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ドナドナ辺境開拓記  作者: 廃くじら


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第19話

──ヒュン、ヒュヒュン!


『グル……ッ!』


コボルトに気を取られていた黒いオーガに、今度は矢と投石が襲い掛かる。


不意打ち──ただし二度目かつ攻撃の密度が薄かったこともあり、オーガは腕で急所を庇いつつ後方に飛び、ダメージを最小限にとどめた。


「ポコォッ!? おま、勝手に突っ走んなよぉっ!!」

「あああ、危ないですからこっち戻って来て!?」

「ワフ……!」

「うぉっ!? 何でこんなとこにオーガなんていんだよ……!」


ゾロゾロと現れたのはコボルトを含めて計九人。同じ第六開拓村所属の新人開拓者たちだ。リーダーのジギは予想外の援軍に目を丸くする。


「お前ら──?」

「話は後だ! とっととこっち来い!」


別パーティーのリーダー・カーツの呼びかけに、ジギたちは動けない仲間を運んで援軍と合流した。


倒れ込むようにカーツたちの元に駆け込むと、参謀役のオイゲンはチラと後方に視線を向ける。黒いオーガは突然現れた援軍を警戒し様子を窺っており、まだその場を離れてはいなかった。


「何でお前らここに……何かあったのか?」


何かあったのは黒いオーガに襲われていたオイゲンたちの方だが、カーツたちは弓や石を構えて黒いオーガを牽制しており、ツッコミを入れる余裕もない。


「公社から近くにいる開拓者全員に帰還命令が出て、休養日だった俺らが呼びに来たとこだったんですよ」


代わりにその疑問に答えたのはコボルトと臆病者なハーフオークを引き連れた噂の変わり者トア。


「帰還命令」

「ええ。どうも開拓村の近くでDランクのそこそこベテランの死体が見つかったらしくて、状況がハッキリするまで一旦村の守りを固めさせようってことらしいです。とは言え──」


トアはそこでチラと黒いオーガに視線をやり、緊張を誤魔化すように乾いた笑いを漏らす。


「──まさかその出先で大当たりを引くとは思いませんでしたけど」

「……そう言ってくれるなよ。お陰で助かったぜ」


巻き込んでしまったトアたちには悪いが、オイゲンは心からの感謝を告げる。


その横からカーツが牽制の矢を放ちながら悪態を口にした。


「けっ。俺はオーガなんぞがいると分かってりゃ割って入るつもりはなかったんだが──テメェらを見つけて真っ先に突っ込んだワンコに感謝するんだな」

「おお、ありがとよ。えーと……」

「ポコ!」

「そうかポコか。助かったぜ」

「ワッフ!」


オイゲンがわしゃわしゃとポコの頭を撫で、ポコが嬉しそうに尻尾をぶんぶん揺らす。


ついその場に弛んだ空気が流れかけるが、今はまだそんな状況ではない。緊張感を引き戻すようにトアは口を開いた。


「後で矢弾の代金は請求させてもらいますからね──と、それはともかく、あのオーガいったい何なんですか? 槍はまだしも、鎧を着たオーガなんて聞いたことないですけど」

「……分からん。パワーやスピードは並のオーガと変わりゃしねぇが、こっちの嫌がることが分かってるみてぇに、やけに頭が回りやがる。槍や鎧もそうだが投石が厄介だ。左手で地面を掴んだら気をつけろ」

「投石だぁ……ちっ。聞こえたな!? 油断すんじゃねぇぞ!」


カーツは疑わしそうに顔を歪めるが、しかしボロボロになったオイゲンたちの姿にすぐに気を引き締め、仲間たちに警戒を促した。


一方、トアたちが情報交換をしている横では、ベンが傷ついた前衛に傷薬を飲ませ治療を行っている。


「ベン。どうだ?」

「えっと……お二人とも出血は止まりました。けど──」


襲われていたパーティーの前衛三人の内、年若いクロトはともかく他二人のダメージは甚大だった。


「悪いが二人とも戦うのは無理だ」


答えたのはベンでも本人たちでもなく、一緒に治療にあたっていたジギ。


「ロムは自分で歩くぐらいは何とかなるが、ワーズワースは意識が戻りそうにねぇ」


つまり完全な足手纏い。暗い空気が漂う前にトアが淡々と口を挟む。


「ならそっちの方はウチのベンが運びます。他の方は戦えるんですね?」

「あ──」

「いけるに決まってんだろ!!」


張り合うように無駄に声を張り上げるクロトに苦笑を返し、続けてトアはカーツに呼びかけた。


「カーツさん。どんな感じです?」

「……厳しいな。攻めっけはねぇが、絶妙な距離でこっちにプレッシャーかけてきやがる。ありゃ、俺らの矢が尽きるのを待ってるんじゃねぇか?」


確かに。黒いオーガはこの人数相手に強引に攻めてはこないが、同時に諦める気配もない。


「牽制しながら退くしかねぇだろ。途中で諦めてくれるかもしれんし、移動しながら騒いでりゃ誰か気づいて助けがくるかもしれん」

「了解、俺らも加わります。指揮はそのままお任せしていいですね?」


トアはカーツと話しながら、その視線はジギに向けられていた。ジギは頷き、付け加える。


「俺からも頼む」

「……分かった! 前衛と後衛は十歩ほど距離とって分かれろ! 動けねぇ奴と運搬役は後衛だ!」


その指示に応じて即席の三パーティー合同戦線が構築される。


「後衛は無理に仕留めようと思うな! 近づかせねぇ程度に牽制して矢弾を節約しろ! 前衛は横との距離意識だ! 後、こっちが後退始めたら向こうもアクション起こすかもしれねぇ。動き始め注意しろよ!」


シンプルかつ的確なカーツの指示にバラバラに返事を返し、新人開拓者たちが動き出す。


多少連携に粗は有れど、その人数差と牽制の圧に黒いオーガは攻めあぐねているように見えた。このまま行けば遠からず諦めて退いてくれるのではと、トアたちが淡い期待を抱く──




──ウットウシイ……


距離をとって時折投石を繰り返し、人間どもに圧をかけながら黒いオーガは内心ウンザリしていた。


多少人数はいるが、敵一人一人の実力は大したことがない。強引に突っ込んで暴れても何とかなる気はする──が、急激に発達した知性が無理攻めを躊躇わせた。


いっそ撤退しても良かったのだが、あの場に目当ての人間がいるかもしれないと思うと、どうにも諦めがつかない。


──ヴゥ……ドレ……?


黒いオーガは知性こそ発達したが異種族であることに変わりはなく、人の顔の区別はほとんどついていない。辛うじて白いコボルトは認識できたが、そちらは目印であって目当てではなかった。


イライラしながらいっそ八つ当たりで適当に一人二人喰ってやろうかと考えたところで、ふと知らない筈の人間の記憶が脳裏をよぎる。


──ソウダ。ヴフ、ヴフフ……


黒いオーガの口元が、嗜虐と愉悦に吊り上がった。




『グルォォォォォォォォッ!!!』

『────!?』


オーガの咆哮ハウルが物理的な圧を伴ってトアたちの耳朶を震わせる。


「来るぞ!!」


カーツに警告されるまでもなく皆分かっていた。


凄まじい勢いで突進し距離を詰めてくる黒いオーガ。後衛が一斉に弓矢や投石で迎撃するが、速すぎて着弾点がズレ置き去りにされてしまう。


接敵に身を固くするトアたち前衛──その彼らに対し、黒いオーガは礫の散弾を足元に放って牽制した。


「つぁっ!?」


厄介な、しかし正面からの攻撃を身を丸めて凌ぐ前衛陣。続いて襲い来るだろうオーガの突進に備え更に腰を低くする──が、黒いオーガは足の止まった前衛を迂回して後衛へと突進した。


『なっ!?』


オーガの剛腕が後衛に迫る。だが指揮するカーツはあくまで冷静だった。


「撃てっ!」


その叫びに、半ば反射的に放たれた弾幕が黒いオーガを襲う。至近距離で放たれたそれは、オーガの反射神経を以ってしても回避しきれない。頭部と胸の急所だけは守るが、その腕や肩を矢弾が抉った。


イケる──とカーツは確信する。オーガは引きどころを誤った。最悪こちらも一人二人は倒されるかもしれないが、このまま動きを止めて挟み撃ちにすれば削りきれる。


カーツの目算は決して間違ってはいなかった──黒いオーガの目的が後衛の殲滅だとすれば、だが。


『グルォォォゥッ!!』


黒いオーガは苦し紛れに鉄槍を振り回す──と見せかけ、彼らが後方に飛び退いた瞬間、身体が小さく逃げ遅れたポコに腕を伸ばす。


「ワフ──!?」


それは無理攻めの顛末としてはあまりに小さな戦果。


しかしオーガはポコを捕獲すると、それまでのしつこさが嘘のようにアッサリその場を離脱する。


「ポコッ!?」

「ポコさん!?」


トアたちが悲鳴を上げる。黒いオーガはそのままサッと距離をとり、茂みの手前でこちらに見せつけるようポコを掲げ、ニンマリ嗤い口を開いた。


『……コレ、ヒトジチ』

「オーガが、喋った……!?」


オイゲンがショックを受けたように呻くが、トアはそれどころではない。


「ふざけんなテメェポコを──」

「トアさん!!」


単身黒いオーガに突進しそうだったトアをベンが背後から羽交い絞めにする。


「放せくそっ、ぶん殴るぞ!?」

「だ、駄目ですぅ……!」


そんな彼らのやり取りを見下し、黒いオーガは一言。


『マッテル』


そう言い残し黒いオーガは茂みの中へ消えていった。


現れた時のように唐突に。


「ふざけんなこらぁぁっ!! ポコ返せ戻ってこいクソ野郎ぅぅぅっ!!!」


──行き場のない絶望と怒りをトアたちの胸に残して。

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