置いた。